第8話 誰にでも優しいですからね

駅前のカラオケ屋に行くと、クラスメイトが10人ほど集まっていた。


男子は4人か、女子の方が多いな…


「あ、雪乃ー!今から部屋割りをあみだくじするからこっちきてー」

「はーい!」

「え、くじ引きって大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ、私とせんぱいはペアにしてますから♪」

「あ、そうなんだ…」


結局俺にとってはなんの意味もないあみだくじで部屋割りが決まった。


同部屋には俺と雪乃を入れて6人。

全員女子だった…


「あ、彼氏さん!一緒の部屋だね!」

「確か…須藤さんだね。」


そういえばラーメン屋のこの子も知り合いだったな…


「せんぱーい、ちょっといいですか?」

「は、はい…」


俺はトイレの方に連れて行かれた。

正直腹に鉛筆が刺さるくらいのことは覚悟していたが、どうやら雪乃は怒っているわけではないようだ…


「せんぱい、頃合いを見て隣の部屋に乱入してください!」

「え、でも隣にも女の子はいるぞ?」

「だからですよ、いけばきっとせんぱいならわかりますから!頼りにしてますね♪」

「頼りに…?」

「ま、とりあえず歌いましょ!あ、曲は私が選びますね♪」

「は、はい…」


どういうことだ?

雪乃のやつ何を企んでいるんだ…


結局どういうことかは教えてもらえないまま部屋に戻りカラオケがスタートした。


俺はもちろん一番端で、隣は雪乃が陣取っている。

まぁなにか期待しているわけでもないし、ただカラオケを楽しんだ…わけでもない。


「えー、不死川くんうまーい!いいなー雪乃、歳上のカッコいい彼氏とかー」

「えへへ、せんぱいはこう見えてなんでもできるんだよ?ほんとカッコいいの♪」


惜しみなく全開で惚気る雪乃は幸せそうだった。


しかし耳元で定期的に「調子に乗らないでくださいね」とか「今どこを見てました?」と囁かれる度に俺の音程はブレていた…


終いには雪乃が入れた曲なのに、別の一人の子が好きだったようでキャッキャと騒いだせいで、俺の太ももに割り箸が突き刺さった…


そして一時間程経過したところで雪乃から隣の部屋に行くように言われた。


「ほ、ほんとにいくの?ちょっと恥ずかしいんだけど…」

「部屋間違えたーとか適当に誤魔化せばいいんですよ!どうせそのうち行き来しだすんですから。それより、この部屋が気に入ったんですか?」

「わ、わかったよ…」


雪乃の方から離れたがるなんて裏があるに違いない。

もしかして隣の部屋の誰かが雪乃とグルで俺をハニートラップに…いや、そんな回りくどいことをする性格じゃないと思うけど…


わけもわからないまま、意を決して隣の部屋に飛び込んだ。

そして入ってすぐに、その部屋の気持ち悪さに気がついた。


「おいブス!早く歌えよ、90点出なかったら一枚脱げよ!」

「は、はい…」

「あはは、姫川ってほんとブスだな!でもお前がいないとカラオケ盛り上がらないから一緒の部屋でよかったわ!」

「は、はい!頑張ります…」


男連中と女2人が一人の女子を前で歌わせていた。

そしてその子はすでに上着と靴を脱がされていて、聞いたこともないような曲に戸惑いながら棒読みするように歌詞を追いかけていた。


「おい…なんだよこれ…」


まさにいじめだった。

俺はかつていじめられっ子だった。

更に言えば冤罪に近い形で世間からも迫害を受けた。

だからこの光景は俺にとってすぐに怒りを覚えるものだった…


しかしよく見ると、音頭をとっているのは一人の男だとすぐにわかった。

他の連中はそいつに怯えるように相槌を打って場を盛り上げていた。

まるで自分にその番が回ってこないようにと祈るように…


「あれ、転校生じゃん!お前も姫川の見にきたの?」


入り口で呆然とする俺を座ったまま見上げてくるそいつの表情には見覚えがあった。


人を見下して喜ぶ類の連中の顔だ。


俺はもう二度とこんなことをして目立ってしまうなどごめんだと思っていたが、この状況を見過ごせるほどまだ人間をやめたわけではない…


「おい、やめろ」


つい声が出た。

そして盛り上がっていたその部屋の空気は俺の一言でしらけた。


「は、なにそれ?お前歳上だからって調子乗んなよ?」

「歳は関係ないだろ?なんだよこれ、いじめじゃないか」

「うるせえな!転校生がぐちゃぐちゃ言うなよ?」


バンッと机を叩いて俺を見てきた男が立ち上がり俺に凄んできた。

ダメだ、喧嘩になる…

しかしもう誰かを傷つけることはできない…


「おい、なんか言えよ?あいつはな、俺らが遊んでやってるんだよ!あんなブスの相手してやってるんだぜ、優しいだろ?」


その舐めた口の利き方よりも何か別の理由で俺はキレた。


そして思わず机を蹴り上げた。

すると机は真っ二つに割れながら天井にぶち当たって落ちてきた。


「え…」


しらけた部屋の空気は凍りついた。


「いい加減にしろよ?」


俺は祈った。

頼むから手を出してくるな、ビビって帰れと…


「お、お前なんなんだよ…」

「は?お前がなんなんだ?こんなことが楽しいとかふざけるなよ!まだやるんならその机みたいになるぞ?」

「わ、わかったよ…くそっ!」


割れた机を蹴りつけてからそいつは部屋を出て行った。

そしてすぐに残りの人間が俺の方を唖然として見ていたのに気がついた。


やってしまった…

机を真っ二つなんてこんなの人の所業ではない…


しかしいじめられていた子がその重い空気の中で口を開いた。


「あ、ありがとうございます…ごめんなさい私…」


そう言って泣き出したのを皮切りに他の連中も次第に我に帰り俺に話仕掛けてきた。


「す、すげーよ不死川君!あの北条君がビビってたよ!」

「ご、ごめん姫川さん!俺ら北条君が怖くてさ…いやマジでごめん…」


そして物音を聞いた雪乃たちの部屋のみんなも駆けつけてきた。


「大丈夫?何かあったの?」

「え、机粉々じゃん…喧嘩!?」


そんな状況を部屋にいる奴らが俺を庇うように説明してくれた。

雪乃はというと、俺の隣に来て嬉しそうにしながら何も言わずずっとくっついていた。


そしてしばらく砕けた机を囲むように所狭しと全員が座り、他の男子が俺のことを自分の武勇伝のように語り出した。


「いやー、不死川君の蹴りすごかったなー!」

「あの時の北条君の顔見た?口が開いたままだったぜ!」


しかし調子に乗る男子に、須藤さんたちが声をかけた。


「北条君がああ言う性格なの知ってて断れずに知らんぷりしていた私たちも同罪よ…みんなで姫川さんに謝りましょう…」


そうだ、結局見て見ぬふりをするやつや一緒になっていじめをする連中も同罪である。

でも、こうして素直に反省出来ることはいいことだと思う。


そしてみんなで姫川さんに謝った。

しかし姫川さんという子は本当に大人しそうだがいい子で、すぐにみんなを許してくれた。


そのあとはまた全員で談笑して、結局残った問題は俺が粉砕した机だけだった…


「これどうしよう?」

「いや、これは俺が壊したから謝って弁償するよ…」

「せんぱい、これは私が弁償しますよ?」


しばらく黙っていた雪乃が俺にそう言った。


「いや、さすがにそれは…」

「いいんです、これは私のせいでもあるんですから。それに、やっぱりせんぱいは私の大好きなせんぱいだってわかったから嬉しくて♪」


なんか今日は意味深なことばかり言うよなと思いながらも、結局雪乃と二人で店員に謝りに行き弁償することにした。

店員も怒るというよりは、何をどうしたらこんなことになるんだと不思議そうな顔をしていたがそこはなんとか誤魔化した…


そして解散する時に姫川さんが俺のところにきた。


「あ、あの…不死川君、今日はありがとうございます。私、不死川君の頼みならなんでも聞くので言ってくださいね!」


そう言って手を掴まれたので急いで振り解いた。

彼女には失礼だが俺の身の安全のためだから許してくれと心の中で謝罪した…


そしてそんなことがあったカラオケも終わり雪乃と二人になった時、彼女が色々とネタバレを始めた。


「せんぱい、今日はせんぱいに嫌な役をさせてすみません…」

「どうしたんだよ、雪乃らしくないな?」

「うん、実は姫ちゃんがいつもカラオケで北条君にいじめられてるのを知ってたんです。でも何もできないし他のみんなも北条くんを怖がってて…私は誘われても断ってたんですけど、せんぱいならどうにかしてくれるかなって…」

「そういうことだったのか…なんで言わないんだよ?」

「え、だってせんぱいにそんな無茶なお願いしにくいもん…」


こいつの遠慮の線引きはどうなってるんだ?

そんなことに躊躇するくらいなら俺を刺すことも少しは躊躇するようになってくれ…

だけど雪乃にいじめられてる子を助けたいなんて気持ちがあったとは…正直意外だった。

まさかそんな理由でカラオケに誘われたなんて…


「いや、でもよかったよ。俺の知らないところであんないじめが起きてるとか本当に嫌だからな」

「せんぱい…かっこいいです大好き♥」


雪乃は俺のほっぺにキスをした。


「せんぱい、もう私絶対にせんぱいのこと離しませんから!あ、このまま部屋に監禁しちゃおっかな?」

「そ、それはやめて…愛が重いよ…」

「重い?私って重いですか?」

「あ、いや今のは言葉のアヤで…」

「ですよね、せんぱいが軽いんですよ♪」


いややっぱりお前が重いんだよとは声がでなかった…

でも結局は雪乃の思い通りにことは運んだというわけか。


「さて、帰るとするか」

「え、どこに帰るんですか?おうちはこっちですよ?」

「いや電車乗らないと…」

「もう新居にお引越しですよ!今日からラブラブ同棲生活の始まりです、せんぱい♪」

「今日から!?」


たしかにいつからとは聞いてなかったが…


「え、でも俺の部屋の荷物とか…」

「あ、それならお手伝いさんに日中に済ませておいてもらってますから大丈夫ですよ?私って支度早いでしょ?いいお嫁さんになれるかな?」


いいお嫁さんに必要なスキルはそこじゃないよと言いたいところだが、嬉しそうな雪乃の顔を歪めるわけにはいかず、引き攣った笑顔でただ頷いた。


そして新居は駅の側にあるワンルームマンションだった。

中に入ると、俺の住んでいた廃屋寸前のアパートと違い新築のように綺麗な内装に風呂も広い。

そして所狭しと段ボールが積まれた部屋の真ん中に座り休むことにした。


「荷物の整理とか大変だなぁ…」

「私と住めるの嬉しくないですか…?」

「ち、違うよ嬉しい嬉しい!ただなんでワンルームなの?」

「だってー狭い部屋の方がせんぱいをずっと近くに感じられますし、それに私たちに隠し事なんてないんですからそれぞれの部屋とかいりませんよね?」

「そ、そうだな、あはは…」


しかし今日だけは雪乃の気持ちに免じて許してあげよう、そんなことを思っていたがやはりストレスが溜まっておられるご様子だった…


「せんぱい、そういえばリサがせんぱいの歌ではしゃいでたのを見て鼻の下伸びてましたよね?あとマッキーがリクエストした曲を歌いたいって顔もしてましたし。」

「いや鼻の下なんか伸びてないよ、それにその場のノリって大事かなとか考えてただけで…」

「でもまだ他の子の好感度気にしてますよね?私がいるのにまだそんなに他の子と遊びたいんですか?」

「そ、そんなわけ…」

「ふーん、でもせんぱいって誰にでも優しいから不安だなぁ。一回死なないと治らないんですかね?あ、死なないのかー、そういうとこ不便だなー」


雪乃の笑顔が眩しい。

なぜこんなことを話しながらそんな顔ができる…


「いや待てって…それに姫川さんには優しくしたってわけじゃないだろ?お前の思惑通り通り助けたんだし…」

「姫ちゃん?」

「え、いやだって優しくするなって…」

「姫ちゃんは別に関係ないですよ?」

「え?」


どういうことだ…

姫川さんと雪乃は特別仲がいいとかそう言うことか?

でも話してるの見たこともないけど…


「ちなみにその心は?」

「だって姫ちゃん、ブスですから♪」

「え…?」

「ブサイクに嫉妬なんてしませんよ、おかしなせんぱいですね、ふふ♪」


ただ自分に正直に真っ直ぐで純粋なのが雪乃である。

そしてそんな雪乃が純粋にただ怖かった…


そして雪乃は立ち上がると新居の台所から持ち出した包丁を徐に研ぎ出した。

シュッシュッと研ぎ石と包丁が擦れる音が静かな部屋に響く。


正座をしてその音を鳴らす雪乃の背中をジッと見つめながら辺りが闇に包まれていく…

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