第13話


 普段偉そうにしている『金獅子』の一人を落とした事から始まった騒動。それが終えれば場はすっかり宴会ムードだった。というのも……。


「未開拓樹海から生還しやがった、そして白金級をぶっ倒すくらいまで育ちやがったリーフを祝してかんぱーい!」

「いやあ、マジでたどり着けるとは思ってなかったな。でも、さっきの攻防とウッドエルフの可愛い子を連れてきたってだけで、その意味は分かるぜ。やりやがったな、この野郎!」

「さっきは悪かったな。流石に銅級の俺達じゃあ、『金獅子』様には何もできなくてよう……」

「いや、でもあの一撃はすごかったな。超パワーでも身につけたのか? 教えてくれよ、リーフ!」


 俺は今更知ったのだが、俺が『樹の魂』を手に入れたのはまだ誰も踏破していない未開拓樹海と呼ばれる土地だったらしい。


 常に最新の樹海情報を入手するためにウッドエルフは定期的に住居を未開拓樹海に移していくらしい。ちなみにそれもたった今知った情報だ。


 しかし、この場にいる客の冒険者は全員顔見知りで、もちろん今回の遠征に付いてきてくれるよう頼んだが、揃って断られたのだ。まあ、ビクターに目を付けられたくなかったというのが大きな要因だろうが……。


 俺はそんな連中に向けて、咥えていたパイプで各自を指して文句を垂れる。


「ったく、今更何だよ。あんだけ冷たく俺の提案を突っぱねたくせによ」

「ばーか。最下級銅級揃いの俺達が未開拓樹海に行くなんざ自殺行為以外の何でもないだろ。リーフは一緒に飲んでて楽しい奴だったが、命を懸けるほどじゃねーんだよ。つか、お前だって俺達のクエストの手伝いを拒むくらいするだろ」

「そりゃ、そうだけどさー……ま、おかげでトゥイも独り占めできたわけだし、これからはお前らなんか置いてってもっと上のランクのクエストをこなしてやっからな。見てろよ?」

「おうおう、それで良いんだよ。この酒場のルールは唯一つ。各自冒険譚を持ってきて酒の肴にすることだからな!」


 ここまで聞いて分かる通り、デミの酒場は帝都の最底辺にいる冒険者のたまり場だ。とはいえ、食事や酒が不味いわけじゃない。一般的に酒場の格付は広さと従業員、それに伴う客層で判断されるのだ。


 いわゆるホームと呼ばれる行きつけの酒場は誰もが持っており、許容できる人数に応じて冒険者は店を選ぶのが慣習となっている。そして、もう一つこの店に関することで重要なのは……。


「あいよ、ジャックビーフのコンフィだ。酔っ払い共、好きに食いな! 金はリーフ持ちだ。遠慮するんじゃないよ!」

「あ、せっかくだしリー君のは私が取り分けるよー。さっきも迷惑な奴追い返してくれたし、特別接客。なんちゃって」


 ドン、と大皿にのったドデカい肉を置いたのは酒場の店主、ドワーフ族の女将さんだ。そして、後者は店全体で四人しかいない従業員のうち犬獣族の少女、カルアだった。少人数で回している酒場のために、受け入れられるのはせいぜい二十人くらいが精一杯なんだとか。


 ちなみに、今日来ている面子のうち十数人はカルア目当ての客ばかりだ。まん丸な瞳とくせっ毛が何とも言えない可愛らしさを醸し出しており、ぴょこぴょこと揺れる三角耳は客全員が目で追っている。


 何かと迫害されやすい獣族でも親しみを持てる環境であること以上に、カルアはこの辺の酒場でも指折りの看板娘なのだ。この脱力系な喋りを直して接客態度さえまともなら、もっと大きな酒場に行けるだろうに。


「はい。リー君の分。ねね、そっちの勇ましかったお嬢さんは?」

「おっ……ありがとう。そういや紹介が遅れたな」


 俺は切り取られた肉を頬張りつつ、トゥイに目線を送る。キョロキョロと視線も落ち着かなかったトゥイがようやく見つけた会話の糸口に口を開いた。


「あっ、ご挨拶を忘れておりました。何だか、皆さん仲がよさそうで口を挟めなかったというか……」

「あっはっは。すぐに慣れるよ。皆テキトーな事くっちゃべってるだけだからさ」

「私はトゥイ。ウッドエルフのトゥイです。リーフ様のパーティで『地図師』をさせていただくことになりました」

「そ。せいぜいリー君を助けてあげてね。行動力はあるくせに無駄に馬鹿だからさ。ねえ知ってる? 盃を交わせば姉妹になれるけど、乾杯すると友達になれるんだー。私はカルア。よろしくね、トゥイ」

「は、はい。よろしくお願いします、カルアさん」

 

 まだトゥイは固いが、少しは安心できたようだ。その時、ガラっと酒場の扉が開かれた。またあいつらか? と思ったが、そこに居たのは、ギルドから帰ってきたらしいメリッサだった。


「あー、終わった終わった。リーフ、あたしの席はあるんでしょうね?」

「おう。お前が来るまで酒は我慢してたんだ。一緒に飲もうぜ」


 俺は当たり前のように隣の席を勧めたが、周囲は一瞬の静寂の後にざわざわとした空気感になっていくのを感じる。


「お、おい。もしかしてあなたは……『紅姫』さんでは?」

「あんた誰よ。まあ、メリッサはあたしよ。これからはリーフに付いていくことにしたの。リーフの友達なら、よろしく頼むわ」

「うおお……『剣神』様がリーフのパーティメンバーに!? おい、一体どういうこった!? さっきウィレンさんをぶちのめしたのもそうだけどよぅ……この一年で変わりすぎだよ、お前!」


 興奮冷めやらぬ様子の客達に俺は「まあ落ち着け」とカルアからジョッキを受け取る。トゥイとメリッサの分はアルコールは入っていない。体が成長しきるより前の酒は良くないからな。


「女将さん。『場酔いの魔香』を頼むよ。こいつらだけシラフでいさせるのも可哀相だ」

「ふん。そこのトゥイが来た時から用意しておいたよ。酒の席だけじゃあんたは派手だからねえ」


 相変わらず、よく気が利く人だと思う。よし、それならと俺はジョッキを掲げて声を張り上げた。ついでにパイプに普通のハーブを入れて深く吸い込む。毒草で作るものより味は数段落ちるが、懐かしい味だった。


「よし、詳しい事は明かせないが、今回の一年に渡る大冒険の話をしようじゃねえか。たった一人で樹海を歩くには、それはもう山あり谷ありの事件ばかりでよ。その果てに俺は未開拓樹海まで踏み入れたんだ。そこで『樹の魂』を口にしたんだが、これがまたしょーもないスキルでな――」


 もう嘘も本当も訳が分からない酔っ払い相手だし、俺も「続きはどうしたよ!?」と詰め寄られるものだから、調子にのってあること無いことを語った。酒場の会話において大事なのは事実か否かじゃない。面白いかどうかなのだ。


 少し心配だったメリッサとトゥイの側には常にカルアが居てくれて、俺も安心して飲むことが出来た。


 ささやかな宴会が終わるまでに、何杯飲んだかは……もう、よく覚えていない。だが、久しぶりに故郷に帰ってきたんだという思いが胸に満ちて、悪く無い気分だった。

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