33.前菜はパテドカンパーニュ

「もぉ……悠馬さんも田村様も、片桐さんをあまりいじめないでくださいね」


 と私が二人を軽く諫めると、


「そうよ、二人とも……今日は片桐さんからもいろいろ聞き出すんだから……警戒させちゃダメ」


 と石川様は言い、意味ありげに私に向かって目配せをした。

 石川様まで悪ノリし始めそうで、なんだか不安だ。


「なになに? 盛り上がってる?」


 私用の電話で食堂の外に出ていた叔母さんが、口紅の色に合わせたような赤いハイヒールの音を響かせて戻ってきた。


「楽しくなりそうよ。明子さんも早く座って座って……」


 石川様に腕を掴まれ、叔母さんは彼女の横の席に座る。


 今日は二つのテーブルを並べて、七人で大きなテーブルを囲むような形で席を作った。

 席順は、一番奥の席から時計回りに田村様、石川様、叔母さん、長谷川様、私、悠馬さん、片桐さんとなった。


 私と悠馬さんでシャンパンを注いで回り、厨房に姿を消した片桐さんが戻ってくるのを待った。


(『料理の確認』って……絶対、口実だよね。片桐さん、ちょっと可愛かったな……)


 思い出すと、つい、にやけてしまう。


「環ちゃん、何かいいことあった?」


 私の表情に目ざとく気が付いたのか、悠馬さんが訊いてくる。


「えっ? あ、うん。ちょっとね~」


(私だって、いつまでもやられっぱなしじゃないんだからね!)


「ふーん、そうなんだ……」


 いつもと違う私の反応に、悠馬さんは気をそがれてしまったのか、それ以上は何も訊いてこなかった。


「ああ、すみません。お待たせしました。これからお出しする料理の確認と準備をしておきたかったので……」


 どうやら口実などではなく、片桐さんは本当にお料理の確認をする為に厨房へ行っていたようだ。


(片桐さんに限って『照れる』なんてことはないんだ……)


 私が少しだけ、がっかりしていると、


「じゃあ、そろそろ皆さん、よろしいでしょうか……えー、本日は年末でお忙しいところパーティーに御参加いただきありがとうございます。まだ、クリスマスまで数日ありますが、今日が私達のクリスマスパーティーということで、心ゆくまで楽しみましょう。では、お手元のシャンパングラスをお持ちください……乾杯!」


 と叔母さんの乾杯の音頭でパーティーが始まった。

 重なり合うグラスの音が心地よく響き、私達は銘々に笑顔を交わす。


 ――今、この瞬間が堪らなく愛おしく感じられて、私は少しでも目に焼きつけておこうと思った。


「このパテ、美味しいわね」


 そう言って石川様が片桐さんに笑顔を向ける。


 今日の前菜は「パテドカンパーニュ」。

 フランス語で『田舎風パテ』という意味を持つ、昔ながらのフランス家庭料理だ。


「今日は鶏レバーを使ってみました。豚レバーよりも癖がないので、食べやすいかなと思いまして……」


「そうね、レバーって結構、好き嫌いがあるものね。でも、これはさっぱりした後味でワインにも合いそうね」


「あ、そうだ。石川さん、さっき頂いたワイン開けましょう!」


 そう言って叔母さんは、テーブル横の食堂ワゴンに載せて置いた赤ワインを自ら皆に注いで回った。


「片桐さん、このパテって生姜も入ってますか?」


 パテを口にした時に感じた爽やかな香りが気になっていた。


「そうそう、よく分かりましたね。胡椒やにんにくと一緒に入れてフードプロセッサーでかき混ぜて種を作るんです」


「なるほど……」


「よかったら今度レシピお渡ししましょうか?」


「はい! 是非是非」


(美味しい食事をしながら片桐さんと話せるなんて……)


 と私がワインで火照り始めた頬に手を当てながら喜びに浸っていると、


「……環ちゃん。席、替わろうか?」


 悠馬さんが私の耳元で囁いた。


「えっ、なんで? いいよ、このままで……」


 私も小声で返す。


「あっ、お二人ともちょっといいですか? そろそろ次の料理を出したいので、どちらかお一人でもいいので手伝って頂けますか?」


 と片桐さんは、ひそひそ話をしていた私達の背中越しに声をかけ、顔を覗かせた。


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