077話 西方進路その3

 長い付き合いなのは向こうも一緒だ。俺が動揺したのを見逃すかもしれないというのは甘すぎる期待だった。


「テメーやっぱり知ってんな! 吐けコラ!」


「ぐぅっ……。ぐ、ぐるし」


 猛然と襟首を掴まれる。彼女に腕力はないが、それはそれとして格闘術は修めているし、行動妨害の《信業》───以前“ハシェントの日時計”亭で使われたやつだ───まで使われるとどうにもならない。意識がトびそうになって、仕方がないから白状する。


「お、おれだ……。俺がやった」


「ンだとー!?」


 結局絞め落とされるなら、素直に白状するだけ損だったな、と。


 俺は意識が暗転していくのを感じながら、そう思うのが精いっぱいだった。




◇◇◇




「───で? 魔術師に義体を作らせるために、テメェで禁書庫に押し入ったって?」


「はい」


 学術都市レグマでの顛末、洗いざらいを白状させられた俺は縮こまっている。ニーオは怒っているのか呆れかえっているのか半々といった様子だが、これは本気で激怒している時の彼女だ。これ以上刺激すれば感情が弾け、それは彼女の身体を突き動かし、今度はどこを折られるやら。


「はァー……。お前さ、ホント……。何してんだよお前……。馬鹿じゃねえの」


 あらためて整理すると、返す言葉もない。まさか信庁が調査に動いていて、まさかまさかその担当がニーオだとは、奇妙な縁もあったものだが、今それを口に出すと多分怒りの表面張力が限界を迎える。


「それで、作らせた義体が……あの子か」


 彼女が示唆しているのがバスティだと分かるから、俺は黙って頷く。


「義体が何を納めてるのかは聞かない。ただアレはアタシですら人と誤認する代物だ。……オイ」


 彼女が声をかける。ドアを開いて、覆面の男───彼女がシナンシスと呼んだ彼が部屋に入ってきた。


「話は聞かせてもらった。───私を連れていけ」


 そう悪びれもせず言いながら、彼はフードと覆面を取り払う。そこにあったのは、人を象った人形の如き義体。バスティのそれと比べると、かなり質が悪い───というか、超長期に渡って駆動したことによる老朽化が見られる。


 シナンシス。


 《人界》における、占いを司る小神の名だ。


 神聖騎士のニーオリジェラと連れだって行動している、神の名を冠した義体。まさか騙りなどという罰当たりもないだろうし、可能性は一つに絞られる。


 つまり、本当に小神そのもの。


 それが俺に同行するだと?


「本気で言ってるのか?」


「本気さ、異端者」


 それは当たり前のようにさらりと告げられたので、俺は一瞬反応できなかった。


「聞こえなかったフリして誤魔化すなよ。お前、そうなんだろ? 神のを受け取っているなら、目の前を《真龍》が飛翔してたって小神の名シナンシスを流したりできない。なのにお前は、『それはそれ』とばかりにスルーして魔剣の話を優先した。……おかしいと思ってたんだよ、道理で話が通じねえトキがあるはずだ」


「……それに、気づいて。お前、どうするつもりだ」


「あ? どうもしねぇよ、面倒くせえ」


 どうせディレヒトはもう知ってんだろ、だったらアタシの交渉材料にはならねえ、と。洞察力か情報網か、彼女は事実を見抜いてのけると興味なさげに二つ結いの髪房をいじり始める。


「なるたけ隠そうって意識されると鬱陶しいから、今ここで知ってるって宣言しただけだ。別にお前が異端でもどうもしないよ、関係ないし」


 だったら無闇にほじらないで、そっとしておいてほしい。俺が今、内心でどれだけ悲壮な覚悟を決めていたと思っているんだ。


 異端であること、そしてそれを信庁が公表していないことは、俺の身の安全を守るための重要なファクターだ。それに勘付き公表されてしまえば、あとはメンツを潰された信庁との全面戦争は避けられないから、そうなる前に───と、そこまで考えてすごく嫌な気分になっていたのに。


 そういうところが嫌いだ、ニーオ。

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