街外れのアパルトマン~そっと明かりの燈る場所~
時和 シノブ
プロローグ
派遣契約終了と一本の電話
――私、本当にこのままだと生きていけないかも。
貯金通帳の残高を何度確かめても、残額は4万円を切っていた。
私、
先々月、突如、派遣の営業担当者から契約終了を言い渡され、先月末で仕事を失う形となった。
派遣の仕事は契約終了1ヵ月前の通知であれば問題ないらしく、営業担当者と職場の人達のあっさりとした反応が一層、私を惨めにした。
「翠川さんなら、人当たりいいし、仕事もきちんとこなせるし何処でもすぐにうまくやっていけますよ」
取ってつけたような物言いにカチンときたりもした。
けれど、ろくに資格やスキルを持ち合わせていない私は、愛想笑いを浮かべるだけで精一杯だった。
退職した日の夜、ビールとおつまみを買い、誰も待っていない部屋で一人寂しくお疲れ会を催した。
ビール片手にテレビのバラエティー番組を観ていると、画面越しに感じる、これでもかという程の仰々しい陽気さと、自分の置かれた状況の虚しさとのギャップに、まるで内容が頭に入ってこなかった。
――お笑い芸人の人も泣いたりする日があるのかな。
画面越しの彼らは、皆それがまるでデフォルトであるかのように手を叩きながら笑い合い、見事なタイミングで会話を繋ぎ、場を盛り上げる。
一人暮らしであろうが家庭があろうが、彼らも家に帰り、孤独や不安に苛まれたりすることもあるんだろう。
私も落ち込んでばかりいられないな……
ビールでのぼせ上がった頬を強めに叩き、一人喝を入れた。
翌朝、手短に朝食を済ませると、パソコンで求人情報をくまなく検索する。
自分に適した仕事はあるか、勤務条件はどうか等、あらゆる角度で。
何件か目星を付け電話をかけてみる。
正社員の求人は、大抵が履歴書や職務経歴書を郵送し、書類選考のうえ面接に進む場合のみ連絡が来るというものだった。
本やサイトを参考に、自分でもなかなかと思える書類が作成できた。
心を込めて封を閉じ、ポストの神様に献上するかの様に、両手でそっと丁寧に投函する。
――よしっ。
達成感で、体の内にどんよりと沈殿していた重だるい気分は、いつの間にか外気へ消え失せていた。
――それから数週間後。
一社面接までこぎつけたものの不採用、その他の会社も書類選考で不採用となり、相変わらず無職の状態が続いていた。
貯金残高はその間も減り続け、それに反して私の鬱屈した気持ちは増すばかりだった。
たいして外出もしないし、無駄遣いもしていないはずなのに……
何をせずとも決まった時間に空腹になるのだから困る。
そんな呑気な自分のお腹にまで腹が立ち、やけになって名前のない自作のダンスを部屋で踊ってみる。
おどければおどける程、惨めになるし余計にお腹が減るだけなのに……
踊り疲れて呼吸も整わないまま、フローリングに寝転ぶ。
冷たすぎない丁度いいひんやり感。
久しぶりに思い切り体を動かしたせいで、頭にまで酸素が届いていないような、くらくらした感覚が襲う。
……あー、もうどうにでもなれ。いっそずっとこうしていたい。
目を閉じても、まだグルグルと私の思考まで混沌としていた。
――プルルルッ。プルルルッ。
スマホが鳴る。
面倒臭いなぁ。もう応募してた案件もないはずだし……
しばらく無視を決め込んでいたが、相手もなかなか引き下がらなかった。
――はいはい。分かったよ。もうっ。
通話ボタンを押すと聞こえてきた声の主は意外な相手だった。
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