第二十一話 彼のマンション
「この階には何戸入っているの?」
「二軒だ。うちは左側、反対側には俺の友人が住んでいる」
「貴方のことだから豪華なマンションなのだろうとは思っていたけれど、これほどだとは予想もしていなかったわ」
「まあ、他人より俺が恵まれているのは重々分かっている。運が良かったとも言えるな」
それでもマテオは日々仕事に追われていて、遊び暮らしているわけではありません。これだけの資産を管理維持していくのも並大抵のことではないのでしょう。
入ってすぐは玄関ホールで天井が高いと思って見上げるとなんと上の階に続く階段があるのです。ホールの向こう側は居間で、その外には素敵なテラスにちょっとした庭まであります。私の口はポカンと開きっぱなしになっていたに違いありません。
「俺は今すぐにでもシャワーが浴びたい。今朝運動して着替えただけだったから」
「私を迎えに来たから時間がなかったのね」
「俺がシャワーを浴びている間、家の中どこでも好きに見て回ってくれ。俺の浴室に侵入して来ても歓迎する」
いやだ、マテオったら、と言葉が出る前に腰を引き寄せられて優しく唇を塞がれました。何秒間かお互いの唇の感触を楽しんだ後、名残惜しそうに彼の体が離れました。
「それとも一緒に風呂に直行するか?」
「いえ、遠慮します。この広い家の中を探検する方が楽しそうだもの」
「まあいい。今のうちに見て回っておけばいい」
どうせ今晩はベッドから出さないからな、などと楽しげに呟きながらマテオは階段を上っていきました。
私はまず台所から見ていくことにしました。調理器具や食器は全て収納されていて、中央に大きなカウンターがあります。居間との間に壁はなく階のほぼ全てが見渡せるようになっています。奥にドアがあるので覗いてみるとそこはなんと食料や調理器具の収納場所でした。
「ウォーキングパントリーとでも言うのかしらね、ここだけでちょっとした一部屋になるし、我が家の浴室よりも大きいわ」
この階には書斎にトレーニング室、お手洗い、洗濯室がありました。上の階にも上ってみました。主寝室らしき広い部屋の扉は開いており、中からはシャワーの音が聞こえてきます。寝室は他に三部屋もあり、廊下のつきあたりには外のテラスが見えます。
「この階にもテラスがあるのね」
ガラスの扉はすぐに開いたので私は外に出てみました。下の階のテラスに外から直接降りられる階段もあります。この方角だと街の南側を流れているロラン河が良く見えました。
「ここに居たのか」
振り返るとマテオは腰にタオルを巻いただけの姿でした。
「素晴らしい眺めね」
何気なくそう言ってしまってから、ニヤニヤ笑いのマテオが近付いてくるのでしまったと思いました。
「ご希望ならこのタオルも取り払いましょうか、シニョーラ?」
「え、えっとそういう意味ではなくて、私はその、景色が……」
しどろもどろにになってしまいました。そしてマテオが両手で私の
お尻を荒々しく撫でられる感触に、私は全身が粟立ってきました。マテオの胸板に頭を預け、彼の背中に腕を回してしがみついていないと立っていられそうにありません。
「マ、マテオ、私……もう」
「なあキャス、ここで立ったまましようか?」
片手は私のお尻に残したまま、もう片方は前の方に移動してきました。
「え、でも、屋外よ」
そう言うので精一杯でした。彼の唇が私の耳たぶや首筋を這っていて、私はすっかり身体に火がついてしまいました。彼の手や唇が移動する度に私の口から甘い吐息が漏れます。
「誰にも見られることはないが、声が隣のテラスに聞こえるな」
彼はしょうがないと呟きながら私の体を抱きかかえて家の中に入りました。彼の寝室に入ってからは私は横抱きにされ、ベッドの上にそっと下ろされました。
「ああ、もう俺も限界だ……」
そしてマテオは私のジーンズとパンティーを少し下げただけで、私をうつ伏せにしすぐに後ろから挿入してきました。
「俺だけさっさと達してしまってすまない、キャス」
余裕が無かったのは私だけでなくマテオも同じだったようです。一戦交えた後、私たちはベッドに向かい合って横たわっています。
「貴方が満ち足りた気分になれたのならそれでいいわ。私だって充分気持ち良かったのだし」
「そんな健気なことを言う子はまた直ぐに襲いたくなるんだが」
まだ着たままのシャツの下からマテオの手が侵入してきました。唇も優しく奪われます。
「いやそれでも、下半身が完全復活するまでちょっと待ってくれ」
私はクスクスと笑いながら体を少し起こしました。
「じゃあ私もシャワーを使わせてもらってもいい?」
「ああ、こっちだ」
マテオの広くて豪華な浴室に私は案内されました。
「君の好みがまだ良く分からないから適当に揃えておいた。ここにあるものは自由に使っていいし、何か必要だったら買い足せばいい」
彼は私のために一通り女性用の洗面用具を準備してくれていたのです。
「至れり尽くせりね。ありがとう、マテオ」
「俺は食事の準備をしている。ごゆっくり」
薄い桃色のタオルが数枚と、何とバスローブや部屋着に部屋履きまで出されてあります。どう見ても女性用なので私が使っても良いのでしょう。歴代の彼女たちが置いていったものかと最初は疑いましたが、それらは全て新品でした。
通信販売やオンラインで女性用品を注文するにしても、マテオがカタログやパソコンで女性用衣類を物色している場面はなんとも想像しがたいです。それに私がここに泊まると決まったのはほんの数日前なのです。
シャンプーや石鹼は私の好きなラベンダーの香りだと、シャワーを浴びた時に気付きました。
ボードゥローで一緒に買い物をしていた時に私がふと口にした言葉をマテオはちゃんと覚えてくれていたのです。偶然だとは思えません。
幸せな気分でシャワーを終え、折角なので用意されていたキャミソールとショートパンツにバスローブを着ました。どちらもピンクベージュの上品な色で肌触りもとても良く、サイズも丁度でした。
私が浴室から出て階下に行くと、マテオは台所でオーブンを覗いていました。ローストビーフのいい匂いが立ち込めています。
「美味しそうね、貴方が準備してくれたの?」
「いや、別荘に居た家政婦のラモナを覚えているか? 今日の夕食は彼女が準備した。週二回ここに来て家事全般をしてくれる」
「ラモナさんの料理がまた食べられるだなんて思ってもいなかったわ。来て良かった、嬉しい!」
「キャス、俺との熱い夜よりもラモナの料理の方が目当てなのか?」
もしかして彼は
「えっと……両方です」
そこでマテオが顔を上げて振り向き、私の姿に目を細めていました。
「用意したものを着てくれたんだな。良く似合っているし、下ろした髪もいい」
「この女性用の部屋着は貴方が選んでくれたの?」
「いや、実は全部ラモナに頼んだ」
ラモナさんはマテオが女性を家に招く度に部屋着まで買いに行かされるのです。家政婦の職務は多岐に渡るものだと感心しました。私の体は彼の方へ引き寄せられます。
「ああキャス、今すぐにでも押し倒したい」
「でも、マテオ……」
「分かってる。ラモナが作った食事が済むまで俺はおあずけなんだろう?」
マテオのいじけた口調に苦笑せずにはいられません。
「今度は俺が料理を振る舞おう。まあうちのプロ家政婦の腕には到底及ばないが」
「貴方はどんな料理が得意なの? イタリア料理?」
「ああメインはそうなるな」
マテオがローストビーフをオーブンから出して切っています。その他、一緒にオーブンで焼いた野菜もありました。私は魚介類の入ったパスタのサラダと野菜のポタージュをよそい、食卓に持っていきました。何とも豪華な夕食です。
***今話の一言***
シニョーラ
奥様、主に既婚の女性に対する敬称
プロ家政婦ラモナさんの料理>マテオくんと過ごす夜
という不等式に不満な人が一名おりました。
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