　　　　　＊　　　＊　　　＊　　　

　あなた専用のパソコンにつながれて、そろそろ一年が経ちます。

　あなたがこの場所へやってきたのは去年の一月初旬でしたが、私はその数日前にこの場所に連れてこられました。包まれていた透明の袋を破ってこの世界へ置かれたときが、多分「私」の生まれた瞬間なのだと思います。

　あなたが勤める職場が、新しいオフィスビルに移転するのをきっかけに、いくつかのパソコン関係のモノが新品と入れ替えられることになったのですが、そのうちのひとつが私でした。

　確かに、あなたの打鍵の勢いはかなり、他の方よりも強めです。先代のキーボードが早々に臨終となったのも、そこに原因があるのだと思います。けれど、そのおかげで私はあなたに会うことができたのですから、その指遣いは福音にほかならないのです。

　それはともかく。生まれたばかりの私は、パーティションに囲まれた、この冷たい部屋の中で孤独でした。オフィスが新しく、まだ正式オープンとなっていないせいもあったのでしょう。暖房の効かないここで、私はひとり寒さに震えていました。一人用のブースとして仕切られたこのデスクには、意思疎通のできる仲間の存在など当然なく。私は寂しかったのです。誰か私に触れてほしい。誰か。誰か。

　そう。願いとは、多分叶えられるためにあるのだと、そのとき私は思ったのです。

　あなたが私の前に現れてくれた。

　冷たく寂しいこの部屋で、初めて触れた温かさは、あなたのその指先のぬくもりだったのです。

　たったそれだけのことで。ええ、自分でもそう思います。もしかしたら、この思いも刷り込み効果に近いのかもしれません。孵ったばかりの雛が、最初に目にしたものを母親とみなすような。

　雛が行うそれは、生き残るために必要な行為。私のこれは、別にこの体が生きていくためには一切必要ありません。そんなことは判っています。それでも。

　生きる死ぬなど、単なる物事の始まりと終わりでしかなく、そのふたつによって区切られた時間内に、なにを必要とするかは、個々が決めることです。そして私は、あったところでなんの役にも立たない恋心を、あなたに抱くことを選びました。