第二十四話 嫉妬と独占欲
「で、リサ。私が知る限り貴女ってヘテロよね。バイだったの?」
「最近ね、男漁りもちょっと飽きてきたっていうか、何か虚しくって。よっぽどイイ男だと話は別だけど。ただ断り文句に使っているだけよ」
友人二人のこんな会話を聞きながら私はお手洗いに立ちました。そして携帯に伝言とメールが入っているのに気付きました。レストランでは着信音が聞こえなかったのです。
予想通り、マテオからでした。私はけじめのために、毎月の携帯電話代は彼に払うことにしましたが、名義はそのままでマテオ・フォルリーニです。ですから番号を誰にでも教えることは避けていて、今のところマテオと家族以外がかけてくることはないのです。
彼が如何にイライラしているかが目に浮かび、お手洗いの前ですぐに電話を掛けました。
「マテオ、ごめんなさいね。レストランが意外と賑やかで、電話が聞こえなかったの」
「楽しんでいるようで良かった。今どこに居るんだ? 迎えに行く」
迎えに来ると言うマテオはまだお酒も飲まず、部屋着にも着替えていないということです。ここは素直にお礼を言う方が賢明です。
「ありがとう、マテオ。でも今レストランを出てバーに入ったばかりだから……」
もう少し女友達との時間を楽しみたいのが本音でした。
「女の子だけでバーだと? キャス、知らない人間から渡された飲み物には絶対手を付けるなよ。どこのバーだ?」
「でも……」
「住所かバーの名前を言え」
駄目です、反論も何も受け付けないぞ状態のマテオ・フォルリーニになってしまっています。
「レベック通りのMという所よ」
「十五分で着く」
「マテオ、もう少しだけお喋りしたいのよ、特にアンソは本当に久しぶりの外出なのだから……」
私は作戦を変えて、お願いしてみることにしました。
「……じゃあ、俺はバーのカウンターで君達の邪魔をせず一人で待つことにする。一時間だけだ、いいな」
効果があったようです。渋々ながらマテオは妥協案を出してくれました。
「嬉しい、良かった。無謀運転をせずに気を付けて来てね、大好きよマテオ」
お酒が少しだけ入っていた私は大胆になっていました。
「……あ、ああ俺も。ティ ヴォリオ ベネ」
マテオが意表をつかれたのが分かります。なんだか可愛いです。電話が切られる前に彼の足音とドアが閉まる音がしました。彼は既にマンションの部屋を出たのでしょう。
「そういうアンソはもうそろそろ誰かとデートする気にならない?」
「全くないわ。さらさらの金髪に碧い目の、私だけを無条件で愛してくれる男性に夢中だもの」
「はいはい。月齢十カ月の彼ね」
「アンソ、今晩は遅くなっても大丈夫なの」
「ええ、結局リサの実家にダニーと一緒に泊めてもらうことになったのよ」
「ついでに私も今晩は実家泊よ。車もそこに置いてきたから、明日の朝アンソとダニーを送って行くつもり」
私はそんな話をしながらも、そろそろマテオが来ているのではと気になっていました。
「あれ、あそこのカウンターでバーテンの前に居る黒ずくめのイケメン見てよ。さっきから観察しているとね、彼がここに入って来た時から周りの女共の目が釘付けよ」
私はリサの言葉にギクッとしてそっと振り返って見るとやはりマテオでした。先程電話で話してからそう時間も経っていません。見事なブロンドの女性に話し掛けられています。
「……」
「でも彼、どこかで見た事あるような気がするのよね」
「し、知り合いなの、リサ?」
「違うわ。あんな超イイ男、一度知り合ったら忘れるはずないじゃない」
近眼のアン=ソレイユはバッグから取り出した眼鏡までかけてマテオを見ています。
「まあ確かにかっこいい人だとは思うわ。あら、あの金髪女はお気に召さなかったようね。蜜蜂が花に寄って来る状態とでも言うのかしら」
「そんな可愛らしい表現じゃないわよ、ハイエナが獲物にたかっている状態のほうがしっくり来ない?」
私は酔いも醒めて、胃がねじれそうな感覚に陥っていました。今日はマテオが良く似合うと言ってくれたシンプルなすみれ色の花柄シャツとスキニージーンズを着てきました。このバーに来ている他の女性に比べると幼過ぎる装いです。私たち三人の中ではリサが一番大人っぽく見えます。
「ね、ねえ、リサも彼のこと誘惑したいと思うの?」
何故か数秒間の沈黙がありました。
「……全然思わない」
彼女は思わせぶりな笑顔で勿体ぶって答えました。
「でも、まあ、そうねぇ。ちょっと話しかけてみるわ」
そしてリサはさっさと席を立ち、マテオの方へ向かって行きます。
「リ、リサ!」
「あら、まぁ!」
私はマテオがリサに誘われるのを指を
「リサったら男漁りは飽きたって言ったその舌の根も乾かぬ内に……呆れたわ。というか、どうしてあの二人握手なんてしているの?」
アン=ソレイユは眼鏡をかけたまま実況中継してくれています。
「えっと、イケメン氏がこちらに真っ直ぐ向かって来ているのですけれど? ってもしかして彼って……」
彼女が言い終わる前に既にマテオが私の隣に立っていました。
「やあ、カーラ ミア」
恐る恐る見上げた私の顎に手を添えてマテオは私の唇にキスをしました。
「まぁ……」
アン=ソフィーの感嘆のため息が聞こえてきました。たった数秒間だけだったのですが、友人たちの前でするキスにしては長すぎです。
「あの、マテオ、こんばんは」
私の隣に座るマテオに私は何とも間抜けな挨拶をしていました。
「一時間経っていないが、お友達がもう君の所へ行ってやれと言ってくれたから」
向かいにはアン=ソレイユのニコニコ顔とリサの得意顔がみえました。
「リサ! どうして彼がその、マテオだって分かったの?」
「簡単よ。フォルリーニさんって如何にもイタリア系の顔つきだし、どこかで会ったことがあるって言ったでしょう? 以前付き合っていたイタリア人に連れて行かれたスポーツバーで彼を見かけたことがあるのよ。その彼があの人がマテオ・フォルリーニだよって教えてくれて。その上フォルリーニさんったら、ここに入ってきてからずっとキャスのこと何気にガン見しているのだもの」
「もう、リサったら……」
私は半分泣きそうな顔になっていたかもしれません。
「キャス、フォルリーニさんが貴女と熱愛中だと知っているリサが彼にちょっかい出すわけないじゃない。いくら彼が好みのど真ん中でも。それにしても相変わらず凄い洞察力ね、リサは」
そこで私の親友二人とマテオは改めて自己紹介し合っていました。
「貴方が来てくれたからもう今晩は大人しく帰ります。我儘言ってごめんなさい、マテオ」
「こんなの我儘に入るもんか。それに君の我儘を聞くのは俺の喜びだからな」
「うわっ、甘々ー!」
「ねえ、リサとアンソはまだ残りたいならゆっくりしてね」
「いえ、私も帰るわ。リサもそろそろお開きでいいわよね」
「もちろんよ。今晩は思った以上に楽しめたもの」
「リサ、ここの料金は私が払うわね。レストランで全部払ってくれたでしょう」
私は会計をしようと手を挙げてウェイターを呼ぼうとしました。
「会計はもう俺が済ませている。さあ、行くぞ。お二人ももちろん送って行こう」
「そんな、とんでもないです。地下鉄の駅もすぐ近いですし。お気遣いありがとうございます」
「キャスの友達をこんな夜中にダウンタウンに置いていけるわけがない」
「え、でも……あの、ここの飲み代もありがとうございました」
マテオは最初からリサとアン=ソレイユも送ってくれるつもりだったのでしょう。今夜は四人がゆったりと乗れるSUVの方を運転していました。そして彼は遠慮している友人二人も有無を言わさず車に乗せ、彼女たちを送ってくれたのです。
***今話の二言***
カーラ ミア
私の愛しい人(女性)
ティ ヴォリオ ベネ
あなたが大好きです
心配でしょうがないマテオくん、ついに女子会会場に乗り込んできました。そうしたら他の女性から目をつけられて、カサンドラの方が心配をし始めて……
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