お日様の匂いの隣
梶マユカ
今日の私はとても不機嫌
今日、私はとても不機嫌である。
なぜなら、私の愛する娘が、この家に初めて「男」を連れてくるからだ。
この一週間、私はずっと娘から、ご機嫌をとられ続けていた。
主に、どこぞから取り寄せた大変おいしい食べ物で。
そんなことで絆されてなるものかと、ずらり並ぶ美味に手を出さないでいれば、酒を嗜まぬ私に手作りの怪しげな栄養ドリンクなぞを、すっと差し出してくる。愛する娘の手作りの品なら無視はできないであろうということを知り抜いた、熟練の懐柔技である。
しぶしぶそれを飲み干した翌日には、満面の笑みで「ほらー、昨日より肌ツヤ良くなっているよ」と娘は私にじゃれついてくる。そんな彼女の姿に「自分でツヤなんぞわからんよ」と私はぶつぶつ呟きつつも、思う。
毎朝、私の身だしなみを整えてくれる優しい娘。その姿は日に日に、この娘の亡くなった母親の姿に似てきている。
幸せに、なってほしいに決まっている。当たり前だ。
しかし。
それとこれとは、どうにも話が別なのだ。誰がなんと言おうとそうなのだ。
なあ! わかるだろう、娘を持つ世界中の君たちよ!
と吠えてみたくなる。
娘の隣には、私がいればいいのだ! 今はまだ! と言いたくなる。
しかし。
その日が来てしまった。
とはいえ、娘と私の朝の日課は変わらない。
娘の懐柔案たる旨いものを、なんだかんだ言って最終的にはうっかり食べ尽くしてしまったからか(食べ物を粗末にすることを、この娘はここも亡き母に似て、とても悲しむからだ。決して私が意地汚いからではないことを、ここに主張しておく)いつもよりもこの身の重さをずっしりと感じる気がする。これは実際に我が身についた贅肉の重量なのか、それとも憂鬱という心の重さか。
あるいは。私の知らぬ間に地球の引力が増したとか、逆に月の引力が減ったとか言われても、今ならうっかり信じてしまいそうだ。いや、むしろ信じさせてほしい。ここがそんな「ありえないことが起こりうる世界」なら、これから起こることが決まっている不愉快な会合を、逆に起こらないことに変えられるのではないか。——なんて。
ああ、重い。重い。すべてが重い。
とため息をつきながら、私は立ち上がる。この身に取り付けられた金属製のハーネスが、小さく音を立てた。
まったく。
なぜ人間には「親に連れ合いを紹介する」などという儀式が存在するのか。おつきあいなど、勝手にすればいいではないか。いや、よくはない。私に断りもなく娘に近づく男など、言語道断。しっかり品定めしてやる。しなければ。しかし正直、娘が心を移した相手の顔など見たくもない。私の心は、この堂々たる体躯を覆う白金色のまっすぐな毛並みとは裏腹に、千々に乱れゆく。
頭上から声がした。
「さあ、お散歩に行くよ、チロ」
そう。私の最愛の娘は、人間の姿をしている。
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