第10話 激辛家族

『今度の休日、クラース様のご実家へお邪魔してもよろしいでしょうか?その激辛スープも楽しみにしております。ご都合がよろしければよろしくお願いします』


 とソーニャ嬢から返事があり、俺は仰天した!!


 うちに!!

 ソーニャ嬢が!!来る!!?


 下流騎士の家系だとしてもほぼ庶民だぞ!?いや、一応準男爵位はあるんだけどね、もうほぼほぼ庶民!平民ってくらい。

 そんなとこにご令嬢のソーニャ嬢が来られるなんて!!


 しかも俺…まだソーニャ嬢との婚約の事家に言ってねえええええ!!!

 そもそもが破断になると思ってたからね!だから知らせる必要なしだったし、最近になりフワフワとソーニャ嬢と手紙のやり取りしてただけだったからすっかり実家のことなんか頭に無かった!!


 ヤバイぞ!!

 家に行くってことはソーニャ嬢とこっ…婚約の報告に行くってことだよな??

 そもそも俺たち本物の婚約してるっけ?あれえ?

 ど、どうしようどうしよう!

 いや、俺は別に全然いいんだけど、ソーニャ嬢は?どうなの?


 それよりも家族になんて言うの?

 はっ!しかも激辛スープ食べたいとか書いてあった!!嘘だろ!?ソーニャ嬢大丈夫なのか?まさかうちの家族に嫌われようとして?


 でも手紙ではそんなんじゃなく単純に興味ある風に見える。…ともかく…家族に手紙を書かなければ!俺は手紙を書いて早馬で街の実家まで手紙を渡してもらったのだった。


 *

 ルーテンバリ準男爵家に一通の手紙が届いて受け取った三男のラルスは行儀悪く中身を早々と開けて読んだ。


「クラース兄ちゃんからか…。なんだよ?相変わらずきたねー字だなぁ…。読みにくいわ!」

 と手紙を読んでいくと見る見る三男の顔が青ざめた。


「あら?ラルス様どうしました?」

 とこの家に奉公に来ている家政婦のコリンヌ夫人が声をかけた。


「コリンヌさん…皆を集めて…た、たたた大変だ!!クラース兄さんにここここ婚約者が!!」


「あらまぁ?それは大変ですね!!」

 とコリンヌ夫人は皆を一家団欒の食卓へと集めた。



 ルーテンバリ準男爵家は王都の一角に普通に建っている。かろうじてスラム等からは離れているくらいだ。石造りの強固な家で騎士の家系だけあり自分の身は自分で護れが家訓であり皆、幼い頃から剣術に長けていた。

 家に侵入してくる賊は逆に有金をルーテンバリ家に没収させられ縛られて憲兵に突き出す。


 美しい薄桃の髪と翡翠の瞳の母親マリアンヌは街に繰り出せば男が群がりプレゼントを贈られるが食事に行くぐらいで相手に酒を進めた隙に逃げる。酒には必ず睡眠薬を入れている。プレゼントだけ持ち逃げる中々の悪女だ。


 夫の準男爵ヨッヘムは菫色の髪の毛を持ち、蒼い瞳のかなりのダンディだが浮気はせずに親から引き継いだ家を守っている。今は街の自警団の幹部で治安等に協力している。


 長男のエックハルトは実家近くに家を構えてお嫁さんと一緒に住んでいる。長男も父親と同じ自警団に入っており、髪色は父親で瞳は母親と同じだった。


 三男のラルスは母親と同じ髪と瞳の色だ。15歳なので冒険者ギルドに所属し日々依頼をこなしていた。


 詰まるところこの家族全員顔が良くかなりモテる。そしてかなりせこい。それこそがルーテンバリ家の特徴とも言えるだろう。

 コリンヌ夫人はこの家族がかなりの小金を貯めて夜な夜な金をうひうひと数えるのを幾度となく見たことがある。


 そして何より激辛の食事を好む。最初嫁に来た奥様のマリアンヌ様は顔をしかめていたがそのうち味にも慣れて気にならなくなった。もちろんコリンヌ夫人は別のものを食べた。


 そして次男のクラース様は街の激辛スープ大会に出て準優勝した。優勝者には金貨30枚授与とあったのでまだお小さかったクラース様は相手が子供相手とぬかって油断すると踏んで一家を代表して出場したが、優勝した意地汚い食べ方で床にスープをビチャビチャ溢しまくる男に食べる速度で負けてしまった。

 審査員も子供に金貨を渡すのは忍びないという出来レースだろう。


 時間制限だから仕方ないにしてもクラース様はかなり丁寧にスープをじっくり飲んでいたので負けた。しかも最後まで一滴も残さず。ある意味コリンヌ夫人はもうクラース様が優勝でいいじゃないかとさえ思った。


 しかしクラース様は


「まぁタダでスープが沢山飲めたからいいや」

 と呑気に口元を拭いていた。

 結局準優勝の銀貨50枚だけ受け取った。


「あのクラース坊ちゃんが…婚約ですか…」

 としみじみとコリンヌ夫人は言うが、


「コリンヌ…伯爵令嬢ですって!あのクラースが伯爵家へ婿入りするなんてねぇ!」

 とマリアンヌ夫人が言う。


「一体どんなご令嬢だろうな?きっとクラースの顔に見惚れたに決まっているがね。何にせよクラースよくやったとしか」


「それにしてもうちのスープが飲みたいだなんて変わってるのかもしれないね。普通の令嬢ならうちみたいな激辛スープを飲もうだなんて思わないよ?」

 と長男エックハルトも言う。


「案外その令嬢も辛いの好きとか?何にせよクラース兄さんの為にもちゃんとおもてなししなきゃね」

 とラルスも腕を組みうなづいた。


 *

 休日俺はまためかし込んでソーニャ嬢を自ら手配した馬車で頑張って迎えに行った。

 ソーニャ嬢は側からみたら睨んで立っているが凝視だと言うことはもう分かりきってるし、最近ではその顔も慣れて俺は可愛いと思っている。

 馬車の御者は睨まれてると思ったのか


「ひっ!?」

 と言う声を上げていたが。

 まぁ、初めてソーニャ嬢を見た人は免疫ないからなぁ。うちの家族…怖がらないといいけど。一応手紙には目が悪いことは書いたけど。


 俺は馬車に乗り込む際に補助してあげた。侍女さんがそれを見てボソリと


「少しは成長なさいましたか…」

 と聞こえた。


「あ、ありがとうございますクラース様」


「いえ…こんな馬車ですみません」

 と向かい合わせで座る。


「いいえ、お気にならさらずに。街へ行くのですし、伯爵家の家紋入りの馬車なんて目立ちますもの…これでいいのです」

 と言い俯く。


「?どうかされましたか?俯いて?」


「い、いえ…外の景色を見てもあまり見えなくて。それにクラース様にこの怖い顔あまり見られたくないので下を向いていようかと…」

 と言うので俺のハートはキューンとした。


「そ、そんな!それでは酔ってしまいますから!!伯爵家ほどいい馬車ではないので揺れも酷かったら!俺のことは気になさらず!顔を上げていいのですよ?」

 と言った直後ガタンと馬車が石に乗り上げて揺れた。


「きゃっ」

 と小さく悲鳴が漏れ狭い馬車内でソーニャ嬢が俺に倒れかかったので咄嗟に抱きとめた。

 あっ…あああ…これはなんというかラッキー?


「すいませーん、この辺道悪くて」

 と御者台の男が言い、俺は


「気を付けてください!」

 とだけ返してソーニャ嬢に


「大丈夫ですか?」

 と声をかけた。彼女は至近距離となった俺を下から見上げる。顔が赤く見つめ合った。


 は…ヤバイ。可愛い。

 しかし彼女は恥ずかしさから直ぐに離れて対面に座る。


「ごめんなさい!失礼を!」


「いえ、…こちらこそ…」

 とお互いに謝り俺も恥ずかしくなった。

 それからしばらく沈黙したけど、徐々に話の種にとヴァイダル団長がピアノを弾く趣味があることなんかを話して車内は和やかになった。

 ソーニャ嬢もそれを聞いて


「クラース様の騎士団は副団長さんと言い楽しいお仲間がたくさんいるのですね!羨ましいですわ!うふふ」

 と笑った。うん、やはり笑った顔好きだし。


「ああ…そうだあの…うちの家族なんですが…ちょっと変わってるかもしれませんがお気にならさらずに…」

 と言っておいた。

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