Shooting Star Scrap

冬木ゆふ

オリオン座症候群

 曇り空の奥で流れ星が弧を描いても、

 見えなくっちゃ意味がない。


 興味なさげに教室の窓を盗み見て、灰色の雲にうんざりする。この天気じゃ流れ星どころか、雨まで降るかもしれない。流れているという点では星も雨もそう変わらないけど、雨じゃありがたみがなさすぎる。

 別に星は好きじゃない。

 オリオン座が砂時計のような形だというのは知っていて、カシオペア座がWの形だというのも分かる。そのくらいのものだ。おとめ座がどの季節に見えるか知らないし、こいぬ座とおおいぬ座の区別もつかない。

 だから今夜がオリオン座流星群だということも、今朝パンを食べながら見ていたニュース番組で知っただけ。前々から楽しみにしていた訳ではないのだ。

 でも、見たい。

 流れ星、見たい。

 オリオン座流星群、見たい。


 だって私の最近はひどいものだった。

 いつも九十点台を取れる数学のテストでも六十点を取っちゃうし、バレー部の練習でも温厚な亜美先輩を怒らせたし、何より深春と喧嘩してしまった。

 喧嘩するほど仲がいいなんて、結果論の戯言だ。

 喧嘩してもなおも近くにいて一緒にいるのだから、そりゃ仲はいいだろう。確かに深春とは何度も喧嘩をしてきた。それでも今回はいつもと違う気がする。きっと仲直りできても、前のようには戻れない。

 そんな水曜の午後、あいにくの曇天、土曜までは折り返し。朝は晴れていたのに。流星群。

 深春はいつもとは違うグループの友達と笑っている。私は意地を張ってじっと何も見ていないふり。私と深春を心配しながらも、いつも通りを装う友達にお礼を言いたくもあり、もっと直接的に助けてほしくもある。教室で騒ぐ男子はいつも通り。普段は気にならない無邪気なおふざけに、今日はとってもいらいらする。

 何が何でも流星群を見よう、と思った。

 そういえば。

 深春、星を眺めるのが好きだったっけ。


 レザーのジャケットを羽織って、夕日が落ちる方へ自転車を走らせた。風と雲の流れを見るに、西に行くのが正解だと思う。見上げればどこまでも続く雲の海で眩暈がする。でも必ず、雲はどこかで途切れるものだ。

 ならば雲の果てに行けばいい。

 天気予報は見ていない。関東全体が朝まで曇るとか言われたらきっと諦めてしまう。諦めたくなかった。たとえ徒労に終わろうとも。

「ちさとってときどき病的。もう、ついていけないよ」

 深春に言われたことを思い出す。

 また言われそうだと思って、もう言われないかと思い直して、かなしくなった。一度決めるとどこまでも突き進んでしまう。加減がきかない。何かが間違っていると気づきながらも、後戻りできない。自覚して生きている。それは深春も知っていた。それでも病的、なんて言葉は使わなかったし、私のそんなところをむしろ気に入っていたようでさえあった。

 深春に二股をかけていた男に、報復しようとした。

 それが喧嘩のきっかけだった。

 私は間違っていたのだと思う。


 もう見知らぬ道だった。

 見知らぬ公園を越えれば、見知らぬ踏切。

 夕日も沈みきって、街は静寂に包まれている。昼間は人がいなくても息遣いが聞こえる。暮らしの香りがする。夜だって一軒一軒の家の中では誰もが自分なりの生活を営んでいるはずなのに、途端に人の気配が失せる。孤独な時間がはじまる。

 そんな夜に、深春は私のことをすこしでも考えていたりするのだろうか。深春の心に、私の居場所はあるのだろうか。もうなくなってしまったかもしれない。かつてはあったと、そう思えるあたり私はばかだ。


 ぽつりと、雨が降ってきた。

 自転車をとめて、夜空をあおいだ。


 あの雨雲のむこうにはきっと今でも星空がどこまでも広がっているのに、地球なんておよびもつかないほど広大なのに、空を見上げても黒い雲しか見えない。近くしか見えない。その裏に潜むものを見わたせない。ちっぽけな世界を生きている。きっと無数の流星を見逃して、私の人生はそういう風にすぎてゆく。

 天気予報くらいは見ておくべきだったかもしれない。

 携帯電話をひらく。深春から連絡が入っているかと一瞬期待して、そんなことないと諦める。実際、そんなことはなかった。親から着信が数件入っていたのみだ。

 ニュースサイトによれば、ときどき雨がぱらつく曇り。明後日までずっと曇り。諦めるしかなかった。再び自転車にまたがり、雨に濡れた髪をタオルで軽く拭く。

 ふたたび夜空を見上げて、まっくろでため息が出た。


 そんなとき、

 曇り空を切り裂くように一直線の強い光が流れる。


「流れ星の中でも火球って言って、他よりずっとずっと明るいやつがあるの。星空のなかでひときわ輝く金星よりも、明るい流星。それが火球」

 深春がいつか語っていた。

 あれが火球か。雲越しにも見えた。

 私はたぶん、熱狂している。心が躍った。たった一筋の光がどうしてこれだけ人の心をゆらすのかちっとも分からない。どきどきしていた。流れ星に願いごとを、なんていうけどそんなの無理だ。

 流れ星が見える一瞬に、言葉なんて浮かばない。

 きっと私は明日ふつうに日常に帰って学校に行って相変わらず深春とは話せなくて意地を張って窓の外を眺めてため息をつく。

 流れ星は何も解決してくれない。してくれなくていい。この瞬間を思いだせたらいい。たくさんの流星を見逃す人生だけど、いくつか見つけられる流星もある。それが分かっただけできっと充分だ。

 それでも少しだけ、深春と仲直りできたらとか願ってしまう私がいて、そんな自分も嫌いじゃないのだった。

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