心機一転 前座も立派なお仕事です 1

 スーパー銭湯のライブも無事終了。

「お疲れー!」

「初ライブ楽しかったぁー!」

「お疲れ様!」

 汗だくだくで、三人とも満足げにしていた。

 本当にすごかった。リハーサルで100%出し切ってるんじゃないかと思っていたけれど、本番はそれ以上の熱気だった。

 あの場にいたほとんどの目当ては【HINA祭り】であり、前座が終わった途端に【GOO!!】がつくった空気を塗り替えられてしまうのはけしからんかったけれど、控え室で着替えていたときに、すぐに【HINA祭り】の人たちが挨拶に来てくれたのだ。

「すごかったです! 初ライブで場数踏んでいるような言動取られるとは思わなかったし、うちのお客様を取られるんじゃないかってびっくりしました!」

 まさか歴戦の猛者からそんなこと言われるなんて。

 それは最上級の褒め言葉じゃないだろうか。それには代表して林場が挨拶に向かう。

「こちらこそ、本当にいいライブをありがとうございました。自分たちの初ライブを、こんな貴重な場で」

「いいえ! もし単独ライブするんでしたら、応援しますから! あ、こちら【HINA祭り】のSNSのアカウントに公式サイトです! なにかありましたら連絡してくださいね、こちらも宣伝しますから!」

 そう言って、わざわざ【HINA祭り】さんの名刺を置いていってくれたのだ。私はそれをしまい込む。

 彼女たちは、つくづく場数を踏んでいる。相手の敵にならないで味方を増やす術を知っている。これも覚えて帰らないとな。

 私がそう考えている中、「さっちゃーん!」と声をかけられた。

「ほら、さっちゃん。まあちゃんやこうちゃん誘って、打ち上げしない? そこのフードコートでもいいし、ファミレスでもいいけどっ」

 柿沼に明るく声をかけられるものの、私はちらっと時計を見た。

 そろそろ帰らないと、スーパーの日曜セールに間に合わないなあ。初仕事だから頑張れって応援してくれていても、私の突然の路線変更に困らせているんだから、これ以上は迷惑はかけられない。

「ごめん、帰らないと駄目だから」

「えー、用事? それなら仕方ないけど」

「あんたたちは、打ち上げ行っていいから。なんだったら予算を」

「いいよ。ただ、親睦会したかっただけー」

 べえっと柿沼に舌を出されてしまい、私は目を細めた。

 こいつ、ほんっとうに宇宙人だな。こっちを試すようなことしてきたと思ったら親睦深めたいって、一貫性が全然ない。

 私は「いつか誘って」とだけ言って皆に挨拶して帰ることにした。

 琴葉と真咲も、用事が終わったから私と一緒に帰路に着いた。

「もったいない。誘われたんだから行ってこればよかっただろ。あいつら、気持ちいい奴らだしさあ」

「……あいつらは、芸能界に行くの。私はあいつらを送り出すための、ただの踏み台だから」

「んー、多分柿沼くんたち、さっちゃんがそう言ってるの知ったら泣いちゃうと思うよ?」

「泣かない泣かない。あいつら外面いいだけで、結構いい性格してるから。それより、ふたりとも本当にありがとう。私、人望ないから、ライブのことなんてどうすればいいのかわからずいっぱいいっぱいだったのに、手伝ってくれて」

 ふたりに頭を下げると、真咲はばっさりと「大袈裟」と切って捨て、琴葉は「いいよぉ、そんなの。【HINA祭り】のライブも間近で見られたし」と笑って答える。

「あんたのところも。落ち着くといいんだけどね」

「……うん」

 そればっかりは、私だってどうにかなるのかわからないから。

 帰り際にSNSを確認してみたら、意外と【HINA祭り】のファンの人たちが書き込んでくれているのにほっとした。あと桜木のファン。あと一部の柿沼隼人のファンが気付いたらしく【この子、隼人さんの息子じゃない?】と昔バラエティーで映った柿沼の映像を見てざわついているものの、そこまで大事にはなっていないみたいだ。

 この分なら、柿沼の二世タレント推しはしないって方向性のまま、堅実に仕事を増やせるかな。

 そう思ってスマホの電源を落とそうとしたとき、気になるカキコミを見つけた。


【これって、みっちゃんじゃない?】

【ええ、たしかに顔はいいけど、みっちゃんってアイドルに転向するの??】


 私はそのカキコミに首を捻った。

 ういえば、林場は元々俳優志望だったのに、柿沼に引っ張り込まれて【GOO!!】に入ったとか、履歴に書いてたけど。でも、なんで林場のこと知ってるんだろう。

 その人たちのアカウントを確認してみると、どうもその人たちは観劇が趣味らしい。

 ひと口に劇といっても、ミュージカルから朗読劇までいろいろあるし、有名な劇団は全国公演もしているけれど、この人たちの好きなのは、純粋な芝居のようだ。

 私は林場のプロフィールを確認するものの、特に見つからない。なんでだろう。

 これは明日事務所に行ったときに、事務員さんに聞けばいいのかな。カキコミは気になるものの、そろそろ時間になってしまうからと、足を速めた。


****


 事務所に顔を出したものの、一度前座ライブをしたからと言って、そう簡単に仕事をこちらに回してもらえる訳もなく、相変わらずやってくる柿沼の二世推しの仕事にお断りメールやファックスを送りながら、事務員さんに話しかけてみた。

「そういえば、林場って元々俳優志望だったのに、何故か今はアイドルユニットに所属してるんですよね。たしかにアイドル事務所から出ている俳優も何人だっていますけど、ちょっと謎ですよね」

 私はそう言いながら、最後のファックスを送ると、事務員さんは「ああー」と返した。

「彼、過去に事務所入ってたけど退所してるし、事務所もその履歴を公開してないですからね。そういう子ってうちの学校にも結構いますから」

「え……あいつ、事務所に入ってたんですか!?」

 私は思いっきり事務員さんに振り返って、頭をゴンッと打ち付ける。

 パソコンの入力をしていた他のマネージメントコースの子たちや他の事務員さんが、不審げに振り返るのを、私は「あはは……」と笑って誤魔化したら、事務員さんは頷いた。

「何年周期でやってくる子役ブームのときなんかは、子役専門の事務所が乱立しますから。大手事務所の子役部門だったらまだいいんですけど、中には子役を何年単位で変わる使い捨ての部品扱いするようなひどいところもありますから。まあ、林場くんがいたところは、どちらかというと大手でしたし、むしろ彼は引き留められたと思うんですけどねえ……まあ、思春期はいろいろありますから、林場くんもいろいろ思うところがあって、履歴を消したんでしょうが」

「そうだったんですか……」

 前に見たSNSのカキコミを思い返す。

 あいつが事務所に入ってから退所するまで、いったいどれだけの時間入所していたのかはわからないけれど。ひとっ言もそのことを口にしていないってことは、林場もいろいろ思うところがあるんだろうな。

 これは、私も話を振られない限りは知らないふりを通したほうがいいんだろう。そう割り切ったところで、「あ」と、さばいていた仕事に目を付ける。

 二世タレントのタイアップの仕事を根こそぎお断りして残った仕事はごくごく少数で、中にはちっともこちらの履歴にも残らないものが多いんだけれど。今回はちょっとは実りがあるかな。

 地元の小さな遊園地のヒーローショーの前座だ。

 ひとまず概要を確認したい旨をメールで送り、【GOO!!】のリーダーの林場にも先に仕事依頼をアプリで送ってから、授業に出ることにした。

 思えば。つい数週間前までは普通の高校生で、真咲いわく灰色の学生生活を送っていたのに、今となったらすっかり慌ただしいマネージャーの仕事を続けているんだから、人生どう転がるのかわかりゃしない。

 まあ、あいつらにさっさと箔を付けたくても、まだ知名度が全然足りないんだから、地道に仕事を付けていくしかない。これでいいのかなと思ったりもするけれど、なかなか大きな仕事のオーディションは舞い込んでこないんだから、地道に行こう。

 それに。

 私は事務所を出るときに、ちらっとポスターを見た。

 もうすぐ、芸能コースで事務所所属非所属問わない大型ライブが行われる。

 アイドル希望者や歌手希望者だけでなく、俳優や声優希望の人たちも入り乱れてのライブには、大手事務所のスカウトたちも大勢来る。

 優勝はプロのマネージメントを受けている事務所所属の連中がかっさらっていくらしいんだけれど、ここで芸能コースの連中を事務所に押し込んだから、結果としていい就職先を確保できた先輩たちもいるという。

 まずはそのための箔を付けよう。うん。

 ……ただ、ひとつだけ気がかりなことはあるんだけれど。

 今までは事務所所属の芸能コースの生徒は、基本的に事務所の方針が優先だったから、授業には単位を取れるギリギリでしか来なかったけれど、大型ライブの場合は話が変わってくる。

 うちらの同世代には、相当大物もいるし、今までは全然会わなかっただけの先輩もいるから、その人たちにうちの奴らが飲まれたらやだなあ。

 そうふと思って、首を振った。

 ……芸能界に入ったら、どっちみちそういう連中とも競い合わないと生き残れないんだから、そういう風に考えるのはやめよう。私はあいつらを事務所に入れる。そこまでの役割しかないはずなんだから。

 あいつらには才能がある。私はそれの踏み台になる……それだけだ。


****


「ねえねえ、ライブのこと結構SNSに上がってる!」

 柿沼は元気にスマホでSNSを確認していた。スーパー銭湯のライブは、基本的に写真撮影録画録音はNGで、それが原因でスーパー銭湯自体出禁になった業者もいるらしく、お客様のマナーもいい。

 ファミリー層やら【HINA祭り】のファンやらが、あれこれとライブの感想を書き込んでくれているのを見ると、一応の達成感はある。

「すごい、ゆうちゃんのファンも結構いるみたい」

「う、嬉しいな……告知なんて、本当に二日できたらいいほうだったのに……曲も、完成まで、時間がかかったから」

 相変わらず桜木はマスクで顔を覆い、見える場所を真っ赤に染めている。多分照れて笑っているんだ。

 柿沼の親が特定されていたり、うちの学校の芸能人の青田買いファンが分析していたりと面白いものが流れている中。


【これみっちゃん?】

【え、本当にみっちゃん?】


 一部のコメントに、俺は思わず固まった。

「なんかみっちゃんの話多いよね、そりゃみっちゃんは格好いいけど……みっちゃん?」

「……なんでもない。大丈夫だ」

「そう?」

 ……あの頃のお客様たちが、まさかスーパー銭湯の、しかも前座ライブに来ているなんて思わなかった。まだ、覚えていてくれたのか。

 どうにか動揺を消そうとしているとき、俺のスマホが揺れた。北川からのメッセージだ。

 アプリを見てみると、北川らしいスタンプもなしの簡潔なメッセージが入っていた。


【仕事が入った。地元遊園地のショーの前座。今詳細の問い合わせ中。受ける?】


 俺はふたりに声をかけた。

「北川が次の仕事を見つけてくれたらしい。地元遊園地のショーの、前座になるが。受けるか?」

「遊園地かあ……そういえば、オレ。遊園地は遠足以外じゃ行ったことないなあ。ゆうちゃんは?」

「ぼ、僕は……それなりに行ったこと……あるかな? 林場くんは?」

「俺は」

 子供の頃の思い出なんて、自習室で勉強しているか、レッスン場でセリフの読み合わせをしているか、誰かになりきっているか。

 遊園地が出てくる場面も、遊園地で遊ぶ子供を演じたことも。そういえばちっともなかった。いや、一回はあったか。

「ないな、全然」

「マジか! あはは、遊園地行ってみたいなあ。ショーの前だったら遊びに行けるかなあ?」

「え、でも……あそこの遊園地、結構古いから、あんまり遊べるかどうか、わからないよ?」

「ゆうちゃんはそうかもしれないけど! オレもみっちゃんも遊園地で遊んだことないから! 行ってみたい!」

 柿沼は笑ってそう言うので、俺も釣られて笑ってしまった。

 押しも押されぬ名俳優に、元有名アイドルが両親なんだ。遊園地で遊んでいたらすぐに写真を撮られてしまうし、だからといって撮影でもないのに貸し切りになんてできる訳もない。プライベートでゆっくりすることを考えたら、遊園地なんて場所に遊びに行くなんて選択肢は、柿沼の家にはなかったんだろう。

 俺は笑いながらも、とりあえず形だけは言ってみる。

「北川は仕事の調整中なんだ。遊びに行くんじゃない。もし仕事をするんだったら、それで出かける。遊びじゃないからな」

「えー、でもみっちゃん。遊園地って聞いてそわそわしてるでしょ?」

「子供か。そんな訳あるかっ」

 俺と柿沼のやり取りを、桜木は目を細めて眺めていた。そして、マスクをずらしてにこにこと楽しげに言う。

「うん。友達と遊園地っていいよね。北川さんも一緒に、遊べるといいよね」

「あっ、それいい。マネージャーをねぎらうのも、アイドルの仕事だしっ」

「……それもそうだな」

 彼女が俺たちのマネージメントを引き受けてからも、必死で資格勉強をしたり、授業に出て、成績を落とさないようにしているのを知っている。

 そもそもどこに行っても制服を着ていないんだから、なにか訳ありだろうということくらいは察しが着く。

 北川の友達らしい、よその科の島津や田所だったら事情を知っているかもしれないが、彼女が言いたがらないのを聞き出すのは、野暮ってもんだろう。

「彼女にも、楽しんでもらおう」

 そのひと言で、柿沼と桜木は、手をバチンと叩き合ったのだ。

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