第44話 ゲームはクリアした後、中古屋ショップに売られて、その金で新しいゲームを買います。

「姫、姫」

「はっ……!」

「大丈夫ですか?」


 私の目の前に、女の顔がある。

 その顔は心配そうに私を見ていた。


「ちょっと、物思いにふけっていただけだ」

「そうですか。顔色が優れなかったので……」


 侍女のシィダ。

 メイド服にメガネで黒髪の真面目な女。

 彼女は人間だが、NPCである私に仕えている変わり種だった。


「どうぞ」

「ありがとう」


 彼女が淹れてくれたお茶を飲み、一息つく。


「だいぶ、お疲れの様ですね」

「ふむ」


 救世主が見つかったのは喜ばしいことなのだがな……

 何だか素直に喜べない自分がいる。

 攻略本には魔王が倒された後のことは書かれていない。

 神から運命を与えられた私達でさえ、その先のことは知らない。

 運命を勤めあげた私達はどうなるのか。

 いつか現れるであろう救世主が本当に現れたことで、私の心は揺れていた。


「ネスコ……」


 あいつは強い奴だ。

 運命に抗わず救世主を導こうとしている。


「シィダ。お前はどう思う?」

「私は難しいことは分かりません」


 彼女のメガネレンズが光った。

 それは彼女の目が涙で潤んでいたから。


「ただ私は……姫が消えるのだけは嫌でございます」


 可愛いやつ。

 私は彼女をそっと抱き寄せた。



 私はグリフォンの背に揺られながら、先程までの姫との会合について思いを巡らせていた。


 魔王討伐に躍起になっている様に見えるこの世界には、二種類の人間がいる。

 否、派閥と言うべきか。


 魔王倒したい派。

 魔王倒したくない派。


 もちろん、私にとって厄介なのは倒したくない派である。

 彼らとて、バカではないから戦力を提供しはする。

 だがそれは、倒したい派の不満を抑え込むための、ガス抜きに近い。

 従って、彼らから供出される戦力はごくわずかだった。

 一部はモンスターとも癒着していると言われている。


 私は風に揺られる髭を撫でた。

 そもそも、この世界では厄災でしかない魔王を、倒したくないとは一体どういうことなのか。

 考えるまでも無い。

 倒したくない派は、きっと、魔王が死んだらこの世界が終わると思っているからだ。


 一部の人間は、それをゲームクリアと呼んでいた。

 ゲームはクリアされると、二度とプレイされることは無い。

 次の新しいゲームと入れ替わるからだ。


 ゲームが何なのか私は分からないが、言いたいことは何となく分かった。

 どんな世界にも終わりがあり、常にその終わりに向かっている。

 それがいつかは分からない。

 100万年後かもしれない。

 永遠とも思える長い時間の末なのかもしれない。

 ただ、彼らはそれを自らの手で早めたくないだけなのだろう。


 反対に、倒したい側の人間は、


「厄災である魔王を倒した者は、褒美と栄誉を与える」


 という姫の言葉に奮起している者が多数を占めていた。

 魔王を倒した後の世界は我々NPCでも分からない。

 だから、ある意味、姫は彼らを騙していた。

 NPCが作ったプロパガンダで彼らは踊らされていたのだった。


 そんな彼らを無視するかの様に、神は急いでいる様だ。

 魔王と人間の決戦の時を。


つづく

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