長田のワンドロ短編置き場

長田空真

お題:ロリババァ

神社の境内、社の縁側に幼い童子が一人佇んでいた。その姿は人に狐の象徴的な部位を後付したようなものであり、狐の化身にも似たものでああり、その日課は彼女はただ風と空をぼぅっと見つめているだけであった。


そんな彼女のもとに、一人の若い男性が訪れる。彼女の事を知っているようで、ぼうっとしているだけの彼女がどこか心配しているようであった。


「お主は……誰じゃろな?いや、どの血筋の人間かは分かるのじゃが儂は長い時を生きすぎて先祖も子孫も……いや、今がいつかという区別すらつかなくてのう。まだ一年くらいしか経って無くてもしかして同じ人物かもしれないし。もう百年くらい経っててひ孫かもしれない。儂はもう季節の巡りを数えるのすら億劫であっての」

と、童子は自らを訪れた男性へと老婆のようにのたまう。それに対して男性は、私は惣三郎の息子です。と答える。


「ああ、四郎坊か。大きくなったのう。で、惣三郎はどうした?まだ耄碌するには早いじゃろう?」


おやじは……数日前になくなったよ。と彼は言う。曰く、農作業中に魘されたと思ったらそのまま苦しんでばったりだという事らしい。


「そうか……病で亡くなったのか。災難であったのう。これが流行り病の始まりにならんといいのじゃが……」


彼は「とりあえず、お狐様のためにおむすびを持ってきました」と、葉で包んでいた握り飯を彼女に渡そうとする。彼女はそれに戸惑い、受け取るのを躊躇ったが、少しの逡巡のあと受け取った。


「もう信仰すらろくにされていない小神のためにわざわざ供え物をせんでもよいのに。儂はもうただ自然に心をゆだねるだけしかできん。この村に流行り病が起きても……どうにもなんのじゃ。お前さんの村にはもっといい神様がおるじゃろう?」

と受け取った握り飯に手をつけながら、彼女は言う。


でも、私のご先祖様はあなたに命を救われていますから。たとえご利益が無くても私は貴方に出来る事はします。と男は返す。


「そうか。お前さんは良き人じゃのう。それだけ良き性根なら、きっと想い人の一人や二人……いや、もう家内もいるじゃろうな」


彼女の問に対し、いいえ。と彼は首を振る。彼に曰く、古い小神に熱をあげる彼らの一家は多くの村の者にとってあまりよいものではなく村八分のような目は遭ってはいないものの人付き合いは疎遠がちであったそうだ。


「そうか……。なら、もうやめんか?お前さんたちは十分に儂に良くしてくれた。もはや零落し、耄碌した儂に心を配し、供え物を捧げ話し相手にまでなってくれた。しかし、それでお主が泥を被っては何の意味もないじゃろう。もう、お前さんは……お前さんたちは儂から解き放たれるべきじゃ」


男へ突き放すように言う童子に、お狐様はどうなるのですか?と彼は問う。


「儂は……お主らという信仰の錨がなければもはや神にはなれぬ。名もなき妖になるか、まつろわぬ魂として自然に還るのみ。もうそれを怖いとも寂しいとも思わんよ、それほどに儂は長く生きた」


私は、お狐様がいなくなるのは嫌です。ずっと一緒にいてください。と童子へ男はすがる。


「そういうてもな……。神として報いる事も出来ず、ただ泥を被らせる儂では共にいても幸せにはなれぬ。ならばもう別れるしかなかろうて」


男を思うがゆえに突き放す童子の言葉に、では、貴方を娶ります。神様でなくてもいい、側にいてくれるだけで私は幸せです。と男はそれでもいいというばかりに答える。


思いがけない一言に童子は大きく戸惑い、顔を赤らめて俯いてしまう。


「いいのか?獣の相を宿し、元服も満たしていないおなごの姿の耄碌した老婆じゃぞ?しかももはや誰も敬わぬ神じゃぞ?それでもよいのか?お主のことを手伝えるかも、周りに受け入れられぬかもわからぬ身なのだぞ?そんな儂に人生を捧げてもよいのか……?」


そう問う童子へ、いいんです。もしも受け入れられなかったら受け入れられる場所を探しましょう。と男は答える。


それに対して、彼女はそこまで言うのならば仕方がないのう……。照れくさそうに言った。


その後の彼らを知るものはいない。様々な苦難に末に村に受け入れらたとも、安住の地を求めて旅した先の新天地で再び信仰を得たとも言われるが、その結末を知るのは彼らだけであろう。

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