いい年のお姉さんがメスガキをわからせようとする話

@ZKarma

第1話

 持論だが、合奏アンサンブルという営みは交合のそれに近い。

 呼吸を合わせ、互いを思いやり、一体感と共存、そして旋律を通して相手と融合していく感覚。

 どのような言葉を通した対話でも味わえないその多幸感は、互いを慈しむオーラルセックスのそれと同じものだ。

 だが、それがアンサンブルではなくジャム・セッションとなると話は別。

 互いの技量を競い合う場としての即興曲インプロヴィゼーションであるジャム・セッションは、呼吸の合間、音節の隙間ごとに主旋律を奪い合い、技巧と感性でマウントを取るために絡み合って転がる闘争の場。

 曲としての体裁などベースラインに放り投げ、相手を力任せに組み敷き、一方的に曲を支配し、快楽を貪るその在り様は強姦そのものだ。

 


 そして私は、レイプ魔だった。






 いつものセッション・バーの舞台の上。客の中から、私と同じヴァイオリンのケースを持ってソフドリを飲んでいた垢ぬけない小娘に声を掛ける。

 上京して間もない音大の一年生だというその少女と共に、楽器を持って壇上に立つ。

 今日も今日とて、共演者を組み敷いてブチ犯し、一方的に快楽を貪る。そのはずだったのに……

 

 ――これで、何度目よ…!?


 幾度となく入れ替わる主旋律と副旋律。転調に次ぐ転調、変拍に次ぐ変泊、最初に示した曲の原形は五線譜の遥か後方へと飛び去って久しい。


 単純な旋律を最初にホストが演奏し、周囲がそれに追奏しながら呼吸を読み合い、アレンジしていくのがジャム・セッションだ。

 私がしたことはシンプル。イントロにベースの旋律を一巡、テーマにそのアレンジを一巡して弾き、その次に相手に主旋律とアレンジを譲って副旋律の演奏に回る。

 「この流れを交互に続けるのだ」と相手に理解させ、私に主旋律が回るごとに編曲のバリュエーションを足していく。


 ――二分休符の静寂を境に、再び旋律は入れ替わる。


 カモにしようと私が声を掛けた小娘は、なんと8度に渡る編曲を苦も無く演奏し、あろうことか曲の難度を積極的に高めるような編曲を積極的に行ってすらいた。

 

 4回目の手順で彼女が追加した、5小節に渡って連なる16分音符のアルペジオ。

そこに遊び戯れるようジオコーソに飛び跳ねるアクセントを追加しながら小刻みに揺れる弓が、私の神経を逆撫でする。

 スキップするように変則的な転調を交えたアウトロが終わる。

 そして、この手順で加えられた変化を踏まえた次の編曲の譜面を脳内で組み立てていた私と彼女の視線が休符を挟んで交差する。


クスクス、と鈴の音のような笑い声が聞こえる。

当初の余裕など五兆小節前に消え去り、焦りをひた隠しながらマウントを取ろうと奮戦する私に、あろうことかこのメスガキは余裕さえ見せる表情で笑い掛けたのだ。


『――もっと欲しい』と。

言葉を介さない彼女の想いを、旋律を通して理解して――


…………ブチ犯してやる。

苛立ちは128分の1拍で私の脳を真っ赤に染め上げた。

眩暈すら感じる程の激情に支配されながら、私は数秒前に書き上げた譜面を棄却した。

 

 さぁ、私の手順だ。

 前節を踏まえ、しかし明確にテンポを変えて歌うようカンタービレなイントロの四小節。

 ここまでは予定調和。相も変わらず口元に陶然とした余裕の表情を浮かべて私の編曲に合わせた副旋律を奏でる少女の呼吸を読み、四分休符の裏拍を取って仕掛けた・・・・

 弓をグイと天頂に押し上げ、しかしそのまま弦の上には降ろさずに自由な三本の指を乗せ、そして爪弾く・・・


 ――ピッツィカートと呼ばれる演奏技法。


 ヴァイオリン属などの、本来は弓でひく弦楽器の弦を指ではじくことによって音を出すそれは、そう難しいテクニックではない。

 けれど、それは譜面が存在する普通の演奏の話。こんなアドリブ100%の壇上で、いきなり出来る人なんて、曲芸ヴァイオリニストでもそうは居ない。

 

 さながらハープ奏者のように滑らかな運指で、力強く、而してハイテンポでこれまでのメロディをピッツィカート調に編曲して爪弾く。


 必殺の間合いだ。これを受けた次の手順でこのクソ生意気なメスガキがピッツィカートを踏まえない演奏に逃げたなら、このセッションのイニチアシブは完全に私の手中に収まる。

 よしんば追従しようとしても、少しでも無様を晒せば副旋律の私のフォローという体裁で曲全体を乗っ取ることが出来る。

 そうすればもはや勝負は着いたも同然。私のものとなったこのセッションの行方は、私に組み敷かれた小娘の無様な痴態を拝みながら独りよがりのフィナーレ絶頂を以て幕を閉じるだろう。

 

 4年前の冬のコンサート。あの時からレイプ魔であることを決めた私に、円満な合奏オーラルセックスは許されない。

 

 最後の山場の為に、全感覚を集中する。こういう事態に備えて、私は弦を抑える左指だけでなく、弓を取る右手の爪もそれ専用のカタチに整えている。

 私より上手いヴァイオリニストとのセッションする機会は幾度もあった。にも関わらず、私が依然としてレイプ魔であり続けられるのは、こういう手札を複数使い分けられるからだ。

 とはいえこの決断をするには、いささか旋律が複雑になり過ぎた。これ以上の詭道に走る余裕は無い。


 そうして、必殺の旋律を終える。

 慎重に、けれど大胆に手順を弾き切った私は、休符の間に彼女の表情を見やる。

 驚きか、焦りか。とにかくあの余裕に満ちた顔を歪ませていることを確信し、


 ――しかし、そこにあったのは微笑みだった。


 嫣然とした笑顔。同性の私すらも惹き込むような、女性的魅力に満ちた表情。

 視線を交わした私に艶やかに笑いかけ、そして……

 

 そして、彼女は弦に爪を掛け、軽やかに旋律を爪弾き・・・始めた。

 

 愕然とする。決して起こり得ない編曲。仮にその技巧に優れていても、こんなに急に対応できる訳が無いと云うのに。

 

 いや、ピッツィカートのテクニック自体は凡庸だった。けれど、彼女はあろうことか足踏みで・・・・リズムを追加していく。

 タップダンスのように床を靴が叩くリズムと合わさった彼女の演奏は、私の編曲よりも更に幅のあるメロディを紡いでいた。

 

 ヴァイオリンの才能じゃない。編曲の才能に、ジャム・セッションの才能に満ち溢れているのだ、このメスガキは。


 副旋律を奏でながら、歯を食いしばる。

 どこまで私を煽れば気が済むんだこのメスガキ…!

 苛立ちはすでに天元を突破し、ある種の冷静さすら憶える心境。


 ――良いだろう。そっちがその気なら、とことんまでヤってやる。

 どっちが先に根負けするかどうかの耐久勝負を始める覚悟を決める。



 ブチ犯してやる。

 

 そう決めた矢先だった。

 

 プツン、という気の抜けた音。

 聞きなれた音だ。そう珍しいことじゃあない。けれど、それが今起こったことを受け入れられるかは別だった。

 

 彼女の弦が、切れたのだ。

 ピッツィカートは弦に負担をかける。入念に左手の爪を整えていないなら、最も細いE線が切れるのは在りうるアクシデントだった。


 しかし、今?

 これから最高に盛り上がるってところで?


 熱が急激に冷めていく。

 私は即座に、事務的にフォローの為に旋律を切り替えた。 


 梯子を外された。

 そういうこともある。むしろ小娘風情に、なにをそんなに熱くなっていたのか。


 賢者タイムに突入した私は、悟りすら感じさせる勢いで曲を終わりへと向かわせていく。


 しかし、一応マウントは取っておかねばならない。

 事務的に、染みついた本能の通りに、私の指は動いた。


 最後は同じ旋律を奏でるユニゾンで曲を締めるのがこのバーで行われるジャム・セッションの習いだ。

 最高音を奏でるE線が切れた彼女に合わせて、A線以下で終わらせるところで私はE線を選択した。

 ――1オクターブ下を弾きなさい。それでこのセッションを終わらせる。

 勝負は情けで次に預けてやる。

 そういう宣言のつもりだった。だというのに


 彼女は指を軽く弦の上に乗せ、抑えることなくE線の旋律を奏で始めた。


 フラジオレットという技法。

 

 弦を指板にまで押さえつけず軽く触れる程度で弾くと、触れた箇所を節とする倍音だけが鳴る。これがフラジオレット奏法である。

 

 これも、難しい技能ではない。しかし、一音二音ならともかく、旋律全体をこれで弾くことなど、まず在り得ない。というより、できたとしても意味が無い。


 しかし、このE線が切れているという状況下でのみならば、これは意義を持って成立するメロディだ。


 私は驚く暇もなく、その旋律に追奏する。フラジオによって奏でられる繊細な音は、全く同じ音符であっても本来の弦で奏でる音とは音質がまるで異なる。

 

 二つの弦から流れる待ったく同じ、しかし対極の音は、混然一体に絡まり合い、理想的な調和ハルモニアを築き上げる。


 一体感。共存。そして、融合。


 私たちはその数小節の間だけ、完全に一つの生命となって音を紡ぎ――


 

 理想的な、合奏セックスを終えた。




 ◇



 


ガツガツとヒールを鳴らし、夜風を切って帰路に付く。

あれは完全に愛のあるセックスだった。


敗北感に打ちひしがれながら、私は決意した。


「次こそは、ブチ犯してやる」


 何故なら私は、レイプ魔なのだから。

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