コトルの林檎

瑞浪イオ

黒い影

第1話 微笑み

「私の身体に広がっていく黒い静かな毒を、最初はちょっと憎んでいたけれど、花の種だと思うことにしたの。やがて時が立てば私の体中に花が咲いて、きっと私の形は無くなるけれど、それもいいって思えたの。--でも彼はまだ、そう思いたくはないみたい」


 困った顔をして彼女は笑った。


「おいらが見えるのか?」

「――私とあなた、とても近くにいるもの」


 その眼には光だけが無い。代わりに見透すような水底の青が静かに在った。

 小さい蜘蛛が一匹、窓際をぴょこんと跳ねた。窓際に置かれた水が入ったコップを覗き込んで大きな滴の一粒を舐めた。

 コトルはベッドから上半身を起こして、いつもの丘を眺めながら微笑んだ。そして真っすぐおいらを見つめた。

 彼女は、諦めでも、悲しみという表情でも無かった。ただ、太陽さえ嫉妬するようなあの光が今、無かっただけだ。

 

 その色は、おいらにとっての合図でもある。


 みんながおいらを見るわけではない。見ないのに大抵の人は皆、おいらを毛嫌いする。

「奪うもの」だとか「黒い影」だとか、たくさんの呼び名を使う。その心で恐れるからだ。


 案外、悪いものじゃないよ、と言ってあげたくもなる。その深淵を覗いてみればそう思うことだってできるかもしれないのに。

 ……大事な仕事なんだ。嫌われるのは仕方がない。


「君が迷わないように、新しい世界へ連れて行ってあげる」

 できるだけ彼女が怖がらないように精いっぱいの優しさで、おいらは言った。

 彼女は小さな歌声で、ただ会えなくなることの寂しさを微笑みで返した。

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