026話 暗貌談話その3
『───そうか。ユヴォーシュ・ウクルメンシルが、そこに』
「ええ。どうやら自分とほとんど同じくらいにディゴール入りしたようで」
『そうか……。……
「かなりそちら寄りではありますが。……やはり彼でしょうか。禁書庫荒らしは」
『そう、だな……』
どちらであっても厄介な話だ、とロジェス・ナルミエは思う。学術都市レグマ史上最悪の事件、禁書庫荒らし並びに禁書強奪の犯人。それがユヴォーシュ・ウクルメンシルであれば、イカれた《信業遣い》に首輪をつけられなかったと信庁がレグマ政庁に責められることとなる。ユヴォーシュでなければ、ユヴォーシュ並みに厄介な正体不明の犯罪者が野放しになっている。
向こう側でディレヒトも頭を抱えているのだろう、音で分かる。ディゴールに存在するもう一人の《信業遣い》、信庁から派遣されてきたロジェスは共鳴環による報告の最中だ。早馬でも四日かかる距離を全く無視して、タイムラグなく双方向の音声通信を実現する《遺物》。それを指で弄びながら、
「どうしますか、彼は」
『…………』
「始末しますか」
「……いや、待つんだ。君の仕事はユヴォーシュの始末じゃない、忘れるな」
「はい」
「君の仕事を彼が邪魔するようなら……。その時は、まずは丁重にお引き取り願ってくれ。最悪の場合は始末しても構わないが、その場合は《信業遣い》同士の正面衝突として認知されるのは望ましくない。私の言っている意味が分かるな?」
「はい」
つまり殺るなら密やかに。武芸者が名を上げるために街の中心で喧嘩を売るような、派手な全面衝突はもっての外ということか。覚醒したての《信業遣い》ならば自分が後れを取ることはあるまい、いざとなれば初撃に全力を叩き込んで静かに殺す。《割断》のロジェスは現場の人間だ。命のやり取りの場で、ディレヒトのように戦闘行動を躊躇することはない。───とは言っても、信庁管轄の外であるディゴールと、お膝元の聖都ではシチュエーションが違う。あの場での交戦に尻込みしたのは責められる判断ではない。
その後、二三言交わした後に交信は終了する。共鳴環を細い鎖に通して首から提げる。コレは信庁でもごく一部にしか支給されないような
ロジェスは立ち上がって窓際に行くと、ディゴールの街並みを睥睨する。ここは政庁の一室に用意させた、この街での彼の部屋だ。言えば何だって用意させられる権限がありながら、室内は簡素の一言に尽きる。寝台、衣類棚、書き物机、荷ほどき途中の旅の荷物と愛用の武器。その程度しか言及できるものは存在しない。
だがそれでいい。余計なものは遺す気はなかった。
いつこの探窟都市が終わるか知れないのだ。身軽であるに越したことはない。
「───ユヴォーシュ・ウクルメンシル。野良の《信業遣い》、信庁の威光に背く《光背》───果たして、どれほどのものか」
まだ陽は高く、窓ガラスからはディゴールの街並みが見えるまま広がっている。
これが夜であったなら、反射する光でロジェスがどんな顔をしているか見えたものを。
光降り注ぐ今、彼の表情は誰にも見咎められることはなかった。
◇◇◇
「下界は今日も恙なく?」
「そうとも限らない。最近はあちこち動きが出てきている」
「ほう?」
「《龍界》───《魔界》───どこも活発化しているが、やはり一番は《人界》か。《神々の婚姻》による二界統合の混乱は収まれど、今また新たな《信業者》が起点となって時代が動いている」
「それは───《大転輪》を持ち出す頃合いってこと?」
「それは早計だ。まだ《九界》の意志は飽和していない。それでは大神は満足しないだろうさ」
「そこらへんは追々、下界の羊どもが泣きつくまではいいじゃねェか。なァ?」
「居たのか、バル」
「今戻ったのさ」
「《枯界》はどうだった?」
「相変わらずさ。順調に何もねェ」
「だろうな。それでいい」
すべては我らが主たる大神の御心のままに。その場に集っていた三者───三柱は、それを合図に自分の領域へと帰ってゆく。
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