(1) Merry Xmas を言うには早いけど

いつもは通らない道をなんとはなしに歩いて、ふ......と目をやれば雑貨店が賑わしくクリスマスカラーに染まっていた。

陶器のサンタクロースが繊細なガラス細工の星々の夜をソリで飛んでいる。

ショーケースに入ったツリーの電飾が、店の前だけ「まだフツーの夜」を照らしてそれは綺麗だった。

「なにがクリスマスだ」

この前失恋した。

相田さんは私よりもずっと可愛くて美しい彼女を屈託なく笑いながら私に紹介した。

ショックのあまり手にしていた紙コップのコーヒーをこぼした。彼女はそんな私にハンカチを差し出し、それはレースの薄くて儚い花びらのようなハンカチで、ずいぶんはずかしく情けなくなった。

雑貨店の看板には「クリスマス専門店」と書かれており、夏になってもこの店がクリスマスカラーで染まっているならそれも素敵かもしれないな、と思い直す。

そのまま歩き慣れない風景に真っ直ぐ進んで指定された居酒屋へ踏み入れると、追い討ちをかけるように安っぽいサンタクロースの格好をした店員が出迎えたので、呼び出した当人の秋島くんに向かって舌打ちをしてやった。

それから程なくして秋島くんと私は近況報告なんぞを交わし、仕事の愚痴と職業病の度合いで戦いにやけて恋人の居ない者同士慰め合うといういつものやりとりを儀式めいたように終わらせた。そのくらいになると私はとっくに泥酔し、しかし秋島くんは青くも赤くもならない白い顔でスルッと手を挙げサンタクロースに水を頼むのだった。

「おい、リリ、その辺で辞めとけよ」

秋島くんは私に水を渡しながらそう伝えるも、私はとんぺい焼きをかっくらい熱燗にしてもらったポン酒を飲もうとお猪口に口をつけた。

しかしそのつもりが覚束なくなった指先が滑り床に散らばった。酒が飛沫をあげお猪口が断末魔と共に割れ、と同時に嘔吐した。


あきれ返った秋島くんの細い腕がのびて抱き起こされたような気がしたが、そのくらいから記憶がぱたと死んで、夢を見たようだ。

でもどんな夢だったかわからないまま、ただ目を覚ませば涙が伝って止まらない。

「なんだよ、怖い夢でも見たのか?」

秋島くんがいつもどおりぶっきらぼうに言う。公園は静かで、ベンチに横たわっていた私の目にはぶら下がった藤棚の枯れ枝が月光を遮ってかすかに漏れる光がすこし幻想的だなと思った。

「秋島くん、好きな人、できた?」

「俺の好きな人はお前だけだよ」

「そうか、ごめん」

「ちぇ、ばーか」

秋島くんの吸う煙草の煙が、そのまま上に、素直に上に、まっすぐのびていく。秋島くん自身のようだ。

「で、好きなやつってどんな?」

「そうだね、どんな人なんだろうか」

「リリは、ばっかだなあ」

「そうだね......」

二人の影が付かず離れず、歩き出す。

この道を歩き続ければ、秋島くんはあの雑貨店を目にするんだろう。

そして、やっぱり舌打ちひとつくらいは、するだろうか。

ピンヒールが高く鳴る。石畳の上を、私のスニーカーを追い越す。

「ん、どうした?」

こちらを振り返った秋島くんが、ちょうどクリスマスのスポットライトに当たって、そこだけ、とても、美しく見えた。

だから私は陶器のサンタクロースを指差して、

「秋島くん、メリークリスマス」

と笑ったんだ。

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