第39話
「ワズワース先生、ここは彼らに任せて、私たちは宿泊施設に戻って今後の話を生徒たちにしましょう。不安に思っている生徒も多いはずです」
今回の海外演習の総責任者はワズワースであるため、他の生徒のケアも彼の仕事の範疇だ。
「そうだな。悪い、誰か手伝いによこさせるからそれまでは三人で作業していれくれ」
「わかりました」
「わかった、です」
近くにいたリーゼリアとユリアニックは返事をして、アレクシスは顔をあげて大きく頷いていた。
そこから三人は作業に戻る。
黙々と作業をしていると、誰かがやってきた気配がする。
「アレクシス君、リーゼリアさん、ユリアニックさん、無事でよかった……しかも、こんなに解体が進んでいるなんて」
それは、ちょっと困ったように笑うエリアリアだった。
彼女は山の上にある宿泊施設までワズワースからことの顛末を聞いてから、急いでアレクシスたちのもとへと駆けつけていた。
「エリアリア先生、早かったですね」
アレクシスは解体の手を止めて声をかける。
「これ全部を三人だけでやったんですか? はあ、あなたたちは全く……」
頭を押さえたエリアリアは感動と呆れと驚愕の感情が入り混じっていた。
「山頂にいる生徒たちには学校に戻ってもらいました。さすがにベヘモスまで出てきたとあってはこのまま野外演習を続けるのは難しいですから。アレクシス君たちは大活躍だったみたいで、お疲れ様です」
三人に感謝と労いの言葉をかけるエリアリアに、アレクシスも解体を一度切り上げる。
「エリアリア先生、僕たちはどうすればいいですか? 解体にはもう少しかかるんですが……」
ベヘモスの解体はかなりの速度で進めていたものの、進捗は七割程度であるため、アレクシスは確認をする。
「誰か専門の技術者に……と言いたいところなのですが、どうやらアレクシス君の解体技術は相当優秀なようですね。冒険者ギルドからも優秀な冒険者だと連絡がきていますよ。なので、申し訳ありませんが三人で解体をお願いします。ここの警備は私が行っていますから」
ワズワースの指示で教師一人と数人の上級生が周囲の警戒にあたっていたが、エリアリアは彼らを学院に戻して一人で周囲の監視をする。
「なんだか、エリアリア先生が来てから安心感が強いです。先にいてくれた先生や先輩もみなさん実力者だったのに……」
「あっ! 私もそう思ってました、です!」
リーゼリアとユリアニックの言葉を聞いてアレクシスは頷く。
「二人がそう言えるのは魔力感知能力が高くなったからだよ。僕もかなり魔力量はあるつもりだけど、エリアリア先生も相当な魔力量なんだよ」
そういって、アレクシスは片手剣を手にすると解体に戻る。
リーゼリアとユリアニックもしばらくエリアリアのことを見ていたが、エリアリアがニコっと笑顔を返したことで我にかえり、自分たちの作業に戻っていく。
そこからは今まで以上に集中することで作業がはかどっていき、ほどなくして終わりを迎える。
「終わりました。いやあ、さすがにこのサイズだと時間がかかりましたねえ。でも、こんなデカい魔核も手に入りましたよ」
自分で洗い流したベヘモスの魔核を手にして、アレクシスは笑っていた。これほどの大物を見たのは初めてだったため彼は上機嫌になっている。
「はい、エリアリア先生」
見ることができただけで十分であるらしく、アレクシスはなんの迷いもなく魔核をエリアリアに渡そうとする。
「えっ? ええぇっ? いやいや、この魔核はベヘモスの素材の中でも一番の目玉ですよね? だったら最大の功労者であるアレクシス君がもらうべきものだと思いますが……」
彼女の長い経験の中でも、ベヘモスクラスの魔物の核を取り出す現場に居合わせることなど数えるほどしかなかった。
それゆえに魔核をあっさりと手放そうとするアレクシスにエリアリアは驚いている。
「えっと、これはあくまでも授業の一環です。まあ、ベヘモスとの戦闘は想定外のことだったと思いますけど、授業時間内のことですからね。ベヘモスの素材の所有権も学院側にあるんじゃないかと考えたんです」
冷静に分析して、そして欲のない結論を出すアレクシスに、エリアリアは苦笑していた。
「はあ、そんなところまでアレクシス君は子どもらしくないんですね。あなたの言うことはわかります。えぇ、そのとおりである部分もあります、認めましょう。ですけど、あなたは頑張ったの。すごく強かった。ワズワース先生もあなたがいなければ勝てなかったと言っていましたよ。だから、正当な報酬として――はい」
エリアリアは受け取った魔核をそのままアレクシスに返す。
「いいんですか?」
アレクシスもこの魔核の価値はわかっている。
それだけに、子どもの自分に譲るという判断を下したエリアリアに確認を求める。
「いいんです! これは私の権限で決めたことなのでいいんですよ! っと、リーゼリアさんとユリアニックさんはこの会話のことは忘れて下さいね。ちょっと私の立場に関する色々を暴露しちゃっているので。ここにいる人だけの秘密です」
「「わ、わかりました(です!」」
ぱちんとウインクとともにエリアリアは指で内緒話をするときの合図をする。
「その他の素材はどうしますか? 肉と骨と爪と牙をより分けておきましたけど」
アレクシスが剥ぎ取り、ユリアニックが運び、リーゼリアが洗浄して綺麗に並べて置いた素材と、肉の山がそこにはある。
「そうですね、ベヘモスのお肉はとても美味しいので良ければアレクシス君のマジックバッグにいれてもらえると助かります。リーゼリアさんとユリアニックさんはそれぞれ牙を二本ずつお持ち下さい。魔核の次に価値のある素材ですからね」
それを聞いてアレクシスは肉をカバンに詰め込んでいく。
「えっ、そんな価値のある素材、受け取れません! 私はただ水魔法で洗浄しただけなので、そんな大したことは……」
「私も、です!」
一方で、リーゼリアとユリアニックは思ってもみない報酬に驚き、遠慮している。
「もう、あなたたちは師弟そろって欲がないんですね! いいんです! あなたは価値のあることをやったんですから、正当な報酬として受け取って下さい。もし素材を持て余すようでしたら、私かアレクシス君の伝手で換金します。いいですね?」
「で、でも」
「うぅ……」
それでも食い下がる二人にエリアリアが詰め寄る。
「い・い・で・す・ね!」
「……うぅ、わかりました。ありがとうございます」
「ありがとう、です」
ニコニコしながらも迫力のあるエリアリアに押し切られて、二人は素材を受け取ることになった。牙二つであれば彼女たちが持つカバンにも十分入るため、拾い上げてしまっていく。
二人がそんなやりとりをしていると、アレクシスが肉を収納し終えて戻ってくる。
「それでは、お肉は食堂に運んで下さい。せっかくの野外演習が中止になってしまった代わりに……」
「代わりに?」
エリアリアが一瞬タメを作ったため、アレクシスが聞き返す。
「ベヘモスのお肉を使ったバーベキューパーティーを開きましょう!」
「バーベキューパーティー……」
聞き覚えのある言葉にアレクシスは思わずそのまま、言葉を返してしまう。
地球でも野外で肉や焼きそばを焼いて、談笑したりするバーベキューパーティーは遠くから見かけたことがある。
「そうです! みなさん、ベヘモスに襲われたことでショックを受けています。直接戦ったアレクシス君たちも例外ではありません。そんなショックな状況にあって、宿泊施設でのお泊り会も中止になってしまいました……だから、みんなが元気を出すためにはお肉が必要です!」
「肉が……」
アレクシスの持っているエルフのイメージは自然とともにいき、豆や野菜を好む草食のイメージだった。
しかし、エリアリアが肉を推してくるため、エルフのイメージが崩れ去っていく。
「それはとても良いことです! お肉を食べると幸せ成分が分泌されます!」
リーゼリアもエリアリアの意見に賛同する。彼女も肉が好みであるらしく、目が輝いている。
「幸せ成分……そんなものが」
この世界で肉を食べるとそんな未知の成分が分泌されるのかと、アレクシスは感心している。
「えっ、いえ、その、お肉を食べるととても幸せな気分になるので、それを私は幸せ成分と呼んでいまして……」
自らのボケを説明させられるかのような恥ずかしさをリーゼリアは味わい、それを見たアレクシスはやってしまったと視線をそらしている。
「でます! 幸せ、です!」
その言葉にユリアニックものってくる。
「幸せ成分! とても良い言葉じゃないですか! うんうん、確かにお肉を食べているととても幸せな気持ちになりますからね。私もお肉を食べている時にはきっと幸せ成分が出ています。しかも、今回はベヘモスのお肉ですからね……みんなとろけますよ!」
ベヘモスの肉を食べたことのあるエリアリアは、その味を思い出してゴクリと唾をのむ。
その様子を見ていると、アレクシスとリーゼリアの期待も盛り上がっていた。
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