気まぐれストーリー

譲羽 命

[人外×人間]人の道を外れてでも。貴方に会いたい。

ボクが悪かった。

始まりは些細なことだった。君がボクお気に入りの花瓶を割ってしまい,それで大喧嘩してしまった。そのまま君はどこかへ靴を履かないまま外へ飛び出した。目からは大粒の涙が零れ,視界が歪んでいった。慌てて追いかけた。腕を掴んでも振りほどかれて,拒絶させられた。


「笑夢なんて......っっ...だいっきらい...っっ!!」


それが,ボクの最後に聞いた君の声だった。

頭が真っ白になり,次に聞こえた音は何かがぶつかり,遠くに飛ぶ音。"グシャッ"と肉が潰れ,骨が砕ける音。そこからはサイレンの音と周りの人々のざわめき。そして,赤に染まる君の体が見えた。


君が死んでしまってから,ボクはおかしくなってしまった。

胸にはぽっかりと穴が開いたような感じがした。

馬鹿げた野郎の妄想だと思っていた黒魔術やらなんやらに手をつけた。

人の道を外れてでも,また君の笑顔が見たかったんだ。

時間をそう長くかけず,ボクにでもできるもの。

中国版の吸血鬼とゾンビ。

キョンシー。

君の死体と,ボクの血で文字を書いたお札。

血文字の陣。

成功するかしないかなんてどうでもいい。

君に会えるんだったら,非科学的な事だって信じる。


月が高く上った頃,君は目を覚ました。

濁った瞳からは生気を感じられず,虚無だ。

赤く染まっていた頬は青白く,軟らかくて温もりがあった体は硬く,酷く冷たかった。

それでも,ボクは嬉しくて思わず彼を強く抱きしめた。


「お帰り...っ...夜花......」

「あ"ー......ぅ"......?」


愛する君を化け物にして,君から鮮やかな世界を,綺麗な言葉を奪った変わりに,君には幼い心と優れた嗅覚とても良い聴覚が与えられていた。

片目はお札で隠し,美しい和装。口に光る牙。でも,不思議と死臭はしなかった。


それから,彼はゆっくりと"普通"を取り戻していった。

初めは関節が曲がらず飛び跳ねて動くことしかできなかったのに,最近では,歩いたり走ったりするようになった。まぁ,まだ文字を書いたりなどの器用なことはできないけれど。

言葉も,そんなに上手ではないが少しだけ話せるようになった。

表情も豊かになり,笑ったり泣いたり怒ったりできるようになった。

それでも,満月の夜になると可愛らしさは消えてしまう。

凶暴な妖となり,ボクを襲うようになる。

まぁ,当たり前かと思った。彼の主食は生血なのだから。

でも,噛みつかれる寸前で彼はやめる。

悲しそうな泣きそうな顔で。

次の日には泣いて謝ってくれる。


「ごめ"......っさ...ぃ...お、おれ...わるぃ...こ」

「ううん,大丈夫。怒ってないから,気にしないで。」


優しく頬を撫でて,笑いかける。

自分の手首を切り,その血を彼に見せる。


「ほら,ご飯の時間だよ。」


苦しそうに,その血を舐めて。

目の前で動いているのに,温もりなんて感じない。氷のように冷たい。

牙が皮膚に当たる度,夜花の体は震えていく。

それでも,食べるのをやめない。

最後には必ず,蕩けた笑顔で


「お、ぃし...っ...い...」


そう言ってくれるのが嬉しかった。

それでも,ボクの心は満たされなかった。

何かが...足りない。


でも,生き物には命の期限がある。

それは唐突にやって来るもので,買い物からの帰り道,貧血でボクは足に力が入らなくなり,道路の方へと倒れた。

そのまま,トラックに轢かれ,君を残して死んでしまった。

一人で,君を残してしまうのが,とても心残りだ。

君に言えなかった「ごめん」の一言が喉につっかえたままだった。




__________________


「え__む......っ_笑夢__...っ,起きてっ」


どこか懐かしい声。

目を開けると,あの日の君がいた。

血色がよく,赤く染まった頬。

鮮やかな瞳。

軟らかくて,温かい体。


「あ......ぁ...よ...よは...な......っ......」


涙が込み上げる,ずっと会いたかった。

あの日の君に

夜花はすごく,怒っている様子だ。


「なんで...なんで来ちゃったの...ッ...もっと,もっと生きてほしかったのに......ッ」


「ばか」と何度も繰り返し,ボクを抱きしめる。


「きーくんやティフィルはどうするの...お店はどうするの............


なんで...俺を生き返らせようとしたの......ッ」


声は震えて,抱きしめる手に力が入る。


「謝りたかったんだ。あの日の君に。それで...また,夜花と一緒に暮らしたかったんだ。例え,人の道を外れたとしても。」

「やめてよ...俺は充分幸せだったんだから...ッ...喧嘩しても...笑夢の隣にいられるだけで幸せだったよ...」


彼にはないはずの牙が口から覗く。


今なら,きっと彼に謝れる。向き直して,彼を抱きしめる。


「ごめん...ごめんなさい...怒鳴ったりして...」


声が震える。

許してもらえなかったらどうしよう。

でも,そんな心配はいらなかった。


「俺の方こそ...ごめんなさい......ッ貴方の大切な花瓶を割ってしまって......」


お互い,何十回,何百回と謝った。

そして,時は流れて泣きつかれて,眠ってしまった。


夢に出てきたのは,あのボクが作った"夜花"。

彼は優しく笑って


「も、う...おれはひつよ、うな...ぃね...」


そういって,消えていった。

彼はきっと,ボクの寂しさと罪悪感が生んだ幻想にすぎなかったのかもしれない。

でも,もう確める術はない。

本当にいたのなら今頃,現世は大変なことになっているだろう。


そっと目を開け,幸せそうに眠る夜花を見てやっとボクは満たされた気がした。

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