081話 倦神懐古その2
「シナンシス様は、ここで何を?」
「何もしてはいない。ここは私の義体の安置所で、使うつもりがなかったから放置していたんだ」
「それは……では、今お使いになっているのはどうしてでしょう?」
彼女は聡明だった。使うつもりがなかったと使いながら言っているのは虚偽そのもので、小神がそんな嘘をつく理由が知りたくなるのは当然だったろう。
「───さあ。君に会うためかもしれないな」
それは率直な思いだったかもしれない。
シナンシス自身、どうして動かすつもりのない義体を動かしたのか、動かしているのか分からない。理由が分からないのに、動かしていて後悔もない。原因が彼女にあることだけは、心底から納得している。
軟派な男の口説き文句のようなフレーズが、まさか小神から発せられるとは思っていなかったのだろう。ニーオは挙動不審に陥り、しどろもどろになって、
「かも、知れない、って……。シナンシス様にも、知らないことがおありなんですね」
「───ははっ」
この
軋むように笑い続ける。彼女は私の急な笑いに困惑しているようだった。失礼があってはいけないと思ったのだろう。
「───そうだな。私にも知らないことがある。私は所詮、ただの■■でしかない」
「シナンシス様、なにを……」
「何を言っているか、分からないだろう。教えてやるから聞いてくれ。この世界の仕組みを、私の知っているすべてを、そして、その上で君が何を感じるのか、教えてくれ」
そして私は語った。この《九界》を動かす仕組みを。信庁の中でも限られた一部しか知らされていない歴史を。余すことなくすべて。かつても語ったことがある。そのほとんどは《信業遣い》だったが、かなりの確率で事実を認めないか、事実を認めてしまったことが原因で精神を病んだ者もいる。彼女が聞いてどうなるか、私はそれが見極めたかった。
彼女はそれを黙って聞いた。
聞き終えて、一言、
「もう一度だけ、試してみましょう」
「何だと?」
「シナンシス様の───貴方の仰っていることは理解しました。何があったのかも。そしてその上で、諦めるべきではないかと」
「───それは、何故」
彼女の瞳は決意に燃えていた。挑戦すべき壁を見つけた喜びが溢れ出していた。───餓えていた。
「アタシが、まだやっていないから」
ああ───この女は。
この女の魂は、私という、《人界》の小神という存在すら。
自分のために、貪ろうという。
私には彼女が眩しく見えた。
だから、私は───
◇◇◇
「───私は彼女を選んだ。だから、彼女は私の騎士。
「そう、だったのか……」
聖究騎士。信庁の神聖騎士たちの中から、小神に選ばれた九人の英傑。《信業》究めしもの。神血を注がれた者。
ディレヒトやロジェスもそうだという。彼らが偉そうにしている理由が分かったからといって、別に気分は上がらないが。
「じゃあ、そうか。ユーヴィーは、ボクの聖霊騎士なんだね」
「ずっと黙ってるから何かと思えば」
「だってそうだろう。ボクが選んだボクの騎士なんだから。ほらほら喜びたまえよ、この光輝に咽び泣いていいんだよ」
「お前、そもそも神じゃない疑惑があるのを忘れるなよ」
それにしても……全く、あいつらしい。
シナンシスに何も教えてもらえなかったから、自力で知るために戦うことを選んだなんて。
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