078話 西方進路その4

 シナンシスの目的は義体の新調。彼の神性を受け止められるだけの義体は今稼動している物しか現存しておらず、それも酷使の末にあちこちガタが出ている。バスティの義体と同等の物であればシナンシスでも使えるだろうから、カストラスに作らせようという話だ。


 『バズ=ミディクス補記稿』はまだカストラスが所持しているハズで、だからそれを追うことになった俺に同行しようという流れは、まあ納得できる。


 懸念は道中。果たして異端の俺と、記憶喪失の棄神バスティと、そこに正統な小神シナンシスを加えた一人と二柱───三名のパーティーは、うまくやっていけるのか。


 そして、カストラスは見つけられるのか。


 彼の行先に心当たりはない。出会って、交渉し、俺が禁書庫に突入して禁書を奪ってきて渡し、それを受けてカストラスが義体を完成させるまで十日もなかったはずだ。その間の会話を思い出そうにも、もう随分と前のことだからうろ覚えなのは責めないでもらいたい。


 うんうん唸って、カストラスとの雑談に行き当たった。


 確かこんなだったと思う。『ユヴォーシュ、君はバフェットという料理を知っているか』『知らないな。どんな料理なんだ?』『私が聞きたかったんだ』とか。


 ニーオに聞けば、バフェットは西方の菓子だという。


 じゃあ西方に行ってみよう、見つからなかったらバフェット食って帰ろう、という旅路。


 《真龍》討伐の謝礼───龍戮の相場が分からないが、人生三回分は遊んで暮らせそうな額───を使って馬車と馬を購入し、地図やら道具やらを買いあさり、一通りの知人に挨拶回りをした。


 《真龍》の被害は大きかったが、幸いにして知り合いに死者・重傷者は出なかった。ジグレードは多少怪我をしていたが、それくらいは慣れっこだと笑い飛ばしていた。カリエもレッサも元気で、そうそう、ジニアは山を下りてディゴールの鍛冶師のところで働き始めた。どうするか自由なのはいいことだ。


 そんなこんなで、馬車を走らせて三旅。


「ユーヴィー、あれ、今通り過ぎた店に出てたやつ、ちょっと買ってきたまえよ」


「当てつけか、バスティ。寄り道せずにさっさと件の魔術師を見つけ出せ。じゃないと私が食べられないだろう」


 二倍偉そうでゲンナリすること甚だしい。


 敬語は要らないと前もって言われているからそこはありがたいが、気疲れする。バスティは小神かすら怪しいところがあるが、シナンシスは現役神聖騎士のお墨付き、正真正銘の《人界》の小神だ。……ん?


「そういえば、シナンシスはバスティについて何か分からないのか?」


 バスティがぎくりと身を固くする。聞いたらマズかったのか?


 シナンシスは平然と座席にふんぞり返りながら答える。


「知らん」


「ってことはやっぱり小神じゃないんじゃないか、バスティ」


「ま、待った! 彼一柱が知らないからってそうとは限らないだろう!」


 慌てふためくバスティをよそに、俺はシナンシスに問う。


「どうなんだ?」


「分からん。確かに神性も存在規模も小神として申し分ないようには思えるが、その名前は知らないからな。───ともすれば、私の知らないの小神やもしれん」


「側?」


「属する大神、属する《人界》が違うという話だ」


「あー、何だっけそれ、聞いたことある」


「《神々の婚姻》かな」


 記憶喪失のはずなのに読書ばっかりしているから知識が俺よりあるバスティの言葉に、シナンシスが頷く。……確かにそんな出来事だった気がする。知らなかったワケじゃない。断じて。

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