第3話 人間らしい気持ち
今俺は自室にいる。
4畳しかない部屋だが一人で暮らすには十分である。
狭いと感じたことは今日が初めてだ。
なぜなら誰かがこの部屋にいることも今日が初めてだからだ。
そう、雪乃が部屋にいる。
扉が直ったと連絡がきたので部屋に戻ってきたのだがもちろん彼女もついてきた。
もう何年も使われていないような台所を一人で掃除してくれている。
時間は深夜2時を回ろうとしていたころのことである。
「あ、あのさ雪乃…多分コンロも使えないから片付けなくても…」
「だって、たくましく成長して帰ってきたせんぱいの為に明日から手料理作らないといけないでしょ?私ね、色々聞きたいことあったんだけど全部許すことにしたんです♪」
「え、許すって…」
「だって、せんぱいは傷つけても切り刻んでも無事な体になったんでしょ?だったらオイタをした時にも存分に叱ってあげられると思うと…もうワクワクが止まりませんから!」
普通であれば、可愛い女の子が自分の部屋のキッチンを片付けながら手料理をふるまってくれるというだけで男はワクワクが止まらないものだ。
しかし今はなぜか膝の震えが止まらない…
「な、なぁ…俺はもう高校も辞めたしこんな身体で就職もできない…。それに力だって化物みたいにあるんだ。もし雪乃と喧嘩になったらそれこそお前を」
「へぇ、私と喧嘩になるようなこと、するんですね?それってやっぱり…女?」
「い、いや例えばの話だよ…」
「なーんだ、やっぱりせんぱいには私しかいませんもんね♪」
はっきりと言うべきだろうか。
俺はお前が怖い、と。そして頼むから出て行ってくれと。
しかし今はそんなことを言う気にはなれなかった。
人に怖いと言われることがどれだけ傷つくか俺は知っている。
そして雪乃は、理由はどうあれこんな俺のことを怖がることなく受け入れてくれた。
だからしばらくは彼女の言う通りにしてみようと思う。
勝手に消えたことは俺の落ち度だし…
「せんぱいって、また高校に行きたいとか思いませんか?」
「え、いやそれは…でもどっちにしてももう無理だから諦めてるよ…」
「じゃあ問題なしですね!私と一緒の学校に行きましょう、せんぱい♪」
「いや、だからそんなことは…」
「大丈夫です、明日手続き済ませておきますね!じゃあ明日はせんぱいの入学祝いしなくっちゃ♪」
「いやいや、そんな急に言ってどうにかなる問題じゃ…」
「私と行きたくないんですか、高校?」
「へ、いやそうじゃなくて…」
「よかった、えへへ♪」
うれしそうな雪乃の笑顔はとても可愛かった。
俺が彼女を好きになった最初のきっかけであり最初の落とし穴でもあった。
「そ、そういえばお前、今日は帰らなくていいのか?親が心配するだろ?」
「大丈夫ですよせんぱい。せんぱいもうちの事情は知ってるでしょ?」
「ま、まぁそれは…」
雪乃の家が何をしているのかまでは知らないが、とにかく金持ちなのは知っている。
そして両親はいつも家を空けているそうで、雪乃とはよく夜中まで遊んでいたものだ。
ちなみに家には何人ものお手伝いさんがいるようだが、俺は一人しか見たことがない。
「そういえばお前どうして俺の居場所がわかった?」
「またその質問ですか?はい、これ見てください。これせんぱいでしょ?」
そこには、暴力少年Fがこの近辺に住んでいるという情報が載せられていた。
「なんだこれ…ほんとプライバシーも何もない国だよな…」
「でもそのおかげでせんぱいがこの近くに住んでいることがわかりましたから、私は感謝しています。それよりせんぱい、私のお布団はありますか?眠くなってきちゃった…」
「え、いや…一枚しかないんだけど」
「じゃあ一緒の布団で寝るしかないですね。ふふ、せんぱいのエッチ♪」
「いやいや始発出るまで付き合うから帰ろうよ?あと2時間くらいで電車走るから」
「そうやって私が帰ったあとで誰か呼ぶんですよね?私知ってますよ?」
急に雪乃の顔つきが変わった。
もう浮気を確信しているかの如き目つきで俺を見下してくる。
もちろんだが浮気はおろか俺はこの半年間、コンビニの店員くらいしか会っていない…
「そ、そんなわけないだろ!?」
「じゃあなんで始発の時間知ってるんですか?普通高校生がそんなこと知らないですよね?ねぇ、どういうことか説明してもらえますよね、せんぱい?」
そして俺は久しぶりに彼女から体罰を受けた。
折れるような勢いで俺の足の甲を踏んできた。
「いった!」
「せんぱいって昔から踏まれるの好きですよね♪それに今は不死身なんでしょ?だったら…」
そう言って台所に一応というかいつか使うかなと買っておいた包丁を雪乃が持ち出してきた。
「目、とかでもすぐ治るんですか?」
「ま、まてまて!目は怖い!」
鬼気迫る表情で言われたら、俺も何か反撃の姿勢を持てたかもしれない。
しかしまた雪乃は心底嬉しそな顔をして包丁を俺に向けてくる…
「へぇ、それなら鼻は?」
「や、やめろ!何もないから!泊まってっていいから!」
「私以外の誰かを好きになったりしませんか?」
「し、しない!」
「じゃあせんぱいは私のこと好きですか?」
「す、好きだ!可愛いなって久しぶりに会っても思ったくらい好きだ!」
「ふふ、嬉しい♪私もせんぱいの事大好き♥」
そういって雪乃にキスをされた。
もちろん初めてといったわけでもなく、右手に包丁を持ったまま俺の足を強く踏みつけた彼女にキスをされてときめく男子など、多分この世にいない。
しかしなぜか俺は少しドキッとしてしまった。
それはきっと怪異になったあの日から、二度と誰かとキスしたりすることはないと心のどこかで諦めていたからだろうか。
再び人間らしいことをして、人間らしく扱ってもらえたことに何故か気が緩み、俺は自然と涙が出ていた…
「せんぱい、どうしたんですか?」
「え、いやこれは…」
「大丈夫ですよせんぱい、私はせんぱいがどんな化物になってもこの気持ちはかわりませんから。」
「ゆ、雪乃…」
「なんにも変わってないですね、せんぱい。私安心しました。」
「わ、わかってくれたんならいいんだ、ははは…」
「じゃあ寝ましょう。せんぱいと寝るの久しぶりですね♪」
その後布団を敷き、二人で同じ布団に入った。
一人用なので、身を寄せ合うようにして寝ていると久しぶりにムラムラする気持ちが芽生えてしまった。
「せんぱい、したいですか?」
「え、いやそんなんじゃ…」
「私は…したいな…」
「え、いやそれは…」
勝手に捨てておいて今も付き合ってるとも認めてなくて、それでいて相手の気持ちにつけ込むように手を出すなんて俺はできない。
でも断るとそれこそ…
「雪乃、あのな…」
「…」
「雪乃?」
少し離れて雪乃を見ると、寝息を立てながら気持ちよさそうに眠っていた。
俺はその可愛い寝顔を見ながら少し笑ってしまった。
やはりどれだけ強がっても一人の女の子なんだな。
こうやって寝てたら本当にかわいいのに…
そんなことを思いながら俺も眠りについた。
そして翌日。
俺は椅子に座った状態で目が覚めた。
そして手足が縛られている…
それもなにかワイヤーのような固いもので縛られていて、俺の力でも引きちぎることができなかった…
「あ、せんぱい目が覚めたんですね?おはようございます♪」
「い、いやこれどういう状況なんだ?それにどっからこんなもの持ってきたんだ…」
「せんぱいが怪力だって言ってたから朝一で家の人間にワイヤーを持ってきてもらったんですよ!私今からせんぱいの学校の手続きしてくるので、そのまま待っててくださいね!夕方には戻りますから」
「いやいや、夕方までこのままはまずいだろ!?」
「どうしてですか?誰か会わないとまずい人、なんていないはずですよね?それにまた逃げたら困りますし♪」
「トイレとか行きたくなったらどうするんだよ…」
「ふふ、私はせんぱいのことを愛しています。だからせんぱいがおしっこを漏らしても掃除することなんて苦じゃないです♪だから心配しなくていいですよ、それじゃ後でね、せんぱい♥」
両手足を縛られたまま雪乃にキスをされた。
しかしもちろんだが今日は涙一つでなかった。それどころか昨日の涙を返せとまで思った…
しかしもちろんそんな俺の気持ちなど知るわけもなく、軽快にスキップをしながら雪乃は部屋を出て行った…
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