第38話
アレクシスはのしかかってくるベヘモスに対して逃げることはせず、全力で大地を踏みしめている。
これまで何度も身体強化の魔眼を使用して父親、教師、魔物と戦ってきた。
全力でやっていいと言われたこともある。
しかし、魔力量が化け物クラスのアレクシスが本当に本気を出してしまっては、相手を完全に破壊してしまう可能性がある。
だが、目の前にいる魔物ベヘモスも化け物クラスである。
それならば、全力で攻撃をしても構わない。
加えて、ここで付け焼刃だったが新しい魔眼を発動させる。
――全身強化の魔眼起動――
これらの判断がアレクシスに最高の一撃を繰り出させる。
「うおおおおおお!」
地面を蹴る力が強すぎるため、踏み込んだ足がめり込む。
ベヘモスの身体が落ちてくるタイミングに合わせて、アレクシスが全身全霊最強の一撃をカウンターで合わせた。
拳と身体が激しく衝突する。
インパクトの瞬間、ドゴンという大きな音とともに、周囲に衝撃波が巻き起こる。
木々は衝撃波によって傾き、戦っているワズワースや周囲で見守っている生徒たちは腕を顔の前にもっていき、その衝撃をなんとか防ごうとする。
それほどに強烈な一撃が放たれていた。
アレクシスは攻撃時の姿勢のまま固まっている。
ベヘモスも動きを止めるが、ミシミシと音が鳴っているのが聞こえてくる。
「……なにかにヒビが入ったような?」
戦いを見守っていたリーゼリアがつぶやく。
ヒビが入ったような、という表現は的確であった。
アレクシスが放った一撃は腹から背骨まで達して、そのまま背骨をボロボロに破壊しつくしていた。
「GA……」
そしてベヘモスはそれだけ声をあげると、ドスーンと大きな音をたてて、横倒しになった。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
さすがのアレクシスも呼吸が乱れている。
生まれてこのかた、これほどまでに魔力を消費したのは初めてのことだった。
そして、緊張の糸が切れたように膝をつくアレクシス。
「アレク君!」
「アレクシス君!」
リーゼリアとユリアニックが慌てて駆け寄る。
ベヘモスがアレクシスにのしかかった時は生きた心地がしなかった。
そして、ベヘモスが倒れた今、アレクシスが膝をついているのを見て、もういてもたってもいられず、彼に駆け寄っていた。
「ヒーリングウォーター!」
リーゼリアはアレクシスの治療をしようと、慌てて水の回復魔法をかける。
「あ、ありがとう。でも、怪我はしてないから大丈夫だよ。ちょっと、魔力が、きつい、だけだから」
なんとか立ち上がろうとしたアレクシスだったが、ふらふらとよろめいてその場に尻もちをついてしまう。
「そ、そんな、ど、どうすれば……そうだ! ユリアさん!」
リーゼリアは何か思いつくと彼の右手を握り締める。名前を呼ばれたユリアニックも何をしようとしているのか理解して左手を握りしめる。
「な、なにをするんだい?」
「「黙っていて下さい(です)!」」
真剣な表情のリーゼリアとユリアニックは思い出していた。
アレクシスの指導を受けたあの日、魔力操作についてのやり方を教えてもらった日。
最初に何をやったのか?
それは魔力の循環を感じること。
しかし、それを感じることがなかなかできなかった二人に対して、アレクシスがきっかけをくれた。
それはアレクシスの魔力を身体の中に流し込むという方法である。
彼女たちはその時にやってもらったことを反対にアレクシスへと行おうとしている。
祈るように目を閉じた二人の手からアレクシスの手へと徐々に魔力が流れ込んでいく。
他者の魔力というものは異物であるため、一気に流し込むと拒絶反応が出てしまう可能性がある。しかし、少量であれば問題ないことは自身で確認済みである。
「暖かい……」
アレクシスは魔力が枯渇して冷えていた身体が徐々に温まっていくのを感じていた。
流れ込んでくる彼女たちの魔力はアレクシスにとって心地よいものであり、魔力が少しずつではあるが補充されて、気分も落ち着いてきている。
「おい、大丈夫か!」
そして、担任であるワズワースも心配して駆け寄ってきた。
彼自身も渾身の一撃でベヘモスのことをのけぞらせており、その負担がのしかかって疲れた表情をしている。
「えぇ、なんとか大丈夫です。先生があいつの身体を起こしてくれたおかげですよ」
「まあ、なんとかな。それよりもお前の攻撃のほうがとんでもなかった。しかし……お前、本当に十二歳か? 十二歳の皮をかぶった三十歳のSランク冒険者なんていうことはないよな?」
その問いかけにアレクシスはドキッとする。
三十歳でもSランク冒険者でもないが、身体に宿る元々の魂は地球人の山田幸作であることを指摘されたように感じてしまったためである。
しかし、動揺しては怪しまれてしまうため、アレクシスはその動揺をふうっという呼吸とともに外に吐き出した。
「まさか、そんなわけないじゃないですか。僕はちょっと腕に自信のある学院の一年生ですよ。冒険者ランクもDランクと微妙な位置ですしね」
アレクシスが冗談めかして言うと、ワズワースは嘆息し、リーゼリアとユリアニックは笑顔になっていた。
「さすがアレク君ですね。うんうん」
「さすが、です」
満足そうなリーゼリアたちを見て、ワズワースは沈痛な面持ちになっていた。
「はあ、まあいいんだがな……それよりも、こいつはどうしたもんかな?」
ワズワースの言うこいつとは、ベヘモスの遺体のことである。
巨大であるのも理由の一つであったが、ベヘモスといえばかなりレアな魔物であり、幼体といえどその素材は高値で取引されている。
野外演習という授業の中で倒されたが、とどめをさしたのはアレクシスであり、彼がいなければ倒すことはできなかった。
しかも、今回はワズワース自身がアレクシスに助力を頼んでいる。
アレクシスは冒険者として活動しており、もちろんベヘモスの価値もわかっている。
「はあはあっ――ワズワース先生! アレクシス君にリーゼリアさん、それからユリアニックさんも、みんな無事ですか?」
そこにやってきたのはフランシスだった。
彼女は学生の誘導を最優先に行っており、戦闘はワズワースたちに任せていた。
「おう、俺は無事だ。こいつらも怪我はしていないみたいだぞ」
ワズワースの返事を聞いて、フランシスはほっと胸をなでおろす。
「それはよかった……。そうだ、今学院と連絡をとったら、エリアリア先生が来るとのことです。一応通信用の魔道具を持ってきたのが功を奏しました」
それを聞いてワズワースはほっとしていた。
「なら、このベヘモスをどうするかの判断もエリアリア先生に相談することにしよう。解体は……アレクシス、できるか?」
このまま放っておくよりも、できるのであれば先に解体しておいたほうが後々の作業が楽になる。
「ワズワース先生!」
その言葉を聞いたフランシスは咎めるようにワズワースの名前を強く呼ぶ。
生徒に解体を頼むなどあってはいけないと判断していた。
「あぁ、すまんすまん、そうだった。どうにもアレクシスは他の生徒と違って、頼りになりすぎるからつい、な」
「いや、構いませんよ。ちょっと時間はかかりますけど解体できるのでやります」
そう言うと、アレクシスは学校から支給された片手剣と自分のナイフを取り出して、早速解体に取り掛かる。
「アレクシス君! もう、担任が担任なら生徒も生徒ですね」
不満そうに言いながらも、彼女もアレクシスの能力を買っていたためそれ以上は口を閉じる。
「あ、あの、私もお手伝いしましょうか?」
「手伝う、です」
すると、リーゼリアとユリアニック助力を申し出る。
「うーん、どうしようかな……そうだな、骨とか爪とか解体するからユリアはそれを運んでくれるかな? で、リーゼにはそれを水魔法で綺麗にしてくれると助かるかな」
リーゼリアの申し出にアレクシスが彼女の仕事を思いつく。
「もちろんです! お任せ下さい」
「やる、です!」
二人はアレクシスの指示を受けてやる気をみなぎらせていた。
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