祭り上げられた聖女様が、たとえば世界を呪ったら。

野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨

第1話 聖女・ルーの選択は



 私の名前は『ルー』。

 ただの『ルー』。

 家名が無いのは、私が平民出身だからだ。


 

 ある日の事。

 知らない人達がやって来て、こう言った。


「貴女は神に選ばれた。来なさい」


 胸に青の十字架が描かれた白装束のお爺さん。

 そんな彼に平民街の一角から連れ出され、私は今教会の中で暮らしている。


 美味しいご飯を食べ、高級な服を着て、清潔な教会に住んで。

 そんな私を王や貴族は特別扱いし、教会の信徒は敬い、民衆達は賞賛する。



 今、幸せかって?


 答えは簡単、「ふざけんな」である。




 肉が大好物な私に出されるご飯は、全て精進料理。


 服は確かに高級だけど、教会の時に着せられるのは薄くて寒い生地の服だし、貴族に呼ばれた時なんかは「殺す気か」っていうくらいにコルセットでウエストを締め付けられる。


 そして清潔な場所に住める代わりに、外には滅多に出してもらえない。

 これでは程の良い隔離だ。



 不要なものばかりを与えられ、欲しいものには手が届かなくなった。

 それが、私にとっての今だ。


 私は例え日々の暮らしが困窮していても、たまには肉を食べられる生活の方が良いし、高級な服だって要らない。


 確かに私は吹けば飛ぶような荒屋に住んでいたけど、そこには確かに自由があった。

 自分の体力とお金が許す限りなら、好きなものを食べて、好きな服を着て、好きな場所へと行けた。



 そんな私の幸せを奪ったのが、『聖女』という肩書だ。



「みんな、勝手過ぎるのよ」


 その呟きは、誰の耳にも届くことはない。



 自分の理想の『聖女』像を、みんな私に押し付けてくる。


 聞き分けがよく、献身的。

 そんな理想の『聖女』像を。



 「神からのお告げがあったから」というだけで、私は『聖女』に祭り上げられ、隔離された部屋の中で、日がな一日ただ神に祈ることだけを強いられた。



 え?

「嫌なら拒絶すればいい」?


 ならば貴方は出来るだろうか。

 聖女あるまじき言動に向けられる刺す様な非難の目。

 それを真っ向から受けながら、それでも自分を貫く事が。


 1対全国民。

 形勢があまりに不利過ぎるのだ。


 だから私は例えお腹が痛くても熱が出ても、日々の神事を休めない。



 そんな私の前に、今まさに転機が訪れていた。

 目の前にあるのは、一つのボタン。


 『押すな』と書かれたボタンである。



 場所は聖堂、祈りの間。

 そこは物理的に『聖女』以外の者が入れない場所であり、それが『聖女』が必要な一つの所以でもある。



<汝、『闇』を欲するか>


 一体誰が作ったのか、ボタンの前の石碑にはそんな言葉が刻まれていた。



 それは間違いなく『聖女』への問いだ。

 その問いに、きっと歴代の聖女達は「No」と答えたのだろう。


 だからこそ、今も世界は此処に在るのだろうから。



 『闇』の正体には、すぐにピンと来た。

 この国では至極有名な話だ。


 曰く、「ある日突然『闇』が世界を覆った。それを封印せしめたのが、初代『聖女』である。彼女はひかりの彼方に消え、その後2度と戻っては来なかった」。



 そう、それこそが『聖女』の存在意義なのだ。

 『聖女』とは、『闇』を封印するために選ばれてそれを成し遂げる者の事である。

 自らの命を犠牲にして。



 つまり国も教会も民達も、みんな私に「死ね」と言ってここに送り込んだのだ。

 勿論「天上に昇る」なんて、綺麗な言葉で飾ってはいたが。


「そんなの、自分の醜い心を自覚したくない人たちの綺麗事よ」


 だって彼らはみんな、安全なところから誰かがどうにかしてくれるのをただ待っているだけなのだから。



 両親は両手(もろて)を上げて『聖女』の誕生を喜び。

 王や貴族は口を揃えて私に「使命を成せ」と言い。

 教会は「名誉な事だ」としきりに羨ましがり。

 そして民衆は『聖女』という存在を崇拝しながらも、それをどこか遠い世界の御伽噺だと思っている。


 そうやってみんな、犠牲の上に成り立つ幸せを当たり前のように享受しているのだ。



 そんな狂った世界に、なぜ私が命をかける必要があるのだろう。



 「みんなの幸せのため」?

 バカを言え。


 その『みんな』に私が入っていない時点で、それは決して正しく『みんな』ではない。

 そうやって、きっと今までの『聖女』も殉教してきたのだろう。


 そんな過去の真実さえ真正面から見ようとしない連中に、どうして命を捧げられる。



「……あぁ。こんな世界、どうにかなってしまえばいいのに」


 気が付けば、ボタンに手が掛かっていた。


 もしも『闇』を欲するのなら、その願いと共にこのボタンを押せ。

 この石碑とボタンが、そういう意味の代物だと、知りながら。



 こうして『闇』は、解き放たれた。


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