第33話 魔法剣との付き合い方2
「は? え? どういう状況?」
しかも飛ばされたのに地面に立って……って、あ、違った。
俺は確実に現在進行形で飛ばされている。
それがほとんど時間が止まったようなスローペースで進んでいるだけだ。現に視界には仰向けに飛ばされたせいか星空が映っている。
どう言う原理か、意識だけがこの静止空間も同然の世界に逸脱しているらしい。
そんな中で二人の俺を認識しているってわけだった。
ざっくりしたイメージを言えば、三人で空中に浮かんで向き合っている。
「……ええと、だから、どういう状況? 一度目の俺と二度目の俺なのはわかるけど」
置かれている位置関係やなんかがわかった所で、やっぱり俺は一人カオスな気分に陥りつつ目を瞠る。
俺の前ではかつての「俺」たちがマントを羽織った冒険者服と軍服って二者二様のなりで、表情だけは同じようにして少し笑った。きっとあっちも今の俺同様に意識体なんだろう。俺はさぞかし笑える間抜け面をしていたと思う。ああだから二人は笑ったのかも。自分の顔なのに……。
そもそもどうして俺の前に俺たちが出てきたんだ?
だって魂は一つで……って、ああ俺の魂の中だから俺がいて当然か。ややこしいけど。
「おいおい小難しい顔して何を悩んでるんだ三度目? この際だ良ければ話を聞こうか?」
「二度目の俺に比べれば随分とマシだろうに、眉間を寄せる程の悩みがあるのか?」
「いや普通にあるだろっつかこんな顔なのは二人がいきなり出てきたからだよ。ただまあ……話は聞いてほしいかな」
こんなわけのわからない状況にあるからこそ、かえって冷静になった。
初めての現象だし、果たしてこの状況が途中で切れるのか何か心情的に納得のいく所まで続くのかもわからないけど、利用できるものは利用しよう。
そんなわけでここからはお悩み相談の時間だ。
俺の強がらない素直な態度に二人の俺は満更でもない顔で、人生の兄貴風なのか話を促すように腕組みをして休めの姿勢を取った。
俺の中じゃ一度目から三度目の自分までの記憶は一貫しているってのに変な気分だよ。
「実は俺、今の魔法剣をどうやって本当の自分の剣にすればいいのかわからなくなったんだ。はあ、全然使いこなせる気がしないよ……」
一度目の俺は何が可笑しいのか「ははっ」と笑った。
二度目の方はふうと嘆息する。
「俺の相棒は今回は相棒にはなり得なかったけど、幸運にも三度目にはもう三度目の相棒がいるだろうに、何が不満なんだ?」
「いや不満とかじゃなくて、どうやって力を引き出せばいいのかわからなくなったって話で……」
「おいおいうじうじするなよな三度目、二度目の俺には相棒剣は終ぞいなかったけど、お前にはちゃんといるんだろ。使いこなせない? そんなのは三度目の気持ち一つだろうに」
「気持ち一つ……?」
うんうんと一度目の俺が同意に頷いている。
俺の気持ちって、わけがわからない。
自然と視線が下がって、今は何も持っていない手の中へと落ちた。
「あいつを、魔法剣を使いこなしたいって本当にそう思ってるよ。でもどうやっても駄目なんだ。前の剣は……大した苦労もなかったのに」
一度目の俺がまた「ははっ」と笑った。
「こりゃーヤキモチ焼くよなあ。そう思うだろ二度目も」
「そうだな」
ヤキモチ?
「誰が?」
「「剣が」」
「は?」
「はって……、おいおい忘れたのか? お前の新しい剣も基本俺の時と一緒だよ。戦う時はやっぱ心底信頼してほしいって思うだろ」
「信頼はしてるつもりだけど」
「でも一番か?」
一番……?
一度目の俺の言葉にいまいちピンとこない。
「今の俺には一つしか魔法剣はないんだし、一番も何もないだろ?」
思わずキョトンとしてしまった俺に一度目は苦笑し、二度目はこっちに腕を伸ばして頭をグシャグシャと掻き乱す。
「な、何だよ?」
「ハハハ三度目は案外馬鹿だよなー……って俺自身だけど。まあ今度は死なない程度に生きれ~」
「おい二度目、お前は叱咤激励って言葉を知らないのか?」
「俺は諦めと自堕落の二度目様だからなー」
「全く……」
一度目がやれやれと頭を振った。処置なしって思ってるのは明らかだ。
「まあいいか。とにかくだ三度目、俺たち三人……いや一人なんだけど、今度こそは孫の顔を拝めよ。あんな雑魚なんてちゃっちゃと倒せ」
「ハハハ三度目だけじゃなく一度目も馬鹿だったんだな。今現在の三度目じゃちゃっちゃとって難しいだろ。勿論俺だったら瞬殺されてるけど。何はともあれ、ちゃんと俺たちの分まで生きて可愛い孫を腕に抱かせてくれ~」
「全く二度目は……。まあ何だ、今の相棒剣としっかり仲良く連携するんだぞ。そこにきっと俺にもこいつにもなかった三度目の人生を彩る新発見がある気がするんだよな」
「そうそう。奇跡の三度目っていうか、三度目の正直?」
ちょっとテキトーで人任せ的な予言と共にそれぞれに手を振る、俺。
そんな二人が急激に遠ざかる。
「え、あ、ちょっと待っ……!」
じゃあな、と口の形は動いたのに二人の声は聞こえなかった。
思わず制止に手を伸ばしてから、瞬時に切り替わった意識って言うか視界にハッとなった。
気付けば崖の上に伏している。
勿論、一度目と二度目の俺が傍らに佇んでいるわけもない。
今はもう、二つの人生の記憶は確かに俺の中にあるのに先の近しさはなく、いつもみたいに見えない硝子で隔てられたようなそんな感覚だった。
衝撃で手放した魔法剣は、依然俺と土龍を弾いた中空に浮かんだまま動かない。
自らの存在を主張するみたいに青く輝いている。
「俺、怪我一つしなかったのか」
自らの落下で大事がなかったのを少し不思議に思った。いくら鍛えてるとは言え、意識のない脱力した人間が高所から身一つで落ちて無傷で済むものかな。
「ありがとうニール!」
聞こえた声を辿れば、アイラ姫が女ニールに感謝を告げている。
女ニールは「姫様を笑みに出来るなら、あれくらいはお安い御用ですので」なんて凛々しくカッコイイ台詞を口にちょっと嬉しそうだ。
「その調子でこれからもエイド君を護って下さいね!」
女ニールは姫様の言葉ににこりとしてから、大変不本意そうに俺を睨んできた。
ひいっ、こえ~よ!
も、もしかしてあのお人ってば落下衝撃を魔法かアイテムかで和らげてくれたの?
明日にでも雪が降る、いや今は冬でここは温暖とは言え何かの拍子に極々稀に降る年もあるみたいだから言うなら天が落ちてくる、か。
声を掛けると藪蛇っぽいし、俺はとりあえず小さく頭を下げるに留めた。更に睨まれたけど。
ふう、さっさと戦闘に意識を戻そう。
「相棒……」
小さな呟きを聞き取ったかのように、剣が目に見えて小刻みに震えた。
もしも姿が人間なら「何が相棒だよ」って怒りに震えながら吐き捨てられている場面だったと思う。
だけど、嫌がられてももう俺はお前の主人なんだ。
師匠の画策はあったけど、最初にそっちから勝手に主人認定したんだから今更変更はきかねえよ。
「せっかく出会えた相棒を手放してやる義理なんてないんだよ」
飛ばされた土龍も体勢を整えていて、あろうことか敵の俺じゃなく魔法剣に向かって突進を始めた。
あいつの気配察知半端ねえなおい!
「まあ案の定だよな。諦めてないのは」
立ち上がっていた俺も焦って負けじと走り出す。
血を流す土龍の傷付いた赤い眼からは今こそ掴み取ろうって気迫が伝わって来る。
魔法剣はその場から動かない。
当然だ、俺が何も命じていないんだから。俺は愚かにも戻って来いって命じるのも失念していた。まあ命じた所で従うかは微妙だったけど。
敵の爪先が俺よりも早く剣に掛かろうとする。
それを見たら焦りなんて吹き飛んで、純粋に腹が立った。
あいつはずっと俺の剣に執着していて、俺から問答無用で奪おうとしている。
は? ふざけんな。
冗談じゃない。
コンチクショーがっっ。
「俺の剣に触んじゃねえーーーーーーーーッッ!」
感情が爆発するみたいに青筋を立てて夢中で魔法を発動させた。
足下の地面を勢いよく隆起させ距離を稼いで、その威力を維持したままの前進とそこからの蹴り出し。飛矢のように高速で一直線に突っ込んだ。
目的地ど真ん中は言及するまでもない。
俺は土龍の位置的優位を嘘みたいに覆した。
伸ばした右手が柄を掴み引き寄せた直後、敵の空手が五月蠅いくらいの風音を伴って傍を掠めてった。勢い余って前方に多々良を踏んでバランスを崩し掛けている。
どんだけ必死なんだよ。
でも俺も敵に倣って必死になるべきかもしれない。
「うおっ、ちょおっ、お前大人しくしろってっ!」
魔法剣は俺に掴まれるのは御免だとばかりに手の中から逃げ出そうと激しく暴れた。
まだ飛んだ勢いそのままに空中にいる俺は、くるくると水流に遊ばれる花弁みたいに回転しながらも、片手から両手持ちにして絶対に放してなるものかーって意地で捕まえ続ける。
そんな俺の眼下に敵の脳天が見えた。
――チャンス到来。
「ぐ……くうっ、くおおおおお!」
俺はほとんど無理やり剣を大上段に構えた。
トドメ攻撃時のお決まりのカッコイイポーズってやつだ。
「頼む。お前の力を貸してくれ!」
連携上等と魔法回路を無理やりこじ開けるように多量の魔力を流し込む。
激しく抵抗するようにブンブンと震える魔法剣。
その間何度も雷撃を受けたみたいにして手を弾かれそうになったけど、更に裂傷が増えようが剣が発した抵抗波で頬が切れようが、耐えて魔法リンクを試み続ける。
俺と剣が喧嘩紛いのもたつきを見せている僅かな間に、土龍の方はほとんど姿勢を戻してしまった。頭上の俺たちの気配を死に掛けの執念なのか見えていない目で睨み上げてくる。
「ああくそ目潰しなんてこいつにはホント意味なかった!」
大きく口を開いてしかも瘴気攻撃と、そのまま降下する俺を剣ごとゴックンする気満々な感じなんですけどーッ!
このままじゃマジ死ぬんじゃね?
「おい相棒! お前は俺を殺したいのかよッ!」
ブウウウン、と剣が振動した。
肯定か否定かどっちだっつの!
迫る瘴気とその
ああだから今三度全部の人生の走馬燈が駆け抜けてんですか俺!?
ただ、その中で俺の意識を引き止めるようにしたのは、先の二人の俺との会話だった。
一度目の俺にはあの名剣があり、二度目の俺には何もなかった。
今の俺にも剣があるけど、未だその全てを知らない。
剣に不満はない。
これは染み一つない純粋な本心だ。
こいつを知れないのが残念だ。
……そうだ、知ること。
しかも前の相棒と比べるんじゃなく、そのままのこの剣に手を差し伸べ受け入れてやるべきなんじゃねえの?
俺は絶対的に相棒への理解を怠っていた。
一度目の剣を引き抜いた時だって、所有物として使いこなすとかそれ以前に一体どんな剣なのかって好奇心や探究心が先に立っていたはずだ。
「まだお前を知れてないのに、このまま死んで堪るかあっ!」
刹那、剣がこの上なく強く光り輝いて、視界一面が青白く染まった。
恐る恐る薄目を開け、ハッと見開く。
俺は不思議な場所――海と空だけの果てのない青い世界に佇んでいた。
岸が一切見えないから湖じゃなく海って表現したけど、凪いだ湖面を思わせる不思議と波一つない海だった。
足元は静寂さえも映しそうで、現に鏡面よろしく空を映し込んでいる。
「……え、何また精神空間これ? もしや二人の俺も再登場してくんの?」
短時間で二度目だとそこまで驚かないけど、今度の場所は完全に現実世界とは異なる。
上も下も同じ色彩だからじっと見ているとそこが空か海かわからなくなってくる。
そうかと思えば地は天に、天は地に変わった。
空に立って海を見上げる不思議な構図になる。
「どうなってるんだよ……?」
そう認識した直後、また足元は海になって頭上は青天になった。薄い雲が流れていく。
その後も何度か、俺が空だと認識すればそこは海に変じ、海と断じれば空へと転じた。
つまり、天は地に、地は天に。
いや、ここじゃ概念は意味を成さないのかもしれない。
すなわち天は地で、地は天なんだろう。ややこしいけど。
「でも、海か空しかないんだなあ。……まるでそれしか知らないみたいだ」
ポツリと呟いた直後、いつの間にか直立する俺の目の高さに刃先を下にした一振りの剣が浮かんでいた。
「相棒!」
何でここに……って、ここがどこであれさっきまで自分の手に握っていたんだからあって当然か。大体、初めに剣がないって気付かなかったくせにその問いかけはないよなあ俺も。
「なあ、まさかと思うけど、俺をここに連れてきたのはお前なのか?」
掴もうと手を伸ばせば逃げられ、威嚇のように剣先を振るわれる。切れそうで手を引っ込めた俺は、周りを自由に飛び回るマイ剣をしばらくただ戸惑いと共に眺めたものの、それじゃ駄目だって我に返った。
じっと自分の手を見つめ、握り込む。
俺を選んでくれたこいつを信じよう。
さすがに人間死んでいるだろう百年後はどうだか知らない。
一つ言えるのは、今のこの剣には俺だけだ。
俺が教え、反対に俺を導いてくれるのもこいつだけだ。
現実がどうなっているのか、ここがどこなのか、戻り方だって知らない。だったらこの場でしたいようにする。
俺は手を伸ばした。
しっかりと二つの目を開いてこいつの欠片も見落とさないように、こいつを知って真に手に入れるために。
本当のこいつの相棒になるために。
走る刃先に指先が触れて血を滴らせた。
痛みに怖気付いて危うく引っ込めそうになったけど、そうはせず、指の先の先まで気を凝らすようにして終には柄を掴み取った……かと思ったら僅差で俺の手をすり抜け、魔法剣は大きく宙で転回すると俺目がけて突っ込んでくる。
真っ直ぐ、俺の心臓目掛けて。
ははっ、そんなに俺が嫌か?
けど俺がお前を手放す時は、それ即ち俺が真実死ぬ時だ。
そうしないとお互いに縁は切れないからな。
……まだまだ切ってやらないけど。
「――ッ」
俺は避けなかった。
一直線に飛んできて真っ直ぐ胸に突き刺さった切っ先は、貫通した。
まるで背中から刺されたのとは真逆方向からの心臓一突き。
口の端から赤い筋がツツツと垂れる。
「これで、気が済んだか?」
普通なら即死だ。
しかし俺は倒れず、不敵な笑みを浮かべそう言ってやった。
ここの俺は現実の俺じゃない。だから肉体も別だ。
不思議と、途中からそう言う空間だろうなって確信があった。
故に物理的な損傷を気にする意味がない。
精神を壊そうとしているとしても、生憎と三度目の俺はかなりしぶといし図太いよ。
それに何より、お前はサードライフでの唯一無二の相棒だろ。
へそを曲げはしても、最初っから主人の俺を害すはずがないんだよな。
「もっと試すか?」
優しく言って、刃先を根元まで俺に埋める剣の柄を捕まえたとばかりに握り締める。
魔法剣は往生際悪くも逃げる魚のように震えたけど、俺は放さなかった。
今のちぐはぐな俺たちじゃどのみち土龍の攻撃を受け止め切れない。
「ははっお前と一蓮托生ってのも悪くないかもな。俺とお前は切っても切れない相棒なんだし。……それくらいには大事だって思ってるよ」
暴れ剣がピタリと静まった。
指に握るその像が蛍よりも小さな細かい光の粒子に変わる。
「今まで馬鹿でごめん。ずっと心のどこかで前の相棒と比べてた。お前はお前なのに悪かったよ。だからさ、ここからが俺たちの本当の意味での始まりだって、そう決めた。……そう思っていい? お前のこと、教えてくれよな!」
返事らしい返事もないままに剣は完全に消え、光粒は俺の中に吸い込まれた。そう認識したと同時に海と空の世界も霧散した。
ハッと目を開ければ、眼前間近に土龍のあぎとが迫っている。
剣はもう大人しく手の中だ。
俺は手の痛みなんて最早気にならず、我知らず笑みにさえなっていた。
「この先もよろしく頼むな、相棒!」
瞬時にリンクを構築し魔力を流せば、青くいつになく強く輝き剣が応えてくれるのがわかった。
光と水が渾然一体となったような青の奔流になった剣は、今さっきの青い世界でのように俺の中に消えて行く。
ギョッとしたけどすぐに思い当たった。
「ああ、何だそっか、お前は憑依型の魔法剣なんだな」
憑依型はそれの持つ最後の一滴の力までを持ち主が自在に行使できる魔法剣だ。
それは裏を返せば選んだ主人のせいで運が悪ければ存在の危機に陥るリスクを抱えていると言える。
なるほど、だからこいつは力を預けても良いかとても慎重で、より信頼を求めていたんだな。
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