024話 暗貌談話その1
───もう一人の《信業遣い》こと《光背》のユヴォーシュの存在は、探窟都市ディゴールに瞬く間に広まった。
朝の人出が盛んになってきた時間帯に、つんざくような悲鳴を上げるレッサを抱えて上空を駆け抜ければそうもなろう。
ユヴォーシュが『危害を加えない』という神誓のみで満足して、カリエの孤児院に集まった者に緘口令を敷かなかったのも、噂の拡散に拍車をかけた。二三日もするころには、ディゴールの街の至るところで彼の噂ばかりが囁かれている。
それくらい、《信業遣い》とは人々の既知から隔絶した存在である。
神話を体現する彼らは、よほどの事態がないかぎり現世の些末事に干渉しない。それはつまり、今のディゴールは《信業遣い》が二人も訪れるような何かがある、と人々は考えるのだ。
《信業遣い》の片割れ、《割断》のリジェスは信庁から派遣されてきたと知る者は知っている。だがもう一人───ユヴォーシュに関しては情報がない。まさか信庁に認知されていないということはなかろうが、だとすれば何故?
何故、既にリジェスが来ているディゴールに?
何故、ちっぽけな私設孤児院に首を突っ込む?
どこまでが信庁の意向で、どこからがユヴォーシュの意志なのか。ディゴールの諸勢力は見極める必要に駆られていた。
今や、ディゴールという小世界において、ユヴォーシュは嵐の中心となっているのだ。
◇◇◇
───とある小室。
この部屋の存在を知る者は極めて少ない。どこに存在するかを知る者は更に限られる。
この部屋は完全な緩衝地帯。探窟都市を支配する三巨頭───《絶地英傑》のハバス・ラズ、《銭》のゴロシェザ、《蟒蛇》のオーデュロ。彼らがディゴールについて話し合いを持ちたいときにのみ用いられるこの小室、内部で交わされた会話は一切が門外秘。
現在、室内には三名のみ。
どれほど敵対関係にあろうと、この小室では抗争は厳禁。《絶地英傑》のハバス・ラズ、《冥窟》で得た財で立身を成した彼は、かつて百人斬りを達成したとすら噂される豪傑。であれば、この男が乱心した瞬間、残りの二人で結託しようともなすすべなく撲殺されるのは確定事項。
だというのに、ゴロシェザもオーデュロも、一人の護衛もつけず小室にいる。
───神誓である。
室内では一切の加害行為を禁ずると、各々が奉ずる神に誓っている。今まではそれだけでこの部屋、この談合が成立していた。
これが最後の談合かもしれないな、と《蟒蛇》のオーデュロは密やかに考えている。
彼女が得ている情報の中に、《光背》のユヴォーシュが『神誓を破らせた』という不確定内容がある。現在、三巨頭の手勢がユヴォーシュに接触したという知らせは入っていないが、もし、もし万一を越えて億が一。
誰かがユヴォーシュを引き込めば、
三巨頭の危うい均衡で成立している、ここディゴールの平穏は破られる。
考えてみるがいい。この小室での談合が成立するのだって、神誓ありきなのだ。それを無視して動けてしまう《信業遣い》など考慮には入っておらず、ややもすれば、この隠された小室の存在と位置すら───
「さて、集まったわね」
《蟒蛇》のオーデュロ、三巨頭の紅一点にして、毒婦と称される妖艶の美女は、内心をおくびにも出さず口火を切った。
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