第10話


 それから学院が始まるまでの数週間は自由な春休みとなった。

 アレクシスは街を知るために色々な店に出入りし、コミュニケーションを図って、合間合間に手伝いを積極的にする彼と住民たちはいつしか仲良くなっていた。


 明るく元気なアレクシスは、左目に眼帯をしているその姿とのギャップから印象に残り、人当たりの良さから街の人々に人気の人物なっていた。


 そんな生活をしているうちにあっという間に短い春休みは終わって学院が始まる。


 真新しい制服に身を包んだ生徒たちが学院の門をくぐっていく。

 春休みの間に制服の採寸が行われて、それぞれに配布されていた。


 能力によってクラス分けされ、その結果が学院の門を入った左手のところに掲示されていた。

 クラスは成績が良い順に、上からS・A・B・C・D・E・Fの七クラスに分かれている。


「えーっと、僕のクラスは……」

 アレクシスは一番上のSクラスから確認していく。二度確認したがそこに彼の名前はない。


「S……にはないか。それじゃあ」

 特に気に留めず、続いてAクラスを見ていく。こちらではすぐに見つかった。


「アレクシス……あった。なるほど、Aクラスか悪くないね」

 上から二つ目のクラスへの所属であることにアレクシスは満足していた。


 座学には自信があり、戦闘訓練でもワズワースを倒すという結果を残している。

 だが、魔力試験の際に水晶玉を壊してしまったことや、白紙の魔眼であることから評価はよくないだろうと踏んでいた。


 それにも関わらずAクラスというのはアレクシスの中で上々な結果だった。


 入学したてでまだ校内のことがわからない生徒たちに向けて、簡易的な地図と教室までの順路がわかるように壁に矢印が描かれており、彼らはそれに従って各々の教室へと向かっていく。

 一年生の教室は一階に配置されており、すぐに到着した。


「ここが……」

 教室の扉の上には『1-A』と記されたプレートが設置されている。


 少し緊張しつつも扉を開けて教室に入ると既に何人もの生徒が着席していた。

 その中には試験の際にアレクシスの一つ前にワズワースと戦ったリーゼリアの姿もあった。

 双方ともに顔を覚えており、目線が合った二人は互いに軽く会釈をした。


 それからアレクシスは黒板に掲示されている座席表を確認してから自分の席に座る。

 始業時間が近づくにつれて、生徒が次々に登校して席が埋まっていく。


 全員が着席したのとほぼ同じタイミングで教師が入ってきた。


(あっ!)

 見覚えがあったため、アレクシスは内心驚いている。


「おう、覚えているやつもいるか。俺の名前はワズワース。このクラスの担任だ。座学の一部と戦闘実技を担当している。それから……」

 ワズワースのあとにもう一人の教師が入ってくる。こちらもアレクシスは見覚えがあった。

 筆記試験の試験官をしていた眼鏡の女教師だった。


「私も何人か見覚えがありますね。私の名前はシエラです。このクラスの副担任を務めさせていただきます。基本的に座学と魔法の実技を担当します」

 シエラは赤色で細身のフレームという眼鏡の形状から一見して厳しさを感じさせるが、眼鏡の奥では優しいまなざしが隠れている。


「お前たちの試験での情報は全員分預かっている。それに基づいてクラス分けされたが、気になることや心配事があったら俺たちのどちらでもいいから早めに相談するように」

 粗暴に見えるワズワースだったが、自分が受け持つことになった生徒たちのことを大事に思っており、不満や問題を抱えた場合にすぐに話せるようにとこのあたりを最初に説明しておく。


「さて、それでは今日のスケジュールを説明しておくか。これから入学式がある。そこでは学院の理事長からありがたあいお話があるはずだ。それ以外では、新規の教師の紹介や今年の一年生を担当する教師の紹介とか色々ある」

 ここまでが入学式についての説明。


「それが終わって教室に戻ってきたら休憩があって、そのあとは明日からの授業の説明があって終わりになる。というわけで、講堂に移動だ。廊下に出たらとりあえずそっちの席から順番に並んで着いてきてくれ」

 その指示に従って生徒たちは席を立つと、廊下で言われたとおりの順番に並んでいく。

 他のクラスも同じように廊下に並び始めていた。


 並ぶ生徒の確認をシエラが行っていく。

 そしてアレクシスのところまでやってくると、彼女はニコリと笑顔を向けた。


 シエラは採点の際にアレクシスが満点をとったこと、さらには解答用紙の裏に書いた魔術学についての理論にも舌を巻いていたため、彼のことを密かに気に入っている。

 贔屓をするつもりはないが、それでも彼の授業を担当することを楽しみにしていた。


 全員が整列したのを確認すると、Sクラス、Aクラス、Bクラスと順番に講堂へと向かって行く。

 入学式というだけあり、たくさんの在校生や他学年の教師たちが入場してくる一年生を拍手で迎えてくれた。


 そこからは学院関係のお偉方からのありがたいお話が続く。

 そのトップである学院の理事長は髪が薄く、しわしわの細身で年齢を重ねたお爺さんという様相で、新入生たちはその様子から威厳が感じられないなと思っていた。


 しかし、教師たちがしっかりと話に耳を傾けているのを見て、それにならうように、生徒も背筋を伸ばして聞いていた。


(にしても、こっちの世界でも校長先生とか理事長とか偉い人の話っていうのは長いな)

 アレクシスはというと、このような話を聞いたことは何度もあるため、あくびを噛み殺しながらぼけーっと話を聞いている。


 その後も長話は続いて、数人の生徒が倒れて運ばれたところで入学式は終了となった。

 教室へ戻ると、学院指定のカバン・教科書の配布、運動用の服と靴のサイズ確認、明日からの授業のカリキュラム説明、年間予定表の配布などが行われた。


 ホームルームが終わり、各自が帰宅の準備を進めていく。

 アレクシスも教科書や配れたプリントをカバンに入れてそれを背負う。


 そんなアレクシスを見てクラスメイト達が遠巻きに噂話をしている。


 ──なぜ白紙の魔眼持ちがAクラスに選ばれているのか?


 アレクシスが白紙の魔眼であることはどこからか知れ渡っており、クラスメイトだけでなく他のクラスの生徒も数人教室に彼を見にやってきていた。


 しかし、当の本人であるアレクシスは気にも留めず寮へと戻っていく。


 そんな彼の背中をリーゼリアが見つめていた。

 他の生徒たちとは違った意味のこもった視線で……。





 翌日は授業がなく、生徒同士の自己紹介と学院の簡単な説明。

 昨日サイズを確認した運動用の服と靴の配布が行われ、各自が使うロッカーのカギもこの日に配布された。


 さすがに二日目ともなると、わざわざアレクシスのことを噂する者も減ってはきたが、それでもよく思わない生徒は一定数いるようだった。




 そして、いよいよ学院三日目となる翌日から授業が始まっていく。


 午前中は座学の授業であり、アレクシスにとっては退屈なものとなると思われた。


 しかし、副担任のシエラがたまに高度な問題を出すことで、アレクシスは授業に集中することができた。問題を出す側のシエラもアレクシスが見事な回答をすることに喜びを覚えていた。


 大半の生徒がわからない質問でもすらすら答えていくアレクシス。


「すげ……」

「今の全然わからなかったんだけど……」

「なんであいつあんなの答えられるんだ?」

 その姿を見ていたクラスメイトは徐々にアレクシスに対する印象を変えていた。


 白紙の魔眼を持っていることばかりが先行していたが、彼の学力を目の当たりにしたことでAクラスであることへの疑問が薄らいでいく。


 アレクシスの学院での初ランチは寮母に作ってもらった弁当だった。

 それを中庭で一人食べている。


 クラスメイトがアレクシスのことを避けているのは自身でもわかっており、あえて彼らの視線に晒されないようにここにやってきていた。ああいう視線は放っておけばいずれ収まることを前世で分かっていたからだ。


 昼食をはさんで、午後になるといよいよワズワースによる実技の授業となる。

 生徒たちの姿は試験の時と同じ屋内演習場にあった。


「おう、みんな運動服に着替えてきたな。まずは準備運動からしていくぞ」

 そういうと、ワズワースは簡単な準備運動を指導して生徒たちの身体を温めていく。

 それが一通り終わったところで、いよいよ本日の授業の説明が始まる。



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