第7話

 現場に駆けつけると、そこには三人の冒険者が敗れた跡と一人の人間の女の子の姿があった。倒れた冒険者達の遺体はあまりに無残なために、すぐに視界から外した。これをただの女の子を目にすれば、そりゃ怯えもするだろう。


 真っ赤に染まった腕を振り上げた初狩りの悪魔ザ・キラーの姿を見て、もう一刻の猶予も無いことを思い知らされ、『筋力増加』を発動して背後から思い切り殴りかかった。


「ぐっ……」


 火事場の馬鹿力、と言うべきか。今俺に発動できる『筋力増加』の効果よりずっと強力な一撃が放たれた。


 だが、そのおかげかザ・キラーは幾本もの大木を貫きながら吹き飛んでいき、十分な距離が取れた。手の骨が砕けたような気がするが、即座に『超速再生』が発動し始める。全く、便利な体になってしまったものだ。


「あ、あんたは……?」


 泣きべそをかいていた少女からそう問いかけられる。青ざめた表情をしてはいるが、可愛らしい顔立ちをしていた。だけど、つり上がった目尻からはちょっとキツ目な印象を受けるな。燃えるような瞳が赤い髪によく似合う。


「ただの通りかかりだよ。怖かったろ……もう安心しろ。後は俺が引き受けた」

「む、無茶よ! 『銀級』の三人が手も足も出なかったのよ? あれは普通の初狩りじゃない。素手で勝てる相手じゃないわ!」


 少女はそう叫ぶが、奴を殴った手応え的にはむしろ軽かった。たとえ『銀級』といえど……だからこそ油断が生まれることがある。護衛の三人がそんな風に殺されたら、相手が想定外の化物に見えても仕方ないか。


 俺は悪魔が帰ってくるまでの間、パイプを取り出してマハト草を刻んだものを投入した。これはシンプルな性能故にどこでも手に入りやすく、効力も『一時的に魔力放出量を上げる』という単純な魔香バフだ。


 もちろん、俺以外の人間が口にすれば三日は動けないだろうが。


「いいから。後は任せてくれよ。あの三人の事は残念だった。でも、必ず君を助ける」

「あ、あたしは……助かるのっ……?」

「約束するよ。トゥイ、診ててやってくれ。それと、もし俺が帰ってこなかったら……くそったれなディアナギルドに伝えておいてくれ」


 しかし、悪魔は中々帰ってこない。あいつの執念深さは身を以て知っているけど……何か、嫌な予感がする。死角から襲われても敵わないしこっちから出向くか。


「リーフ様、十分にお気を付けください」

「分かってるよ。ヤバそうだったら逃げるさ」


 そうして俺は悪魔が飛んでいった方向に向かって走り出した。三分ほども走った頃だろうか。崖下のようになっている天然の壁に埋め込まれるようにして四肢も千切れそうになっている熊型の魔物を確認した。


 それを見て、俺はようやく確信した。


「なるほど。お前は初狩り悪魔の中では飛び抜けて弱かったんだな。それなら、『銀級』パーティが慢心したのも分かる。だが、腐っても悪魔と呼ばれる魔物だ。不意を突いて噛みつく事は出来たって所かな」


 『銅級』の一番下に居る俺には分からないが、熟練の冒険者は即座に敵の強さを見極めるという。それ故の罠でもあったわけか……俺も、気をつけないとな。


「だが、ここでお前を取り逃して成長されたら面倒だ。悪いが、死んでくれ」


 俺が一歩悪魔に近づくと、奴は左腕を犠牲にして亀裂から逃れると、俺を威圧するように大きく吠えた。だが、そんなもの……蔓龍の圧に比べればまだまだ、だ。


「手負いの獣が一番恐ろしい。逃がすわけにもいかないし、俺が殺されたら馬鹿みたいだ。どうしたもんか……」


 少し考えて、俺は臨戦態勢を解いた。だらりと体から力を抜き、冷めた視線でザ・キラーを見下した。


 このくらいまでやると、魔物相手にでも挑発は通じるのだ。悪魔はよだれをまき散らしながら突進してくる。あの巨体と勢いで真正面から突っ込んでこられたら、吹き飛ばされない人間など居ないだろう。


 だけど……俺の中には僅かな焦りも無かった。それどころか、どこかワクワクしていた。あの日、俺は蔓龍の全てを食った。その結果を、今見ることが出来そうだと思ったのだ。もし力足らずで死んだなら、俺が間抜けだったというだけの話……。


 ただ、顔に傷を付けられるのは面倒で左腕を悪魔の顔の前に差し出した。そして、奴は渾身の力を込めて飛びかかってくると左腕に噛みついた。


「……やっぱり、そうだ」


 しかし、その強靱なはずの牙は通らない。『蔓龍の皮膚』は確かに俺のスキルとして染みついているのだ。しかも、仮にも悪魔の攻撃を無効化するほどの効力を以てして。


「どうした? 舌で舐めるだけじゃ相手は殺せないぞ?」


 ふう、とパイプから煙を吐きながらさらに挑発する。これ以上逃げられて取り逃すのはゴメンだからな。


 しかも、今や悪魔の巨体を左腕一本で持ち上げることが出来るほどの筋力が備わっていた。これはきっと……俺の体が『災害』に成った事と関係あるんじゃないだろうか。そう、例えば……まだ未熟な『筋力増加』スキルと『災害』の力が混じり合って尋常では無い強化をされている、とか。


「本当に今の俺には『災害』としての力が備わってるらしいな……答えは見つかったよ。じゃあな、初狩りの悪魔」


 俺はそのまま地面に向かって悪魔を固い樹海の地盤に叩きつけて、拳を握って頭蓋を割った。俺も冒険者だ。命なんていくらでも摘み取ってきた。だけど……これまでにないくらいあっさりと勝ててしまった。


 傷一つ無く、たった一撃で。知略も本能も意地さえも踏み潰す、まさに『災害』に、なってしまったんだと今の一戦で自覚した。


「……戦いって、こんなもんだったっけか」


 俺はそれにどこか絶望感に似たものを感じて……返り血にまみれるのも構わずその場でひざまずいた。どこか口寂しくなり、残った魔香を吸いながら、ただただ目の前の死体を見つめていた。

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