003話 信心問答その1
魔族は殺すべし。
それが信庁、ひいては《人界》の総意だ。
彼らの言い分は分かる。伝承に曰く、《人界》の神々と、《魔界》の神は絶対的な敵対関係にある。ならば《人界》の神々の手で生み出された我々人間と、《魔界》の神の手によって生まれ落ちた魔族は不倶戴天、共存など不可能。
それでなくとも、魔族は安定した《経》から《人界》に侵攻してくるし、不安定な《経》から《人界》に亡命して住み着くし、百害あって一利なしなのだから。
───でも、本当にそうだろうか、と俺は思ってしまった。
きっかけがあった訳じゃない。ずっと、心のどこかで、本当にそうなのかな、と何につけ思っていた。聖都の学院で学んでいる間も。学友と笑い合っている時も。ただ、生きるためだけの日常を送っている間も。ずっと。
神様が偉い。
神様が絶対だ。
だから神様に従うべきだし、神様に従っていれば幸福だ。
そういう、世間一般で信じられているアタリマエに、どうにも馴染めない。
考え過ぎなのだろう、と思う。もっと素直に、あるがままを受け止められればいいのにそうできない。
例えば、人族の神は複数形だ。《人界》を統べる偉大にして唯一無二なる大神と、その大神の命のもと、《人界》を運営するために分化していった小神たちが存在している。
《人界》の人族は、しばしば───というと語弊があるが、時折、信仰する小神の宗派を鞍替えすることがある。どの小神であろうとも、源流は同じ大神に連なるのだから構わないというのだ。
であるなら、どうして《人界》の神々と《魔界》の神の間の宗派替えは許されないのか。
《人界》を統べる大神と、《魔界》に唯一御座すとされる魔神。その更に源流に、この《九界》を創造した神というのが存在してもおかしくはないだろう。であるなら、小神同士の間でそうするように、《人界》の神に宗派替えする魔族がいてもおかしくないのではないか、と。
そう、思ってしまった。
それでもそう思いながら、誰に相談するでもなく、俺は征討軍の任務に従事した。
征討軍の主な任務。
魔族の討伐である。
魔族を殺した。魔軍として押し寄せる魔族を殺した。
魔族を殺した。無茶な越界で疲弊しきった魔族を殺した。
魔族を殺した。事情は知らないが、魔族を殺した。
魔族を───
「かみさま……」
その日も、殺した。
その日の任務は聖都近辺の森の探索。
不安定《経》の発動が確認された。亡命魔族がいないか捜索し、あればこれを討つべし、とのお達しだ。どちらかと言えば気楽な仕事と言える。軍として組織された魔族たちを相手取って戦うよりは、命の危険性はいくばくか少ないし、亡命してくるような連中に《信業》が目覚めていることはありえないと言っていい。
それでも、魔族であるからには油断はできない。
雨水の浸食でできた自然洞窟に踏み入り、何かする前に斬り捨てる。《
部隊に一人の被害も出すことなく、一団の掃討は完了した。その時はそう思った。
これで全部か、出払っている者はいないかの確認作業中のことだ。洞窟の暗がり、従軍神官の《奇蹟》で作り出された光の陰から物音がした。
部隊の全員が抜剣する。部隊長、アレヤ・フィーパシェックが目線で、最も物音の発生源に近かった俺に指図する。俺は頷いた。
近くの村から盗んできたらしい木箱が積み上がっている。物音はこの陰からした。
木箱を蹴り除ける。───いた。
《悪精》の少女が、一匹。
痩せさらばえ、纏っているものは服というより襤褸というべき有様。伸び放題の髪といい、身なりを気遣う余裕などなく《
顔には色濃い恐怖と諦観が浮かんでいる。物陰から自分の家族たちが斬り殺されるのを見ていたのか。
怖かったろう、もう大丈夫。同じところに送ってやるからな、なんて慈悲の心ではない。ただ仕事だからそうするというだけで、俺は剣を振り上げた。
その時、その《悪精》の少女は何をしていたか。剣に震えるでもなく、俺を呪うでもなく、
少女は小さな両手を握り合わせて、そして祈った。
「かみさま……」
俺は魔族を殺した。
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