世界に一人だけの白紙の魔眼 ~全てを映す最強の眼~

かたなかじ

第1話


「ここは……どこだ? 知らない風景だ……」

 家に帰りついたはずの幸作だったが、自宅である小さなアパートの一室ではなく、そよそよと気持ちのいい風の吹く草原の真っただ中にいた。

 天井はなく澄んだ青空が広がっており、少し離れた場所には川があるのか水のせせらぎが聞こえていた。


「綺麗な場所だな……」

「――そう言ってくれると嬉しいのう」

 穏やかな表情で幸作が自然とそんなことを口にすると、後ろから数多の歴史を重ねた、深みのある声が聞こえてきた。


「えっと、あなたは?」

 ゆっくりと振り返る幸作からは、声の主に対する警戒心などはなく、むしろ落ち着いた心持でいる。


 そこにいたのは白いローブをまとった老人。

 しかし、どことなく神々しさを感じる。


「ふむ、存外落ち着ているようじゃな。わしの名前は……決めとらんかった。うむ、お前さんたちの概念でいうところの神と呼ばれる存在じゃ。あぁ、別にあらたまった態度はとらんでええぞ」

 親しみの持てる笑顔で神は話す。


 神だと自己紹介をした人物を見て幸作は、あぁそうなのか。と納得していた。


「ほほっ、納得するのが早すぎやせんかね? まあ、すぐ説明に入れるから理解が早いことはよいことじゃな。それで、かなりショックなことを話すんじゃが……どうするね? すぐ聞くかね? それとも、少し気持ちを落ち着けるかね?」

 混乱することを見越して、神はあえてこんな質問を投げかけた。


「すぐお願いします」

 しかし、幸作は真剣な表情で即答した。ここまでのやりとりで、なんとなく自分の身に降りかかったことを理解し始めていたため、早く話を聞いてスッキリしたいと思っている。


「ふむ、覚悟ができているようじゃな。それでは話していこう……」

 一呼吸間をおいてから神が話し始める。


 自分の誕生日ケーキを買って幸作が家に帰るのとほぼ同時に、父がマッチを擦って火をつけた。

 彼はヘビースモーカーであったため、別段不思議な行動ではない。

 しかし、母が家を出る時に閉めておいたガスの元栓を一郎太が開けていた。

 腹が減ってなにか作ろうとしたのだろう。

 そこで火をつけてお湯を沸かそうとしたが、酔いが回る手ではうまく火がつかなかった。

 そこに不運が重なり、チューブが劣化していて、ガス漏れを起こしていた。


「いや、もういいです。わかりました!」

 そこまで説明を聞いて、何が起こったのか幸作は全て理解した。


 つまり、父親のせいで事故が起こった。


「ごほん、念のため言っておくがお前さんの母親はパートからの帰り道だったために無事じゃ」

 神による補足を聞いた幸作は肩から力が抜けた。

 母が無事であることに、これで母は父の呪縛から逃れて、自分という荷物からも解放されるのだという思いから安堵していた。


「お前さん……自分が死んだことよりも、母の無事を喜ぶのか……」

 幸作をじっと見ていた神は驚いている。


「あの、もしかして、神様って俺の心読めるんですか?」

 しかし、幸作が気になっていたのは神の反応だった。そして思い当たったことを口にする。


「おぉ、言っておらんかったか。そのとおりじゃ。神というのはなかなかに色々なことができるんじゃよ。わしの空間に来た者の心くらいは読めるぞ」

 笑顔で言う神を見て、これまた幸作は神様ならこれくらいは当然かと納得していた。


「続きを話そう。わざわざこんな場所に来てもらったのじゃから、もちろん話につき合わせるためだけに呼んだわけではない。わしはお前さんの不憫な人生を見ておったんじゃ。子どもの頃から、成人を迎えた今日まで、お前さんは決して折れずに周りを幸せにしようと頑張ってきた。それこそ祖母がつけてくれた『幸作』という名前に恥じぬ生き方じゃった」

 穏やかに響く神の言葉を受けて、幸作の目からは涙がこぼれ落ちる。


「……えっ? あれ? なんで? 涙が、変だな、なんか止まらない……」

 幸作は自分が泣いている理由がわからず、ただただ涙が自然とあふれ出てきていた。

 神の言葉は幸作の胸を撃ち抜いて彼がずっと無意識下で求めていた、自分のことを認めて欲しいという欲求を満たしていた。


「うむうむ、ここではいくらでも時間がある。ゆっくり泣くとええ。お前さんは少し頑張りすぎたんじゃよ」

 神は幸作の肩に手を置いて、彼が落ち着くまでずっとそばにいてくれた。

 一時間ほどして、幸作が泣き止む。


「あの、ごめんなさい。俺、なんか嬉しくて……」

 泣いた理由を口にしようとする幸作を見て、神は優しく頷いている。


「良いんじゃよ。それよりも、落ち着いたところで話を進めたいのじゃが良いかね?」

 神の確認に急いで涙を拭きつつ、幸作は頷いた。


「ふむ、それでわしはお主が頑張っている姿を見守ってきたんじゃ。いつか報われることを願っておったが、ここに来て命を失うこととなった。地球の神もなかなか酷い運命を背負わすものじゃのう……」

 幸作は自分があんな生活を送っていたのは運命だったのか……とやりきれない気持ちになる。


「でも、もう解放されたんですよね。だったら、ゆっくり休めるのかな?」

 中学校に通っていた頃から学校に隠れてバイトをして、卒業から成人するまで仕事をいくつも掛け持ちしていたが、それももう終わりにできる──そのことにホッとしている自分がいた。


「うむ、解放された。またあの生活に戻れなどということもない。しかし、ゆっくり休めるかどうかはわしの話を聞いてからにしてもらってもええかの?」

「?」

 神は何か提案があるようで、いたずら小僧のような笑みを浮かべている。


「わしが今回ここに呼んだ最大の理由、それはわしが神をやっておる世界に転生、つまり生まれ変わってみんか? という選択肢をお前さんに提示するためなんじゃよ……これがあちらの世界の映像になる」

 そう言って神が右手を軽くあげると、空中にテレビのモニタのようなものが後ろにいくつも表示され、そこには人々の生活が映し出されていた。


 王族、貴族、農民、剣士、騎士、兵士などなどの普段の光景が映し出されている。

 その中で特に目をひかれたのは、輝く目と魔法のようなものを使っている姿だった。


「こ、これは?」

 明らかに自分が住んでいた地球の日本とは異なる映像に幸作は神を見る。


「うむうむ、驚いているようで、また興味を持ってくれたようでよかった。これは先ほども言ったように、わしが神をやっているリダリーシアという世界なんじゃ。お前さんにわかりやすいように、かつ端的に説明すると『いわゆる剣と魔法の世界』というやつじゃな。その中にあって、ほとんどの者が特別な眼をもって生まれる。そんな世界じゃ」

 ゲームや漫画のように魔物と戦っている人物もモニタに映し出されている。


「すごい……」

 幸作は目を輝かせながらモニタに釘付けだった。


「というわけで、改めて質問じゃ。あの映し出されている世界リダリーシアに行ってみるつもりはないかね? もちろん手ぶらでいかせるわけじゃないぞい。何か要望があればできる範囲で叶えるつもりじゃ」

 既に幸作の気持ちは転生するほうに傾いている。


 ──しかし、幸作はどうしても確認しないといいけないことがあった。


「……あ、あの、両親を選ぶことってできますか?」


 親は生まれてくる子供を選べない。

 また、子どもも生まれる先を選ぶことはできない。


 それは当然のことである。それはわかっている。


 幸作ももちろん無茶なことを言っている自覚はあった。

 あったが、それでも聞かずにはいられなかった。


「うーむ、完全には無理じゃが、おおよそでよければ決めることはできる。貴族がいい、王族がいい、騎士の息子がいいなどくらいじゃがな」

 それを聞いた幸作は決意して、頷いた。

 口にしなくても神は心を読める。

 だが、幸作は自分の決断を口にしようとし、神も幸作の口から直接聞こうと耳を傾ける。


「あの世界に転生したいです。そして、俺の希望は一つ。優しい、家族……それだけです!」

 切実なまでのその願いをを聞いて神はゆっくりと頷いた。


「あい、わかった! 山田幸作、お前さんをわしの世界へと歓迎しよう。そして、優しい家族と言う望みも叶えよう! そして、ここからはわしからのサービスじゃ。あちらはほとんどの人間が『魔眼』と呼ばれる特別な眼を持っておる。お前さんの眼を特別な魔眼にしておこう。その眼を使って自由に人生を謳歌するのじゃぞ!」 

 神がそう宣言をすると、幸作の視界が徐々にホワイトアウトしていく。


「今度こそ、幸せな人生を……」

 そんな神の呟きが耳に届き、それと同時に意識が失われた。


「――あの眼なら、彼が生きていくうえで力になってくれるはずじゃ」

 神が幸作に与えたのは特別な魔眼であり、世界でも幸作しかいないという特別なものである。

 しかし、それと同時にその魔眼は普通の魔眼とは異なるため、一般的に認知されていないものでもあった。


 それゆえに、彼に降りかかるかもしれない試練に神は気づいていなかった……。

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