第25話 誰かの為じゃない、人の為に描きたい

石原は変わって無かった。

当たり前だが人間とはそんなに簡単には変わらないよな。

でも残念としか言いようがない。

あの後、俺達は警察に説明してから愛花と合流した。


「長石。すまなかったな」


「気にするこたぁない。俺は何時だってお前の味方だ。という事で.....まあ何かあったらまた呼んでくれ。加勢するぜ」


「.....お前が居て嬉しい限りだ。長石」


「そんな水臭い。.....有難うはこっちの台詞だぜ」


長石と俺は笑い合う。

それから長石は、じゃあな、と手を挙げて去って行った。

俺はその姿を見ながら.....溜息を吐く。

そして.....こう思った。

アイツがずっと.....居たらな、と、だ。


「道春さん」


「.....何だ。愛花」


「本当に良い方ですね。長石さん」


「.....ああ。本当に良すぎるぐらいにな」


俺は思いつつ愛花に向く。

そして、愛花。今からまた画材を見に行くか、と聞く。

すると愛花は、そうですね、と笑みを浮かべた。


それから絵の具セット。

さっき貰い損ねたやつを受け取った。

愛花に預けていたのだ。


「.....有難うな。これ。愛花」


「.....はい。全然大丈夫です」


「.....愛花。お前もそうだけどみんな居て良かった。俺は.....復活の光を描けたから」


「ですね.....本当に良かったと思っています。新しい.....絵を。描けて」


「今からが最初だな」


ですね、と愛花はニコッとする。

その姿に俺は笑みを少しだけ浮かべる。

そして俺達は邪魔が入ってしまったがデートを再開した。


それから.....今度は商店街の画材屋さんにやって来る。

この商店街は風情ある商店街なのだ。

その為に様々なものが置かれている。

昭和な感じだ。


「この場所は私もお気に入りです」


「.....そうなんだな。俺も気に入っているんだけどな。色々あるし。それに.....絵のモデルにもなりそうだから。昭和が残っているよな」


「はい」


好きと自覚してから。

俺の気持ちは本当に色々と揺らいでいた。

だけどこうしてみんなが俺を支えてくれる。

だからやっていけている。

思いつつ.....俺は愛花を見る。


「そうだ!画材屋さんもそうですが見て回りませんか。商店街」


「それはどういう意味だ?」


「つまり絵の参考になりそうなのを探すんです」


「.....それはこの商店街でか?」


「はい。絶対に良いと思います。レベルアップが出来ますよ」


確かにな。

言われてみれば良いものばかりだもんな。

思いつつ俺は顎を撫でる。

それから.....周りを見て回った。

そうしていると.....。


「おや?恋人同士かい?」


風情ある魚屋さん?の店主?のお爺さんから声を掛けられた。

愛花は、いえ。私達は親友同士です、と答える。

するとそのお爺さんは眼鏡を上げてから、こりゃ失敬、と謝って来た。

それからニコッとして.....俺の顔を見て驚く。

目を大きく見開く感じだ。


「もしかして君は道春君じゃないか?」


「え?俺の事を知っているんですか?」


「当たり前じゃないかい。だって.....君は私が認める素晴らしい絵で毎回受賞していたからねぇ。懐かしいねぇ。最近は新聞に載らないけど.....どうしたんだい?」


「.....それは.....」


まあとは言え人には事情が有るからね。

とお爺さんはニコッとする。

そして、そうだ、と声を発してから、おい婆さん!ちょっと席を外すよ!、と奥に居ると思われる奥さん?に声を掛けたお爺さん。

そして俺の手を引いた。


「ちょっと来てくれるかい?」


「.....どうしたんですか?」


「.....君に見せたいものが有るんじゃ」


「.....え?え?」


そして奥に連れて行かれた。

住宅兼店舗だった様だ。

そして2階に案内される。

愛花も付いて来る。

それから俺は何かを見せられた。


「.....これは君が受賞していた時の新聞の切り抜きだよ。.....君は本当に良い絵を描いていたからね」


「.....!」


「.....道春さん.....凄いですねこれ」


そこには。

新聞の切り抜きが無数にあった。

それも全部俺のものだ。

俺がかつて受賞したものばかりの新聞の切り抜きだ。

ただただ見開いてしまった。


「私は君の絵が好きでね。.....最近は活躍が見られなかったから。孫を失った様でだから少し寂しかったよ。でも元気そうな顔を見れて良かった」


「.....これは.....」


「君は才能ある子だ。君に当てられて私も絵を描き始めたんだよ。下手糞な絵でね。下手糞な水墨画なんだけど」


「.....」


水墨画と言って見せてくれたその絵は。

本当に素晴らしい絵だった。

どうやら鯉と池をイメージしたものらしいが.....よく出来ている。

日常を切り取るのが上手い。

俺は.....複雑な思いだった。


「.....君はまた絵を描くのかい?道春くん」


「.....絵を描けなかったんですが描ける様になりました。.....そうだ。今この場で描く事も可能です。描いてあげましょうか。折角買っている物もありますし」


「え?.....道春さん。大丈夫ですか?」


「.....ああ。誰かの為に役に立てるなら描きたい」


それが絵だと思う。

そしてそれが絵に込める為の思いだと。

教えてくれたんだ。


みんなが、だ。

だから描きたい。

描かずにいられない。


「本当かい?!それは嬉しい。お金を払わないと」


「お金!?.....いや要らないですよ。.....俺が描きたいだけなので」


早速準備を始める。

するとお爺さんが俺を覗き込んできた。

それから笑顔になる。

俺を見つつ、だ。


「そういえば笑顔になっている。君は以前より」


「.....俺ですか?.....そうですかね?」


「.....ああ。君の顔は爽やかになった。昔よりね」


「.....」


俺は今までずっと。

人の為、に描くものでは無いと思っていた。

例えばそうだな。

評価されればそれでよし、と思っていた。


だけど絵はこうして人を変える力を持っているという事を知ったのだ。

栗葉が、愛花が、みんなが。

それを教えてくれたのだ。


だから描かずにはいられない。

今のこの状況では、だ。

だから描く。

なんとしても、だ。


「愛花。水を」


「はい!」


「買ってもらった絵の具使うけど良い?折角のやつ」


「良いですよ。全然。その為に有るんですから」


人の助けになっているんだな。

俺の描いただけの絵が。

それは.....嬉しいな。


思いつつ俺はキャンバスを取り出したりして.....準備を始めた。

絵は.....そうだな。

あれを描こう、と思いながら、だ。

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