りんごとけものと魔法
犬丸寛太
第1話りんごとけものと魔法
ここは町はずれのお菓子屋さん。
私は一応店主という事になっている。
長く店を構えていると時折不思議なお客さんが訪れることがある。
とある日の事。
その日はあいにくの薄曇り、平日ということもあり客足は鈍く早めに閉店してしまおうかと考えていた。
店先の看板をしまい、オープンの下げ看板を裏返そうとしていた時だった。
大柄な体格の男がファーのついたフードを目深にかぶりかろうじて見える口元には無精ひげが見えた。
正直に言って、お菓子屋に来るタイプではなく、なんとなく人間というより熊とか猪とかけもののような印象をうけたことを覚えている。
気分は閉店モードだったし、断ろうと考えたが彼の手元には色鮮やかなりんごが握られているのが見えた。
その時は彼の鈍色と真赤がりんごを特別鮮やかに見せているのかと思った。
それでも私はあまりにも鮮やかなりんごに得体の知れない興味が湧き彼を店内に通した。
店内に入った彼は言葉を発する事もなくりんごを私に差し出し、ショーケースのアップルパイを指さした。
どうやら彼はこのりんごでアップルパイを作って欲しいようだ。
多少の怪しさは感じたものの私はりんごを手に取り早速アップルパイを作り始めた。
下ごしらえを終え後は焼き上がりを待つだけとなり退屈な私は思い切って彼に話しかけてみた。
「アップルパイがお好きなんですか?」
彼はゆっくりと首を横に振った。
「誰かへのプレゼント?」
彼は肯定も否定もせずただうつむいていた。
ただ、なんとなく私は彼が恥ずかしそうにしているように見えた。
そうこうしているうちにアップルパイが焼きあがった。
焼きあがったアップルパイは私が今までみたどのアップルパイよりも何故だか輝いて見えた。パイ生地の香ばしい香り、シナモンのピリッとした香り、何よりとろけそうなりんごはみずみずしさを失うことなく、甘酸っぱい香りがオーブンいっぱいにあふれ出てきた。
一口だけでもという思いをぐっと堪え普段より丁寧に箱に入れ私は店頭に戻った。
アップルパイを手渡し代金を受け取ろうとした時だった。
彼はなぜかあたふたするばかりで一向に代金を支払おうとしない。申し訳なさそうな様子がフードの奥に見えた気がした。
美しいアップルパイに感動していた私はお代はいらないと彼に告げた。
彼は一層申し訳なさそうにしながらもアップルパイを受け取り店を後にした。
今度こそ下げ看板を裏返しながらなんだかおとぎ話のようだなと幼いころに読んだ絵本を思い出し楽しい気持ちになった。
次の日、私は開店の準備のため店先に出た。
その日はよく晴れた朝で昨日のこともあり私は深呼吸をしてみた。
すると胸いっぱいにりんごの香りが舞い込んできた。
不思議に思い辺りを見回すと木の枝のかごいっぱいのりんごが置かれていた。
早速贈り物のりんごを使ってアップルパイを作って食べてみた。
思った通り、それはもうおいしかった。
まるで魔法にかけられたように幸せな気持ちできっと私は子供のような笑顔をしていたと思う。
私は心の中で思った。
思いが届くと良いね、不器用な熊さん。
りんごとけものと魔法 犬丸寛太 @kotaro3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
春をくゆらす/犬丸寛太
★2 エッセイ・ノンフィクション 完結済 1話
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます