025話 暗貌談話その2
冒険者を引退して久しいハバス・ラズはしかし、齢に見合わぬ壮健な肉体を維持している。《冥窟》に出没する《龍人》の群れと相対しても心配する必要がないような太い腕がひじ掛けをバンと叩く。
「議題は?」
オーデュロはくすりと微笑む。こうして対面するのは久しぶりだが、単刀直入なところは変わっていない。彼と世間話を交わした記憶は、オーデュロにはついぞなかった。
「ユヴォーシュ・ウクルメンシル。数日前にこの街にやってきた、流れ者の青年」
「《信業遣い》だそうだな。それも野良の」
「ほう、それは初耳だ」
《絶地英傑》のハバス・ラズの
老獪な彼はすでにユヴォーシュが《信業遣い》である事実を掴んでいるに決まっていて、彼の動向を見逃すまいと宿屋周辺の空き家を確保しては部下を配しているのを彼女は知っている。どうしてかと問われれば、もちろん彼女も見張りを置こうとして先んじられた、とは答えないけれど。
「ホラ、信庁からのお客様もいらしているじゃない。私としては、彼をどう扱うか相談したいの」
「は、相談。貴様がそんなタマなものかよ。面倒なら俺たちに押し付けて、美味しそうなら呑み込むことを考えているのがお前という女よ」
「アラ非道い。私、泣いてしまいそう」
「与太はさておき、実際、《信業遣い》は無視できまい。我ら全員にとってな」
冒険者組合を牛耳るハバス・ラズ、商会の総元締めであるゴロシェザ、都市政庁の実権を握るオーデュロ。三巨頭の対立は常ではあるが、それは都市内でのみ成立する三竦みだ。
都市を脅かすモノに対しては、協調姿勢をとることも吝かではない。───もちろん、利害が一致している限りは。
野良と噂される《信業遣い》ユヴォーシュは、手中に収めることができればこの上ない切り札となる。それこそ、三巨頭の誰かが引き込めればその勢力が探窟都市ディゴールを丸ごと支配下におけるほどのハイリターンであり、
同時に、無神経に《冥窟》を踏破すれば探窟都市そのものを破局に導きかねないハイリターンでもある。
果たして引き込めるだけの存在なのか。
引き込んでのち、思うまま制御が効くのか。
カリエの孤児院の一件は三巨頭の耳にも届いている。だが、あれだけでユヴォーシュという男の性格を断ずるのは早計だ、と彼らは考えていた。彼の行動が義憤なのか、売名なのか、気まぐれなのか、あるいは単に少女嗜好なのか。
「いちばん関わりがありそうなのは、冒険者組合じゃない? この街を訪れる人の三分の一は、《冥窟》を踏破しようと勇んでくる冒険者なのだから」
「《絶地》よ、オヌシ、どうするつもりだ?」
「どうするつもりとはどういう意味だ、《銭》の」
「無論、そのユヴォーシュとやらが冒険者組合を訪ねてきた場合よ。冒険者として認証するのか、否か。《冥窟》を踏破しに来たのなら、止めるのか、否か。そういう話をしにきたはずであろう、我らは?」
「フン。呼ばれたから出向いてやっただけで、正直に教えてやる義理なんざ欠片もねえ。俺がどうするか、どうして逐一伝える必要がある?」
───やはり。
豪胆であれ不敵であれと自らを律する普段のハバス・ラズであれば、こういう物言いはしない。『来るものは拒まない。誰であるか一々拘泥するかよ』とか言ってのけるはずで、だから彼も扱いあぐねていると分かる。
ユヴォーシュ・ウクルメンシルのディゴールでの動向に、自分が責を負いたくないのだ。
だから、《蟒蛇》のオーデュロは本題を口にすることにした。
ここに三巨頭を集めた理由。
「ネエ、
そう前置いて彼女が語った内容に、《絶地英傑》のハバス・ラズは顔全体を歪め、対して《銭》のゴロシェザは口の右の端だけを使って笑った。
そして当のオーデュロは、密談のための部屋の暗がりで、密やかに、微笑んだ。
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