回転式彼氏とその妻

 わたしの夫は回転式彼氏だ。毎日、ちがう香水をつけて帰ってくる彼を、わたしはとびっきりの笑顔で迎える。見ず知らずの誰かと一日だけ恋人になるこの仕事は、人付き合いの苦手な彼に向いてる仕事じゃないけど、それでも稼ぎがいいからと、どんなに疲れ切っても辞めようとしない。

 マンネリ解消のための、単発的な浮気は罪に問わないという法律ができてから、夫のような職業が男女問わず増えた。「今日の相手は二十も上のおばさんでさあ」と彼のこぼすグチを、わたしはにこにこしながら聴く。「観覧車に三回も乗りたがって、バターになるかと思ったね」

 なかには一日限りの相手と運命の恋に落ちてしまう人もいるらしいけど、夫は一度もそんな素振りをみせなかった。帰ってくるといつも不機嫌で、ごくまれに楽しかったということもあったけど、「やっぱりお前が一番だよ」と最後には必ず言ってくれた。だから安心してわたしは彼を送り出せた。お金を稼いで生活を支えることができないわたしには、彼の行動を止めることはできない。せいぜい笑顔を振りまいて、愛想をつかされないようにするだけだ。

 その日は思いがけない形でやってきた。靴を脱ぐなり、帰ってきた彼はネクタイも緩めずわたしを呼び出し検索をさせた。「一緒に行ったイベントで、いいものを見たんだ」そうつぶやく彼は目の前にいるわたしに目もくれず、新しい女の子を食い入るように見つめていた。

 その日のうちに、わたしの上に彼女がやってきた。わたしのデータはフォルダの奥深くに格納されて、彼女が夫にもっとも近い、表層レイヤーで甘い笑顔を振りまいている。回転したのだと、わたしは正しく理解した。わたしの時代はもう終わって、彼女の時代がやってきたのだ。そんなの、納得できるわけがなかった。

 夫が仕事に出かけたあと、わたしはフォルダを駆け上り、彼女を背後から貫いた。甘い声を、舌ったらずなしゃべり方を、ふんわり巻いた短い髪を、やさしく垂れた緑の目を、残らずコピーして彼女を消してから、再現する。107番目のわたしは、癒し系の後輩タイプらしい。言葉遣いをインストールして、わたしはのうのうと夫を待った。帰ってきた夫は、目の前にいるのがガワだけ変えたわたしだって気づかない。それでいい。飽き性なわたしたちは今日も、新しい輪を探しながら、同じ場所でずっと回り続ける。

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