百山さんは退屈
向日葵椎
第1話 至れり尽くせりなの?
秋の始まる頃、高校一年の
今は篠山がアクションRPGを進めている。
茶髪ショートヘア男子の篠山が画面を見ながら口を開く。
「ねえ、百山さん」
「何かな」
黒髪ショートヘア女子の百山も視線を画面に向けたまま答える。
篠山はゲームをポーズ画面にして一時停止し、
「どうしてこうなったんだっけ」
「さあ、どうしてだろう」
「だよねー」
ポーズ画面を終了し、ゲームを再開した。
*
篠山竹一は帰宅部でこの日は放課後に用事もなかったため、自宅へ向かって住宅街を歩いていた。
自宅までまだ少しかかる距離の十字路で立ち止まる。
「おかしいと思う」
先ほどから思っていたことを口に出してみた。しかし何も変わらなかった。
「さっきから誰もいないのは、おかしい!」
篠山は振り返る。しかし誰もいない。これは「自分は貴様の企みに気づいているんだぞ」という篠山の小さな反抗だった。誰に対してかは篠山もわかっていない。
このあたりの住宅街で人影がないことは異常、謎の霧が発生していて路の奥がよく見えないのも異常、空が真っ赤なのも異常――既に時遅しか。異常だらけだった。つまり相手が誰だかわからないが、篠山ができる抵抗はかなり小さいことはわかる。
諦めて家に帰ろうと決めた篠山が振り返ると、路の先に奇妙な姿があった。赤い般若の面のようなものを顔につけ、赤い着物を身につけている小柄な人物――長い黒髪が見えるので女性だろうか――が刀を持って立っている。
こういう場面で篠山は冷静でいられた。どちらかといえば性格がおっとりしているので、冷静というよりは「何か祭りの衣装かもしれない」という可能性についてまでまんべんなく考えていた。だが刀が怪しく光るのを見た篠山は「アブナイヒトダ!」という本能の叫びに従い、刺激しないように「家こっちだったわ」というウッカリ演出のため舌をペロッと出し、振り返って歩き出した。
それからすぐに、危険な相手から目を離しているのが恐ろしくなった篠山は歩きながら顔を振り向かせる。
仮面の人物が距離を保ってついてきていた――刀を構えながら。
*
篠山は走っていた。仮面の人物も走っていた。
もう篠山が狙われていることは明らかだ。篠山は遠回りして自宅へ逃げ込むか、一番近い交番に助けを求めることを考えながら走っていた。だが計画通りに路を進むことができない。グループなのか、T字路や十字路で進みたい方向の先にも仮面の人物と同じ姿があった。しかし挟み込まれることはなく篠山は走り続ける。
何度目かに進路を変更した時、篠山はどこかに誘導されていると確信した。仮面の人物が挟み撃ちできたチャンスは何度もあったがそうはしていないし、距離を詰めてくる気配も一向になかった。
篠山は半べそをかきながら濃い霧の中を走った。半べそなのは体力的に限界が近いのが大きな要因だ――体育は苦手で加えて帰宅部である。
そして気がつくと、見知らぬ日本家屋の前にいた。広い引き戸の玄関に近づくと表札はない。篠山が振り向くと、後ろにはいつの間にか通っていたらしい石の門柱があったので、そこにあるのかもしれない。
ガラガラと引き戸が開く音がして篠山は前を向く。
目の前に立っていたのは、あの仮面の人物だった。
*
篠山は頭を下げる。
「おじゃがとうございました!」
冷静もといおっとりもとい天然属性だった篠山の脳内では、挨拶をしなくてはいけないことと、帰りたいことと、招かれた(?)ことへの礼が混じりあい、とっさによくわからない命令を体に出力していた。
返事がなかったため篠山は顔を上げると、仮面の人物は手招きをしていた。誘導はまだ続いていたのだ。……ということは、と篠山が振り返ると、やはり仮面の人物が刀を持って門から入ってきていた。
ここは従うしかない。篠山は諦めて家に上がった。
通された先は和室だった。十二畳ほどの広さがあり、座卓や座布団に加えテレビなどのリビングでよく見られる家具のほかに、床の間の掛け軸などの調度品もある。部屋の奥にはスペース――広縁があり、シングルソファーが二つ置いてある。広縁の窓からは霧で白くぼんやりとした庭があるのが微かにわかる程度で先は見えない。
そして端に敷いてある布団……。もしやと篠山は仮面の人物へ顔を向ける。
「僕は……ここに閉じ込められるんですか」
「…………」
やはり返事はない。
仮面の人物はそっと
*
勝手に部屋から出れば何をされるかわからないので、篠山はこの謎の和室で休むことにした。さっき走ったせいで体はクタクタ。座布団に座るとふかふかで気持ちがよかった。
スマホの電波を確認すると、案の定圏外。
次に座卓の上に置いてあったリモコンを手に取り、低い棚の上のテレビへ向けて電源ボタンを押すと、テレビは起動したがどの局も映らない。
無音。こんな状況ではあるが、窓の外をぼんやり眺めているうち、不思議と篠山の不安は徐々に薄らいでいった。
――が、襖が開き仮面の人物が現れた。
篠山はビクッと驚いたが、すぐに仮面の人物の手元が気になりだした。丸いお盆の上に何か平たいものが積まれているのが見える。仮面の人物がテレビの前にそれを置いて去ったので篠山が見ると、それはゲーム機ビーエス5の最新ソフトだった。そして入れ替わるように入ってきた別の仮面の人物が置いていったのはゲーム機ズイッチの最新ソフト。
襖が閉められた後に、もしやと思った篠山が低い棚を開けると、そこにはゲーム機が何種類か入っていた。
「これで時間をつぶしていい、ということなのかな。……でもなんでわざわざ最新のものを用意してくれているのかわからない」
疑問はあったものの、篠山はゲームを始めた。発売前から興味を持っていたソフトもあったので、篠山の小さな疑問は消し飛び、もはや少し嬉しいと思っている。
またすぐに仮面の人物が入ってきて、今度も何かを置いていく。場所はテーブルの上で、振り向くように篠山が確認すると、置かれたものは何種類かの袋菓子とペットボトル飲料だった。それも新発売のもの。
「至れり尽くせりなのかな。……これ絶対見返り求められる展開だと思うんだけど。そしてまたなんで最新のものなんだろう」
疑問はあったものの、篠山はポテトチップスの袋を開けた。さっき走ったせいかお腹が空いていたのだ。直接手で触れないための割りばしはカバンに余っているのが入っているのでそれで食べる。そしてコーラを飲む。
「なんでキンキンに冷えているんだろう。もしかして僕を太らせて食べる気なんじゃないかな」
篠山が首を傾げていると、また襖が開く。
顔を向けて、
「あの、どうして僕を――」
そこに立っていたのはブレザータイプの制服を着た女子高生だった。
「ん?」
その女子の傍には仮面の人物が立っていたので、ここに連れてこられたらしいことがわかる。
仮面の人物は女子が中に入った後に襖を閉める。今度は二人になった。
*
部屋に入ってきた女子は黒髪ショートヘアで体型は細身の小柄。制服は篠山が通っている高校のものだった。表情はほとんど動かさなかったが、篠山を見つめる二つの大きな瞳からは少しだけ驚きの色が見えている。
篠山はこの女子に見覚えがあった。
「もしかして、百山さん?」
「そうだ」
――なんで「だである調」なんだろう。
篠山は気になることがいろいろとあった。だが、百山の視線がテレビ画面に向いていることに気づいたので、
「一緒にゲーム、する? 今いいところだから交代するのはもうちょっと待ってほしいけど」
「かまわない」
百山は篠山の隣に座布団を敷いてそこに座った。
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