058話 盟神探剣その11

「ジニア……


 半人半妖、名前、年齢、耳の形。彼女が鍛冶師ジーブルの娘であろうことは言われずとも察された。《地妖》の父と、人族の母。


 界を跨いでの混血は、苦労が約束されているようなものだ。半人半妖は一番マシな方で、何故なら信仰する大神が敵対関係にないから。半人半魔は《人界》の神を信仰していたとしても迫害を受けることは間違いないし、万が一にも魔族と遭遇すると最優先で命を狙われると知られている。


 そして、半人半龍は存在しない。少なくとも、《人界》には。


 俺の表情によぎったそれらの思考を読み取ったのか、ジニアは不機嫌そうな顔で、


「私の名前を、そんな風に呼ばないで」


 そう言い放った言葉は、わずかに震えている。


 考えてみれば当然で、俺とバスティでこの洞窟───メーコピィの工房の罠を一切合切踏み荒らして扉までやってきたのだ。危険かもしれない、身元も知れない人物と相対すれば誰だって腰が引けるだろう。


「俺はユヴォーシュ。こっちはバスティだ。ここにはジーブル・メーコピィを訪ねて来た」


「知ってるわよ、そんなこと。父様目当て以外にこの山に用事のある人なんていないわ」


「…………」


 ものすごくつんけんしている。話を切り出しにくいったらない。


「ジーブルには会えるかい?」


「死んだわ。五年前に」


「おやおや」


 死んでいる。五年も前に。ムールギャゼットの情報が古かったのか? 俺が困惑して黙っていると、


「───貴方も、父様の魔剣が欲しくて来たの?」


 図星を刺されて完全に絶句することとなった。




◇◇◇




 工房に客をもてなす準備はないということで、俺とバスティはジニアの暮らしているという庵まで山を下りていった。案内されてみれば山道はきっちり整備されているし、庵は慎ましいながらも暖かみを感じさせるものだった。彼女はここで暮らしているという。


 ムールギャゼットが言っていたのはここか。洞窟を自力で探すのは、きっと彼の想定していた道筋ではなかったのだろう。もっとちゃんと伝えてくれればいいものを。


「それで、話って何だい?」


 バスティが出されたお茶を味わうよりも先に口火を切る。目的の人物が故人だったことに未だ動揺していた俺は、とりあえず彼女に任せることにして聞き手に回る。


「魔剣を、諦めて欲しいの」


「それで?」


 思わぬ返事にジニアの方が狼狽した。バスティは平然と、


「亡き父上の遺品だろう、順当だ。ただそれだけなら、わざわざ庵に招かず追い返せばいい話だろう? 何か事情があるけれど話していいものか迷っている、といったところかな」


 一息に言うとカップを傾ける。こういうシチュエーションにバスティはやはり強い。俺だったらぐだぐだとくっちゃべって、カップが空になるころにやっと聞き出せるかどうか。


 ジニアはしどろもどろになる。バスティの分析が正鵠を射ていて気恥ずかしいのか、自分よりも年下と思しきバスティが俺よりも口が達者なのに驚いたのか、それとももっと単純に───


「ジニア。さっきあったばかりの俺たちを信用するのは難しいかもしれないけど」


 できるだけゆっくりと喋りかける。目線を合わせて、人見知りをする子供と話すように。


 彼女この子は俺たちに敵対的なのではない。山奥に籠って生活を送っていて、人とコミュニケートをとることに不慣れなのだ。


「俺は魔剣をできれば譲ってほしいと思ってきたが、そのために俺は出来る限りのことはしたいと思っている。例えば君が直面している問題があれば、何でも言ってくれ」


 安請け合いとは思っていない。なにせ俺は《信業遣い》、大抵のことはどうとでもなる。


 俺の自信が伝わったのか、伝わっていないにしても俺くらいしか縋る相手がいないのか、ジニアは逡巡を見せる───それにしても表情に感情が出やすい子だ。


 彼女は、おずおずと口を開く。


「……魔剣を、諦めてって言ったのは。理由があるの」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る