第11話



「さて、授業の説明をするぞ。今日やるのは生徒同士の摸擬戦だ。組み合わせについては試験の成績をもとに近い実力同士で組んでいる。この一覧を見てくれ」

 ワズワースが先頭にいる生徒へ一枚の紙を手渡し、そこに生徒が殺到する。

 アレクシスはその輪には加わらず、みんなが見終わるのを待っていた。


 それぞれが自分が誰と何番目に対戦するのかを確認していくが、全員が決まって最後にはアレクシスを見ていた。


「……なんだろ?」

 アレクシスが疑問を口にする頃には用紙が手元に回ってきて、他の生徒たちがなぜアレクシスのことを見ていたかがわかる。


「いち、にー、さん……」

 理由がわかったアレクシスが最初にしたことは、小さな声でクラスの人数を確認することだった。


「やっぱり……先生、このクラスの人数って奇数ですよね? 僕だけ組み合わせ相手が空欄なんですけど」

 他の生徒はそれぞれが一組になって、対戦相手が記されている。

 しかし、アレクシスの欄だけ、相手の名前が書いていなかった。


「うむ、その通りだ。この中には知っている者もいるかもしれないが、アレクシスはクラス分け試験の際に武力試験でかなりいい結果を残した。この中の、いや全クラス合わせたどの生徒よりもな!」

 大きな声でワズワースがそう断言すると、生徒たちがざわついた。


 武力試験がどんなものだったのかは当然の如く生徒全員が知っている。

 戦闘系の教師との一対一での模擬戦。アレクシスと同じ日に受験した生徒はワズワースと、他の日に戦った生徒は別の教師と戦っている。


 同じくワズワースと戦ったリーゼリアは驚いていた。

 まさか、あの時にワズワースが膝をついていたように見えたのは本当のことだったのかと。


「そんなやつを誰か生徒と戦わせるわけにはいかない、だろ?」

 ニヤリと笑いながらワズワースはアレクシスに質問を投げかける。


「まさか……」

 ここまで聞いて、アレクシスはワズワースが何を考えているのか理解できて嫌な予感がしていた。

 その表情は呆れているようなものだった。


「そう、お前の相手はおれだ!」

「あぁ、やっぱり……」

 生徒たちはざわついたが、当のアレクシスに驚きはなく、嫌そうな声と表情を見せるだけだった。


「あのー、それって私情入っていませんか? 試験で僕だけが、そのね……」

 なんとか回避できないものかとアレクシスが質問する。


 しかし、この言葉は生徒たちに更なる動揺を走らせる。アレクシスだけが一体試験で何をしたのか? 


「はっはっは、良く言ったな。そのとおりだ! みんなよく聞け。俺は今回の入学前試験において戦闘試験を担当した。半分ほどの生徒を相手したが、俺に攻撃を当てられた生徒は少ない」

 再び生徒たちがざわつく。


「あいつ、まさかワズワース先生に攻撃をあてたのか?」

「俺なんて手も足も出なかったのに……」

「魔眼を使うこともできなかった……」

 ワズワースが試験を担当した生徒たちは彼の強さを体感しており、圧倒的なまでの力の差を感じていた。

 そのワズワースに白紙の魔眼の落ちこぼれが攻撃を当てたというのか、と。


 生徒たちが驚いている様子を見て、ワズワースは再度ニヤリと笑う。


「確かに俺に攻撃を当てた生徒は少ない。このクラスでも数人しかいないんじゃないか?」

 心当たりのある男子生徒がニヤニヤしていた。

 自分の力はこの中でも頭一つ抜けていると喜んでいるようだった。

 もう一人の対象者であるリーゼリアは厳しい表情のまま次の言葉を待っていた。


「だがな、俺を倒した生徒はアレクシス一人なんだよ」

 一瞬場が静まり返る。

 生徒たちはワズワースの言葉の意味が理解できずにいた。


 攻撃をあてたものですら少ないという話の中、クラスメイトの、みんなが白紙の魔眼持ちだと馬鹿にしているアレクシスがワズワースを倒したという信じられない話に混乱している。


 そして、徐々に我を取り戻して話の意味を理解すると、再度憶測が飛び交い、ざわざわし始め、どんどんその声は大きくなっていき、視線はアレクシスへと集まっている。


「はあ、わかりましたよ。先生はなんとしても僕ともう一度戦いたいということですね」

「そういうことだ、よろしくな!」

 こうしてアレクシスの対戦相手がワズワースに決定する。


 生徒たちはいまだに信じられないとアレクシスを遠巻きに見て噂話をしていた。


「おう、お前たち。驚いているのはわかるが、もうすぐ始めるぞ。身体をほぐしておかなくていいのか?」

 ワズワースに指摘された生徒たちはこれから摸擬戦が始まることを思い出して、慌ててそれぞれに再度身体を動かして準備を始めた。

 いくら生徒同士とはいえ、Aクラスに分けられたからにはそれなりの実力者が集まっており、油断すれば怪我をすることは予想に難くない。


「試合時間は十五分。武器は試験の時と同じように木製の武器を使用する。魔眼の使用は禁止だ」

 それを聞いた生徒たちはホッと胸をなでおろす。

 相手の魔眼のことを知らない、そして自分が絶対に制御できるという自信もなかった。


「次に、試験の時は俺が相手だったから設定しなかったが、今回はケガがあっても大丈夫なように舞台上での怪我が回復するよう魔道具を設定してある。だから存分に戦ってくれ。さあ、最初の組は舞台に上がれ!」

 ワズワースがここまで説明すると、一組目の二人が舞台に上がっていく。


 学院に入って初めての摸擬戦。

 クラスメイトといってもまだよく知らない相手であり、得意な戦法も使用しないとはいえ魔眼の種類も知らない。

 そんな未知の相手と戦う緊張感が生徒たちの間に漂い、既にアレクシスへの興味は薄れていた。


 ただ一人、リーゼリアを除いて……。


 彼女はワズワースを倒した時のアレクシスのことを遠目ではあったものの確認していた。

 だからこそ、アレクシスがワズワースを倒したという話を聞いて一人納得している。


 座学の授業でもひときわ輝いた才能を示したアレクシス。


 彼から今まで出会った誰とも違う何かを感じ取っている。

 だからこそリーゼリアはアレクシスという人物のことが気になって仕方なかった。


 リーゼリアがアレクシスに注目している一方で、摸擬戦は順調に進んでいく。

 実力の近い者同士の戦いは、時には十五分フルに戦うこともあったが、おおむね互いに手ごたえを感じるものとなっていた。


 そして、アレクシスの一つ前の組のリーゼリアが舞台へと上がった。

 彼女はワズワースとの戦いでも攻撃を当てて見せた実力者であるため、アレクシスも興味深く観察している。


「始め!」

 ワズワースによる開始の合図とともに、リーゼリアが走り出した。

 相手の生徒もすぐに武器を構えたが、一瞬のうちに距離を詰め、連続の突きを繰り出すリーゼリアに手も足も出ず、武器を落とし降参のポーズをとる。


 わずか数十秒での決着となった。


「勝者、リーゼリア!」

 ワズワースの宣言に歓声がおこった。

 ここまでに何戦もあったが、これほどまでに一方的な結果はなかった。

 それゆえに、リーゼリアの見事な勝利は生徒たちから拍手と歓声を引き出していた。


「うむうむ、リーゼリアは戦闘力において一つ抜けているようだな。よくやった。お前も負けたとはいえすぐに武器を構えた対応力は悪くない。その精神力は誇っていいぞ」

 ワズワースは見た目や普段の言動の粗雑さと異なり、負けた生徒へのフォローという細やかな気配りも忘れない。


「さて、いよいよ最後は俺とアレクシスの戦いだな! ハンデとしてお前は魔眼を使っていいぞ」

 そして、ここからはまるで遊び相手を見つけた子どものような笑顔でアレクシスのことを見ている。


「先生、審判は誰がやるんですか? 先生が戦うとなると、誰か第三者として審判できる人がいないとだと思うんですけど……」

 アレクシスは誰か審判を用意しているのだろうと思い、その人物をキョロキョロと探しながら質問をする。

 しかし、その指摘を受けたワズワースは両手で顔を覆っていた。


「わ、忘れていた……だ、誰か!」

 そう言いながら周囲を見渡すが、この場にいるのはもちろん生徒のみである。

 一瞬、誰か生徒に代わりをとも考えたが、アレクシスとワズワースの戦いともなれば、これまでの生徒同士のものとはワンランク上の戦いになるため、生徒任せにはできない。


 普段なら副担任のフランシスに頼むところだったが、彼女は午後の授業がないため、外に出ていた。


「うふふっ、そういうことなら私の出番ですね! このエリアリアが審判の役を買ってでましょう!」

「……わっ!」

 アレクシスは後ろから急に声をかけられたため、慌ててその場から飛びのいた。


 エリアリアと名乗った女性はつややかな銀髪をたなびかせ、青い瞳をキラキラと輝かせながら楽しげにニコリと笑ってアレクシスとワズワースのことを見ていた。

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