057話 盟神探剣その10

「ごめんくださーい……」


 俺の声が反響する。あちこち跳ね返っているのを聞いていると、もとは本当に俺の声だったのか疑わしくなってくるほどだ。


 耳を澄ませても、返事はない。


「入り口に“メーコピィ工房”ってあったしここだよね」


「……の、はずだ」


 洞窟の入り口には、岩の土台とそこに刺さる剣が置いてあった。刀身にはバスティの言った通り、“メーコピィ工房”と刻まれているため表札代わりと思われたが、近づいて見分して驚いた。土台の剣も、石から掘り出された彫刻だったのだ。しかも剣の彫刻と土台の彫刻で二個の別個のものではなく、一かたまりで繋がっていた。


 アレだけの技量、なるほど 大地とその産物に愛される《地妖》の成せるわざであるのは疑いようもない。だからこうして洞窟に入ってみても、不思議なことに人(と妖精)の出入りした痕跡が見当たらないのだ。


「埃っぽーい」


「そうなんだよ。やっぱり妙だ」


 妖属ならば足跡を残さずに出入りすることはできるかもしれない。だが、今度はイメージと合致しない。街を嫌って山中に工房を持つような職工が、自分の仕事場に埃が積もらせるとは思い難い。


「……待て」


「んや?」


 ずかずかと奥へ踏み込んでいくバスティの足元に、俺は細い糸が張ってあるのを視認する。極めて細く、地面の色と合わせているので注意を払っていなければ踏んでしまうだろう。


 どこに繋がっているかは分からないが、罠の類───何者かのいた痕跡だ。


「危ない危ない、踏んじゃうところだった」


「踏んでいいぞ」


「え? どして?」


「それを仕掛けた奴が出てくるだろう」


 こうしてトラップを仕掛けるなら、侵入を察知したいという意図があるはず。罠にかかったものを確認しに来るなら、こちらとしても願ったりだ。


 どういうトラップか分からないから不安というなら、


「《光背》があればこれしき、恐るるに足らない」


「よし、じゃあ、見つけ次第ひっかけていこう!」


「あんまり離れるなよ、《光背》が届かなくなる」


 バスティもと分かれば見つけられるらしく、俺の前を行っては蹴って踏んでと忙しなく動き回っている。


 途中、踏みつけた地面が落とし穴だったというハプニングはあったが、俺たちは罠を総当たりしながら奥へと進んでいく。自然洞窟の内部には誘導の紐が続いていて、その足元は歩きやすい。広々とした空間の行き当たりには、厳めしい鉄扉が待ち構えていた。


「ここも……長いこと使われてない」


 すっかり錆びついた扉というのは、《地妖》の工房としては一番見たくないものだ。彼らが金属を錆びさせるなどありえない。───やはり。


「ここに、メーコピィは居ないのか……?」


「居るわよ」


 横合いから声をかけられ俺たちは同時に振り向く。そこにいたのは、レッサよりは年上くらいの、一人の少女だ。


 ここまで接近されて気づかなかったのは、彼女が俺たちの知らない横穴から出てきたからだけでは済まされない。足音はしなかった。対峙している今も、そこにいることに違和感がない。存在感がないのではなく、存在が調和しているから感覚に波を起こさないのだ。


 極めつけは、尖った耳。


「《地妖》───」


「正確には、半人半妖ハーフ。私はジニア・メーコピィ」

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