ズルい人間性?

@arukukyn

01



ハルちゃんはインチキマジシャンだ。


誰かにもしそう言ったら「マジックはインチキじゃないよ」と言われるかもしれないけれど、まだ誰にも言ったことはない。本当にインチキだから、誰にも言えないのだ。


ハルちゃんはマジシャンとしてはポンコツだから、基本的に助手の僕が全てサポートしている。僕はマジックにはほとんど詳しくないけれど、超能力が使えるから物を瞬間移動させたりするのはどうってことない。


ハルちゃんの動きに合わせて、舞台袖から物を浮かせたり、瞬間移動させたり、時にはステージに立って密室からの瞬間移動をやって見せたりしている。


会場が沸いて拍手が起きるのはたしかにいくらか気持ちがいい。ハルちゃんはそういう時、自分が演技しかしていないとはとても思えない嬉しそうな、得意げな笑顔でお辞儀をする。


本当は、本気でやっても3回に1回は袖口から何か物が零れ出てくるくらい下手くそなのだ。昔見たすごいマジシャンに憧れて、僕と会う前から何年も練習してるらしいのに、熱意と実力が全く比例していない。




今日は今までで1番大きい会場でのショーだった。


はけた後の舞台袖で会場のざわめきを聞きながら、ハルちゃんは大きなステージに出られたことに興奮醒めやらぬ様子だ。


僕はマジックには興味がないし、突然気絶でもしない限り失敗することはない。だから正直あまり感慨は沸かないが、やっぱり大きなショーは報酬も大きいし、ハルちゃんが喜んでいるからよかったなと思う。



ハルちゃんと出会って早2年経ったが、その間に僕らはめきめきと有名になった。


ハルちゃんと出会った頃、僕は泥棒を疑われたりとか、色々あって故郷から追い出されていたのだけど、もちろんお金も家もないしその頃全部どうでもよくなっていたから本当にお金や食べ物を盗んで食いつないでいた。


何か盗るとき、瞬間移動させると急に手元に出てくるから人目があると良くない。だからその日はパン屋や八百屋の並ぶ通りの裏の野原に立ってパンをとっていたところ、パンが手元に出てきた瞬間に「すごーい、それ!どうやったの?」などと急に大きな声で声をかけられてびっくりした。


大事になる前にと思って僕は本気で逃げたけれど、本気で追いかけられて、何故か僕より足が速くて情けないことに取り押さえられた。


後から聞いたところによるとハルちゃんも僕と同じく、誰もいないところでマジックの練習をしていたらしかった。僕を同業者と勘違いしていたらしいハルちゃんの眼は今日みたくキラキラというか、ギラギラというか、とにかく輝いていた。


あまりにしつこいから後からマジックなんかできない、超能力でパンを盗ってたんだよと明かしたけれど、ハルちゃんは同じように「すごーい」みたいなことを言っただけだった。


その時は変わった子だなと思っただけだった。このあたりに住んでいる子かと思ったがそうではないらしく、当時から既にハルちゃんは家もなく様々な劇場でショーをやって知名度を上げるべく一人であちこちを転々としていた。基本的に一度出た劇場にはリピートを断られていたが。




ハルちゃんに引っ張られて初めてステージに立った日、拍手の中で僕らは確かに感動していた。


一度もショーを成功させたことがなかったハルちゃんはもちろんこの上なく喜んでいた。そしてハルちゃんは気付いていなかっただろうけど、僕には全く違う感動が押し寄せていた。


僕は元々親にも気味悪がられていたから、それまで超能力があっていいことなんか1つもないと思っていた。


けれどその日、泥棒以外の使い道があることを発見したし、何よりハルちゃんを見て、こんなにも喜んでもらえたことが実は素直に嬉しかった。そういえば誰かに喜んでもらったことなかったな、今まで。とその時初めて気が付いた。


だからそれまで超能力を呪っていた節があったのだけど、その時すっと肩の荷が降りた気がして、その時から自分の超能力とか、そのほかの色々なことに対して、こういうのもいいかなと思えるようになった。


そんなこともあって、ハルちゃんが次の町までの切符を勝手に2枚買って来た時、今の町にいる理由もないしまあいっかと受け取ったのだった。






ふと、一際大きい歓声が聞こえて、意識が引き戻された。


今はタイムテーブル的にトリの人が公演しているはずだ。


「何だろうね?」とハルちゃんも気になったらしい。舞台袖からステージの方をチラッと見て、よく見えなかったのか戻ってきて「いこっか」とあらぬ方向を指差した。


指差している方向は違うが多分、観客席の後ろからステージを見ようという意味だろう。


もう向かおうとしているハルちゃんを「ちょっと、パス!パス持ってる?」と慌てて引き止める。


「あ、ないや。危ない!」


ほらやっぱり。ハルちゃんがパスを持たないまま外に出て、戻ってくる時に入口で止められる事態が起きたのは1度や2度ではない。そしてだいたいは、僕が呼び出されて関係者だと証言し連れて帰ることになる。僕らは子供だから尚更、部外者だと思われやすい。いっつも言ってるのに…。


「なんで毎回忘れる?」


文句を言いながらも、置いていたパスを僕が2人分引っ掴んで、2人で会場後方まで走って、重い扉を開けた。


そして僕たちは目が離せなくなった。


最初に目に入ったのは、マジシャンが何食わぬ顔で自分の右腕をちょん切っているショッキングな光景だった。もちろん実際か切れているわけではないだろうし血も出なかったが、思わず顔をしかめた。


初めて自分達よりすごい同業者を見た、と思った。物を出したり消したりするのはもちろん、自分の手足を切ってまたつけて見せたり、とにかくめちゃくちゃだった。


お客さんはもちろん沸いていたし、僕も全くタネがわからなくてさすがに感心した。そしてハルちゃんは、ヒーローを見る小さい男の子みたいに、完全に観客気分でとにかくはしゃいでいた。


だからハルちゃんがまた無謀なことを考えるのも無理はなかった。


夜になってご飯を食べる時も、ハルちゃんは「あれ、すごかったねえ!」と最後の人の話ばかりしていた。たしかに今まで見たショーの中で圧倒的だった。考えてみれば僕たちは今まで超能力頼みで、なんのひねりもなくやってきたから、本当のマジックと組み合わせたりとか、少しやり方を工夫することを考えてもいいのかもしれないな。なんて考えていた。だからハルちゃんの言葉は衝撃的だった。



「わたしさ、自分の力で頑張ってみよっかなって」


耳を疑ったが、ハルちゃんはいつも通りのように見えて、ほんの少しだけ言いづらそうな雰囲気だったから、聞き間違いではないみたいだった。


「何?ハルちゃん1人でやっていくってこと?自分の腕前わかってる?」


「わかってるけど…いつまでも君に頼って超能力でやるのを続けるのはやっぱりずるいんじゃないかなって。正々堂々とやって会場を沸かせてみたいって思ったの」


「そんな、どうしたの!正々堂々となんてどうでもいいって、いっつも言ってたじゃん」



たしかに、単なる超能力をタネも仕掛けもあるマジックと謳うのは、マジシャンとしては「ズル」の部類には入るのだろうけど、ハルちゃんの普段の言動からは、「ズルい」ことに対する躊躇いや嫌悪感は微塵も感じられなかった。


お店で釣り銭を多くもらっても申告せずに黙って受け取るのは貧乏な生活をしてるせいだと思っていたけど、ある程度生活に困らなくなってからもそれは全然変わらなかったし、ある時はボロカスに言っていた劇場のスタッフが支配人だと判明するとその日の打ち上げでいっそ潔いと感じるくらい掌を返して媚びたりしていた。


僕より3つも年上のくせに信念とかそういったものはまるで感じられたことがない。それなのに、マジックだけはちゃんとやりたいだと?


「いやぁ、今日めちゃくちゃ感動してさ、マジック始めた時に世界一のマジシャンになろうと思ってたの、思い出した!だから他のことはいいけど、マジックまでズルし続けてたらダメな気がして。マジックだけはちゃんとやりたいなって思ったの。それに練習だってやめたわけじゃないんだよ」


ほれ。とハルちゃんはテーブルにあった小さなフォークを掴んで消して見せた。よく目にするマジックだが、ミスせずやってのけたのは前の腕前から考えると衝撃的に上手くなっていて、驚いて頭が少しぐらっとした。


ハルちゃんは急なことだったから少し気まずそうではあったけど、僕は常々マジックには興味がないと言っていたし、自分の方が無能な分、今後1人でやっていくというのを僕が嫌がるとはそんなに思っていないように見えた。


なんなら、本当に上手になったら見に来てよとか、マジックよりも超能力を役立てられることがあるよとか、お気楽なことを言われた気がするけれど途中から聞いていなかった。



「いやだよ。ハルちゃんぜんぜんわかってない。他に超能力でやりたいことなんか何にもないよ」と言おうとしたのをすんでのところでやめておいた。


ハルちゃんはバカだから僕が何か喚いたって良くわからないだろう。それに何より、こうなったハルちゃんは止められない。今日、すごいステージを見たハルちゃんの眼は確かに輝いていた。僕を見つけた時みたく。


「別にやりたいならいいけどさ…」


ほんといっつも急だよね。みたいなことを言って夕食の席を離れた。


このまま寝るとうなされてしまいそうだから、ひとまず夜風に当たりながら散歩でもしよう。自分でもどうやっているのかわからないが、怖い夢でうなされたりなんかするとごくたまに寝ぼけてプチ地震みたいなことを起こしてしまうことがあった。


建物の裏から外に出ると空気が冷たく星がよく見えた。


これからどうなるんだろう。


これからどうするかまだ決めてないけれど、僕たちの、友情なのか何なのかはわからないけれども関係性はこの先も消えないと思う。けれど、家族のようにこの先ずっと一緒だと思っていたのは僕だけで、ハルちゃんからしたら旅は道連れ、というだけだったのだろう。


人見知りな僕と違って、ハルちゃんは横暴な所はあるけれど明るくて天真爛漫で、すぐに誰とでも仲良くなれるし。



一緒に過ごすうちに、何か足りないハルちゃんと僕は似た物同士で、お互いにはお互いが必要だといつからか思い込んでいた。


でもそれは間違いだった。僕には何もない。超能力はあるけれど、それもハルちゃんと出会ったからこそいいかなと思えたのだ。ハルちゃんがいないとこの先の楽しいことなんか全く想像できなかった。


けれどハルちゃんは違う。


ハルちゃんにはずっと追うべき夢がある。同じ天涯孤独だけど、僕がいないといけないと思っていたのは思い違いで、夢を見ていれば楽しく生きていけるのだ。たとえ1人でも、また生活に困るようになっても。


ひょっとすると数年後にはハルちゃんは案外、まともでまっとうな人になっているのかも。



僕を置いて。


その思いがどんどん全身に染み渡ってきてダメになってしまいそうだった。  





ふと、強く吹いた風に身震いして自分の身体が冷えていることに気がついた。今日のところは帰ろう。でも。


これからまた、ホームはないんだな。今だって僕達はあちこちを渡り歩く生活をしていたけれど…。



帰り道を歩きながら、この季節の風が冷たくて身体に染みることも、自分はからっぽだった、ということも、ものすごく久しぶりに思い出した。















バンバンバン、と扉を叩く音で目が覚めた。


目が覚めた瞬間、久々にやってしまった、と思った。慌てて目を凝らすと案の定、机のものがいくらか床に落ちて散らばっている。


「ごめん、起きた」


と言って走ってドアを開けると、ベッドから起き上がってノーモーションでここまで来たであろう、目が開ききっていない髪ボサボサのハルちゃんが立っていた。


「もー、こっちのベッドまで揺れたよぉ」


「久々にやっちゃった。怖い夢みててさ」


「ん。別にいいけど。じゃあ明日ね」


ハルちゃんはベッドが呼んでいるらしく文句もそこそこに帰って行こうとしていた。


怖い夢?


「あ、ちょっとまって」


「んー?」


「ねー、超能力ってマジックとしてはズルの部類だよね?ハルちゃんはさ、正々堂々自分の力でマジックをやってみたいって思ったりすることないの?」


「それ夜中に聞くこと?それもいいけど…」


「え、そうなの?」


一瞬ぎくりとした。



「正々堂々としょぼいマジックするより、超能力で派手なことする方が盛り上がっていいじゃん!」



ハルちゃんの人間性を一瞬でも疑って悪かった。やっぱりハルちゃんは正々堂々と、とか、ズルいかどうかなんてどうでもいいらしい。


「そっか。ごめん一瞬でも人間性を疑って」


「よくわかんないけどやめてくれる?」


そう言ってハルちゃんは部屋に吸い込まれていった。


ハルちゃんのいい加減なところにイラつくことはあれど、ホッとしたのは初めてだった。なんなら急に気が緩んで泣いてしまいそうだった。


あーよかった、信念も何もない人間で。








おわり

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