第二十七話 犬も食わないもの
注:この回でもお酒を飲んだと思われる登場人物がその後車を運転する場面があります。彼らが住んでいるヴェルテュイユ国での酒気帯び運転と見なされる呼気アルコール濃度値が少々高めという設定です。決して飲酒運転を奨励しているわけではありません。再び注意を喚起します。
******
土曜日、マテオとの予定がなくなった私は学科の友人たちの飲み会に参加することにしました。マテオは土曜日の朝も別の用事があると言っていたので金曜日の夜から私は叔父の家に帰っていました。
当日は久しぶりの友人たちと二次会の途中にマテオから電話が掛かってきたのに出たのが間違いでした。いえ、出なかったらもっと面倒なことになっていたでしょう。
「キャス、俺はもうそろそろ帰宅する。周りが賑やかじゃないか、今何処だ?」
「えっと……大学の近くの飲み屋よ」
「誰とだ? 出掛けるとは聞いていないぞ」
今晩の飲み会は学科の助手など、男性も数名居たので彼には言いたくなかったのです。
「だって言わなかったもの。急に決まったし、貴方は今夜遅くなると思ったから」
「なあキャス、今晩の予定が変更になったことをまだ
「最初から拗ねてなんていません」
「今すぐ行くから待ってろ」
「いいわよ、マテオ。貴方ご実家でワインをたくさん飲んだのでしょう? 今晩は泊まらせてもらったらいいのに」
「君のバイト先と同じ通りか? 住所をメールで送れ。近くなったら電話するからな」
会話が噛み合わないまま通話が終わりました。私は大きなため息をつきながら席に戻ります。
私の周りはかなり出来上がっており、皆上機嫌でした。無事に一年を終え、夏休みを迎えられるので当然のことです。マテオがこの店に乗り込んでくる前に外で待っていた方が良さそうでした。
飲み屋の前まで迎えに来たマテオは私を拉致するがごとく助手席に押し込め、スポーツカーを急発進させました。一緒に飲んでいた友人たちに見られていないことを祈るのみでした。
「カoツォ! キャス、そのドレスは何だ?」
機嫌の悪いマテオが車のハンドルをバンッと叩いています。
「マテオ、今何て言ったの? これ似合っているって?」
今日の私は珍しくワンピースを着ています。リサが選んでくれた、臙脂色で背中が大きく開いていて肩から腰にフリルがついた膝丈のものです。
「違う! いや、似合っていてすごく可愛いのは本当なんだが……」
「卒業して就職して、時間とお金に余裕が出来たら私もイタリア語を少しは覚えたいなぁ。カoツォ?」
「プリンチペッサ、君は悪い言葉を覚えなくてもいい! そのドレスは何だ、背中も太腿も見えるし、もしかしてノーブラか?」
「カップが付いています」
「要するにブラジャーを付けていないってことじゃないか、それに露出が多すぎる!」
私もやっぱり背中と脇が気になっていたので空調の効いている店内ではずっとカーディガンを羽織っていました。しかし私もカチンときていたので、それをマテオに言うのはやめました。
それ以降、車の中では二人とも口をきかず、マンションの部屋に入った途端、私の飲み会について知らされていなかったことをマテオが蒸し返しました。
「夜遅くなる時は必ず事前に連絡しろって言ってるだろ、キャス!」
「私が言おうが言わまいが貴方が心配するのは変わらないじゃないの。だったらご実家での皆さんの集まりに水を差さない方がいいと思ったもの」
マテオの威圧的な態度に反抗して私は言い返していました。普段なら私はもっと大人しく彼の言うことを聞いています。それでも今夜だけは違いました。
「後で知らされる俺の身にもなってみろ!」
私は台所の方へ向かおうとしたところ、マテオに腕を掴まれて振り向かされます。
「どうして貴方は私の行動や服装まで制限しようとするの?」
「制限してはいない、報告しろと言っているだけだ。恋人として当然だろう」
「恋人というのは同等の立場に居る二人のことよね。貴方はただの支配欲の強いストーカーで、私を服従させたいだけじゃない!」
「何とでも呼べ! 俺達が恋人同士なのは変わらない。ああ、そうだ、それから君は使用人でもない。うちの母が君を家政婦と勘違いした時にどうしてすぐに訂正しなかった?」
「家政婦の何が悪いのよ! それにあながち間違ってはいないわ。私、貴方と出会った時は確かに子守り兼家政婦だったでしょう!」
「とにかく、その件については母の無礼を謝る」
何だか風向きが変わってきました。
「無礼だなんて。あの状況ではお母さまが間違えるのも無理はなかったわ。それに貴方が私をお母さまに紹介したいのかどうか分からなかったから……」
マテオの拘束は緩み、彼の手は私の両頬を優しく包んでいます。
「テゾーロ ミオ、君を両親に紹介する時はもちろん恋人としてに決まっている」
私の唇が彼のそれで塞がれました。そこで私たちはまだ玄関ホールに居ることに気付き、私ははっと我に返りました。
「マテオ、お母さまがいらっしゃった時、監視カメラが何でも映しているって言っていたわよね」
あの後、防犯カメラが確かに玄関を入ったところに設置されているのを発見した私は、みるみるうちに血の気が引いていったのです。
「ああ。用心に越したことはないからな」
「カメラの映像を見ることができるのは貴方だけなの? 今の私たちもしっかり録画されているの?」
マテオは玄関を入ってすぐに私を抱きしめて口付けることがよくあります。時にはお互いの情熱に任せてそれ以上の親密な行為に及ぶこともあるのです。
「人の出入りや動きがあった時に作動して携帯に映像が送られてくる。パソコンでも見られる。この角度だと映っていないだろうな、ドアの前だけだ」
「ムッシュ・フォルリーニ、貴方はどのくらいの期間、その映像を保存しているのかしら? 今すぐ全て見せて頂けないこと?」
完全に形勢逆転です。私は毅然とした態度でマテオに訪ねました。
「キャス? どうした?」
「だから、私がその存在を知らないのを良いことに、今まで貴方は自分が設置したカメラの、ま、前で……」
私は言葉に詰まりました。
「キスやハグくらいどこでもしているだろ、俺達」
マテオがニヤニヤし始めました。
「それだけならともかく、だって私たちは時々……」
私の声は尻すぼみになってしまいました。
「ああキャス、君の服を半分脱がせただけで立ったままフoッOした時とか、君が俺のズボンをいきなり下ろして……」
「キャー! カメラに映っているって分かっていたのにマテオ、よ、よくも……」
「玄関だろうがどこだろうが、俺は君の欲求をすぐに満たせてやりたいし、君が積極的にシてくれる気になっているのを拒む手はないだろ」
「マテオのバカァ!」
私は彼の胸をドンドンと叩いていました。
「悪かった、キャス。でもカメラの映像は解像度が低いし細切れだから全然……」
「そういう問題でもありません!」
監視カメラの映像は定期的に削除するとマテオに約束させてその夜の口喧嘩はなんとか無事に収まったのでした。
次にマテオが機嫌を損ねたのは私が夏休みに短期の仕事に就くことを知った時でした。
研修に行っている病院の厨房での調理補佐に応募して採用されたのです。入院食を作る現場での仕事には職業的興味がありました。
「夏休みなら君も時間が取れるだろうから旅行や出張に一緒に行けると思っていたのに。七月にイタリアに行く時は君も連れて行く気だったんだぞ。どうして勝手に仕事を入れるんだ!」
「休みの間にしかまとまった収入がある仕事ができないもの」
「学校がある時も休暇中も駄目だったら俺はいつ君とゆっくり旅行ができるんだ?」
「私だって貴方と行けるものならそうしたいわよ! 私がどんな気持ちで毎回貴方を送り出して、帰りを待ちわびていると思っているの? 事故に遭っていないか、大勢の綺麗な女の人に囲まれていないか、心配で心配で……」
怖い顔をしていたマテオの表情が少し和らぎました。
「ほう、今まで嫉妬するのは俺の専売特許だと思っていたが、たまにはキャスに妬かれるのもいいもんだな」
「茶化さないでよ、もう! 人の気も知らないで! 私はまだ学生で、早く卒業してせめて自分の食い
私は涙まで流していました。
「分かっている、キャス。とにかくどこへ行っても君が居ないと寂しいしつまらない。だから必ず君の元へ無事に、しかも速攻で帰ってくる」
「完全な八つ当たりだったわ……ごめんなさい、マテオ」
マテオによると二人の喧嘩はいつも私が主導権を握ってしまう、とのことでした。
***今話の三言***
カoツォ
マテオくんの言っているように悪い言葉です。良い子は言ってはいけません。
プリンチペッサ
お姫様
テゾーロ ミオ
私の宝物、愛しい人
今話のまとめ:マテオくんがカサンドラを支配、束縛しているように見えて実はカサンドラがマテオを手のひらの上で転がしている感じ。
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