21.長谷川様の想い
田村様が長谷川様との外出を心から楽しんでいたことは、彼女の表情からも見て取れた。
長谷川様は博識だから、列に並んでいる最中も、いろいろな話題で彼女を飽きさせずに過ごしたのだろう。
「そうですか、楽しまれたようで何よりです。今日は、とても寒かったので心配しておりました。どうぞ、お部屋で暖かくして、ゆっくりなさってください」
「ありがとう、そういえば、さっき悠馬君と話してなかった? 彼は今日、休みだったの?」
お二人は朝早くお出かけになったから、彼が今日、体調を崩して仕事を休んだことを知らなかったのだろう。
「ええ、そうなんです。昨日、午後から体調を崩してしまって、熱は、もうないみたいなんですけど、念の為、今日は休んでもらいました」
「そっかあ……皆、忙しそうだもんね。年末年始、カフェが休みなら、皆もゆっくりした方がいいよ。私も石川さんも毎日ではないけど、家族や親戚と過ごしたりするだろうし」
「カフェは年末が30日からお休みで、年始は6日から営業なんです。長谷川様は御帰省されるんですか?」
「うん、30日から1月4日までね」
長谷川様は自称、独身貴族で悠々自適に暮らしているように思えるが、実は親孝行な方でもある。
来年にはお母様との同居を考えているらしく、一人暮らしはルミエールが最後になるかもしれないそうだ。
以前「結婚しない自分は親不孝だ」なんて言っていたけれど、きちんとお母様の介護のことを考えての同居なのだから、親不孝どころか、寧ろ親孝行だろう。
「そうですか、長谷川様の御実家って岐阜県の白川郷の近くですよね」
「そうそう、のどかでいい所だよ」
「白川郷、素敵ですよね。まさに日本の家屋って感じで……もう一度行ってみたいなと思ってるんです」
田村様がそう言うと、長谷川様は目を輝かせながら、
「今度、一緒に行ってみませんか?」
と、ごく自然に彼女を誘った。
すると、田村様は申し訳なさそうな顔つきで、
「そうですね、次回、日本に来た時に御一緒できたらいいですね」
と言ってお茶を濁した。
確かに、今回の残り短い滞在期間中に、彼女が長谷川様と白川郷に行くことは不可能に近いだろう。
彼女の帰国の一番の目的は、和食店のリサーチだからだ。
長谷川様は一瞬がっかりした表情を浮かべたけれど、すぐに気持ちを切り替えたのか、いつもの笑顔に戻っていた。
「すみません、それでは、そろそろ仕事に戻りますので……」
このままだと時間がどんどん経ってしまいそうなので、話を切り上げる。
(叔母さんに明日のヘルプの件を話して、片桐さんを早く手伝わないと……)
カフェに戻ると、もうお客様は一人も店内に残っておらず、叔母さんが一人で熱心に掃除をしている最中だった。
「オーナー、お疲れ様です。遅くなってすみませんでした。長谷川様と田村様に二階でお遇いしまして……」
「お疲れ様~、いいのいいの。で、二人はどんな感じだったの?」
叔母さんは掃除の手を止め、私の顔を覗きこむように訊いてきた。
「お二人とも、とても楽しかったみたいです。待機列が凄かったみたいですけど、並んでいる間も色々お話しされて、より、お二人の距離が縮まったみたいですよ」
叔母さんは私の言葉を聞くと、にやつきながら、
「まあね、田村さんのことだから大人の対応をするでしょうね……長谷川さん、どうなのかな……本気だと思う?」
と、私の思いもよらない直球の質問を投げかけてきた。
「え⁉ どうなんでしょうね……私は、そういうことに鈍感なので」
私も密かに気になっていたことだけど、長谷川様の年齢や、ピュアな性格を考えると、軽々しく噂話をしたりするのも申し訳ない気がして、私は敢えて叔母さんの問いをはぐらかした。
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