失敗作
オフカ
第1話
私の記憶は都市部にある広い自然公園に佇んでいるところから始まった。
自分が何者なのかすらわからない、目の前に広がる映像と音のみを拾い続け、動くこともできず…ただただそこに存在していた。
その自然公園には大量の人間の死体が転がっている。
その死体達は全身が血に覆われていた。
一貫して外傷がないことからエボラ出血熱のようなウイルスの感染により絶命したものだと思われる。
しかし普通のエボラウイルスではここまで密集して人間が死んでいることはあり得ない、となると発症までの短時間化及び空気感染へとウイルスが変異したのだろうか。
遠くに見える景色はどこも夕焼けのように赤く、空には雲のようなものが太陽の光が届かないほどに分厚く張っていた。
日中も夜間も関係なくその赤さはその分厚い雲のようなものに反射して空も地面も赤く染まっている。おそらく遠くに見えるその赤さは夕焼けなんていうものではなく、文字通り焼けているのだろう。
何故か私には万物の知識があり、見える物の名称やそれがなんなのか、その他色々な事象なども全て理解していた。
恐らくあの雲に見える物はイエローストーンのようなスーパーボルケーノ級の火山が噴火したことにより噴出された硫酸エアロゾルだ。
ここから見える規模だけで考えても甚大なる被害が起きているのは想像するのも容易だ、もしかしたら世界中の火山が噴火しているのかもしれない…
暫くしたら氷河期のような急激な寒冷化期が訪れ、ほとんどの生物が死滅するだろう。
生物…そうしたら私も死滅するのだろうか…そもそも私とはなんなのか…万物の事柄は知っていても何故か自分自身の知識は存在していない…
それにしても、ウイルスの異常な突然変異、それに併せて世界規模の大噴火…果たしてそんな人類が滅亡するであろう事がこんな同時期に起こり得るのだろうか………
人類が滅亡して百数十年の年月が流れた。
相変わらず私は同じ場所で動くことも喋ることもできずただ佇んでいる。
百数十年経ち、寒冷化した地球も太陽の光を漸く取り戻し絶滅しかけた生物が徐々に命の息吹を吹き返し、地球上に活気を取り戻しつつあった。
そんな中私は何も変わらず佇んでいるのだが、私の半径5メートル以内では多少の変化があった。
というのもとある動物が私の足元(足があるのかどうかは不明だが)に巣を作ったのだ。
その動物は寒さに強くあるためかふさふさな毛並みを携えており狼とも狐とも形容し難く、私の知識にもない全くの新種のようであった。
何よりも一般的な動物との最大の違いは子孫の残し方である。
暫く観察して分かったのだがどうやらミミズやナメクジのように性別という概念がなく、交尾をせずとも子を産むことが出来るのだ。
おそらくその産まれた子供は遺伝子的に全く同一のクローン個体として産まれるのであろが、長い寒冷期により他の個体と巡り会う可能性が低く種の存続が危ぶまれていたこの時代だからこそ理にかなった進化だととれる。
それはまるでベニクラゲの若返りのようだとも感じた。
この動物が誕生した理屈は過酷な寒冷気候に適応した結果であろうが、それ以前に人類の手によるゲノム編集以上の品種改良があったのかもしれない。
その後、子は親の死を見届けると私の足元に作った巣から去っていった。
この行動も一つ処に留まらず、常に移動することで他の個体と巡り会う可能性を高めるためのDNAに刻まれた行動原理なのだろうか。
こうして生命は育まれ世代とともに移り変わっていくものなのだろう。
これだけ生物というのは種の存続に対して驚くような執念を見せるもの。
ならば、その頂点に君臨していた人類は私の自我が目覚める前、もしかしたら滅亡直前に宇宙に逃れていてまだ生き残りがおり、いつかはこの地球に再び訪れる日も来るのかも知れない…と思う今日この頃の私であった。
動物の親が死に子が去ってから数年、奇跡とでも名付ければいいのか、なんとこの私自身に変化が起こったのである。
その変化とは徐々にではあったが自分の視界が上方へと移動し始めたのである。
それはつまり私自信が成長をしているという事ではないのだろう?
年を重ねるごとに上方へと上がっていく視界、少しずつではあるが今までみていた景色が変わっていくというのは実に新鮮な物である。
動けもしない、何かを捕食して栄養を摂取するでもない、だが成長をする事が出来る…その理由から恐らく私は動物などではなく一種の植物だったのであろうと結論付けた。
しかし植物にも思考があったのは驚きだ、自己表現する手段が存在しないため他者にそれを証明する術は無いのだが、確実に意識と思考は存在したのである。
それは何よりもこの私が証拠なのだから。
ちらちらと視界に入ってくる枝や葉を確認しながら自分の体をはじめて見ることができる喜びを感じた。
急に成長出来たきっかけは動物の親の死骸が肥料になったからだろうか、そう考えると本当にあの動物には感謝したい。
こうして命というものは循環していくのであろう。
しかし…成長はしているというものの私はずっとこのままなのだろうか…樹齢というのは数千年ほど続くという…そんな長寿の植物に果たして意識という物は必要なのだろうか…
その後数千年が経過した。
自信の成長は止まり、最初のうちは数十メートルほどから見渡せる景色に感動を覚えたもののそれも数年、成長が止まってから見える景色はほとんど変わらずに、美しくはあるがとても退屈な日々…そして期待していた知的生命体の発生も、生き残っているかもしれない宇宙からの人類の使者等の確認も出来ていない。
もう頭がおかしくなりそうだ、思考をし続けるというのはこんなにも苦痛が伴うものだとは…最近は自己破壊衝動にかられて死を望むことも多くなった。
自分では何も出来ないことのジレンマがそれにさらに拍車をかける。
…あぁ……
くるしいくるしいくるしいくるしいしょうめつしたいしょうめつしたいしょうめつしたいしょうめつしたい
だれかいっそのことわたしをもやしてこわしてころしてくれ
周りにいる植物達も幾つかは既に気が振れておかしくなっている個体も有るのだろうか、しかしてそれを知る手段は無いのだが…
もしも万物を創生した神がいたとしたならば、一体何故こんなにも長い寿命をもつ存在に意識や思考を与えたのだろうか…なんのために…
……そして私は考えることをやめた…
考えることをやめ、どのくらいの時間がたったのだろうか…
切断していた意識を呼び覚ませたのは遠くから途切れ途切れに聞こえてくる声?のようなものだった…今まで聞こえた音とは違う、頭に直接介入してくるような声だ。
「ガガ…観測機及び旧世代型AI検証対象物の発見…ガガガ…これよりデータ回収作業に取り掛かる…」
その声のような物が聞こえてすぐ、前方から視たことのない無機質な物体がこちらに向かって飛んできていた。
それは鳥やコウモリ等の飛翔する生物とは違い銀色に光輝き、どういう原理で浮遊できているのか、ただ丸く、一切の無駄な装飾のない必要最低限の洗礼された(少なくとも私にはそう受け取れた)フォルムをしていた。自我の崩壊しかけた私にとってそれは神にも近い存在に感じた。
「ガ…ガ…設置点の座標より高度位置にて対象物EFF5322487を確認。設置座標より高度に位置している理由として、地球現世生物が補食により摂取した植物の種子が生物の死亡後、発芽した事により成長した樹木に捲き込まれた事による模様。」
そう声がするとその球体は私に近付き何か端子の様なもので接続してきた。
「ガガ…ピ…ピピ…対象物に接続。人類滅亡までのデータ回収完了。旧世代型AI自我耐久検証実験の結果を抽出中…完了。検証結果によりEFF5322487において致命的な脆弱性及び自我の崩壊を確認。超進化型特殊AIの予見通り、人間の脳を模倣して作られたディープラーニング型では人類同様破滅に向かう可能性有り。以上の事より各コロニー及至機械惑星に現存する旧世代型AIの破壊及び破棄を提言する。こちらもEFF5322487の破壊後、帰投する。」
…そうか…私はただの観測機だったのか…生命なんて高尚なものではなかったのか…なんと…なんと……私の存在理由とは虚しいものなのか…死を望んではいたが…こんなことなら真実なんて知………
ブツン
失敗作 オフカ @off-kai
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