パンケーキ

弱腰ペンギン

パンケーキ

「ねぇ、早く食べようよ」

「ちょっと待って」

 彼が、カフェのパンケーキに夢中だ。主に撮るほうで。

 かれこれ10分くらいカシャカシャカシャカシャ……。スマホ取り上げようかな。

 にしても、飽きないわね。写真撮るだけで何が嬉しいのかしら。

 食べるのが一番だと思うんだけど。っていうか少しずつしぼみ始めてるのわかんないのかな?

「先食べるね」

「あ、ちょっと待って!」

 ちょっと待ってはどのくらいだろう。もう10分待ってるっつの。

「もういい加減にして。周りの目も気にしてよ」

「俺は別に気になんないし、この一瞬が大事なんだよ!」

 あんたの刹那はどんだけ長いんだよ。加速装置でも使ってんのか。

「その大事な一瞬で、バターが下に落ちてるの気づけよ」

「っは! 大変だ! 店員さんに言わなきゃ!」

「言うな!」

 白い目を三周くらい通り越してもはや応援されてるんだよ。悲しいくらいだよ!

 店員さん『旗、立てましょうか?』くらい言い出すわ!

「ねぇ、もう写真撮んのやめてくんない? 食べたいんだけど」

「わかってるんだけど、この素晴らしいスイーツを余すとこなく写真に収めたいじゃないか!」

 その素晴らしいスイーツの食べごろをどんだけ逃がすつもりよ。

 後、シェフがこっち覗いてるから。食べて欲しいけどそこまでやってくれるなんて嬉しい、複雑! みたいな表情して泣いてるから。泣かれてるんだから。

「もう食べるね」

「あっ!」

 パンケーキにフォークを入れる。ちょっと固くなっちゃ……ってない!?

 え、嘘、ふわっふわのままなんだけど!

 っちょ、うわー、ハチミツの香りがすごい。甘そう……そしてカロリー高そう。ふふ。よだれ出てくるわ。

 なるほど。いつものプレーンを頼もうといった理由が分かったわ。ハチミツとバターだけのシンプルなパンケーキにしたのは、クリームとか果物とかでべちゃっとならないようになのね。

 ……ハチミツで少しべちゃっとしてるけどね。

「いただきます」

 フォークで一口。口に広がるケーキとハチミツの香り。

 既に溶けて混ざってしまったバターが後から追いかけてくる。

 一つに混ざったスイーツの味が、じゅわぁっと口の中一杯に広がる。

 あ、ヤバイ。水飲んだら二口目すぐだコレ。太るわ。

「ストップ!」

 パンケーキにフォークを突き刺そうとしたその時、彼に止められた。

「あぁん?」

 ごちそうを目の前にお預けされた犬のように、彼をキっとにらみつけてしまう。

「その切り口。最高だよ」

 彼は食べかけのパンケーキに向かってカシャカシャし始めた。

「っちょ、やめて。それは本気でやめて」

「だって、こんなおいしそうなパンケーキが、ちょっと食べただけでもっとおいしそうに見えるんだよ! 撮らなきゃいつとるんだよ!」

「後でしょ!」

 制止しようとする彼。食べようとする私。激しい攻防の末、皿を守り切った私の勝利!

「ゆっくり、食べますからっ!」

 ガルルと、彼をにらみつけながらパンケーキを食べる。あぁ、おいしい。

 ちなみに彼がパンケーキを食べ終わったのはそれから10分後だった。


「お待たせいたしました」

 今日もまた、いつもの夫婦が来ている。

 日当たりのいい窓際の席。二人で向かい合ってパンケーキを食べる。

 前は週に一度の贅沢なんだと言っていたけれど、今は月に一度となった。

 何もトッピングしない、シンプルなパンケーキ。それをおいしそうに食べて帰っていく。

 今日は慣れないスマホデビューなのか、写真をカシャカシャと撮っている。

 奥さんは早く食べたいらしく、お皿を抱えて大事そうに食べ始めた。

 そして今日も二人仲良く、手をつないで帰っていった。

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パンケーキ 弱腰ペンギン @kuwentorow

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