俺の主人は好奇心に、すこぶる弱い令嬢なので。 -伯爵家の世話焼き執事見習いには退屈してる暇なんてない!-

野菜ばたけ@『祝・聖なれ』二巻制作決定✨

第一章:何故そうなったっ?!

第1話 泥んこ主人



 とある伯爵家の、使用人の息子。

 それが俺だった。


 伯爵家の敷地内に建てられた『使用人棟』に親共々住み込みをしていて、生活に不便はない。


 しかし不満はとっても沢山あった。




 俺の生活は、基本的に『使用人棟』の中で完結していた。 


 朝起きて、ご飯を食べる。

 その後『子供部屋』へと預けられ、そこでただただ似たような毎日を浪費する。

 そんな生活だった。



 同じ様な子供達が他に何人も居るが、俺達は総じて『他』を全く知らないから、その生活に不満を持つ者は比較的少なかった。

 しかし、残念ながら俺は少数派だった。



 未就業の僕たちが『使用人棟』の外に出る事は、伯爵様から許されていなかった。


 例外として外出が許されているのは、週に一度の『温室行きの日』だけ。

 しかしそれも、基本的には温室内で過ごす。


 仕事休みの日には両親がたまに屋敷の外へと連れ出してくれるけど、それだけじゃ足りない。


 つまり。


「もっと外で遊びたい」


 それが、俺が現状に対して最初に抱いた不満だった。




 自由が制限されていると気づいてしまえば、ありとあらゆる事がひどく窮屈に見えてくる。


 歳が上がり、7歳になる頃には『子供部屋では年長だから』なんて理由で、毎日「年下の子達のの面倒を見なさい」と言われるようになった。


 俺は、やりたくなんてなかった。

 だから反発した。

 幼馴染と、3人で。




 周りの大人達は、みんな『伯爵様』が大好きだ。


「伯爵様はとても立派な方だ」

「伯爵様に雇われている私達は幸せだ」


 みんなが口を揃えてそう言う。


 でも、そんなのは嘘だ。

 だって俺は、今のこの生活を決して「幸せだ」なんて思っていない。


 

 しかし、何を思ったところで日々は変わらない。



 ある日。

 眠りにつく前に、俺はふと頭に浮かんだ言葉を呟いた。


「せめて明日は、今日とは違う『何か』があればいいのに」


 結局、俺が求めているのはそういう事だ。


 つまらないのだ。

 刺激がないのだ。

 退屈なのだ。


 それを晴らす、『何か』が欲しいのだ。



 しかし、そんな願いは闇色の虚空に溶けて消える。 



 今まで変わらなかった事なのだ。

 毎日の退屈が俺の都合よくそんな突然に変わるなんて事、ある筈がない。


 願う一方で、俺はそう諦めてもいたと思う。

 退屈だった俺の日常を、彼女が笑顔で平然と破り捨ててみせるまでは。




「ゼルゼン!」


 背中越しに弾んだ声を掛けられて、俺は振り返った。



 もう何度も聞いた、よく見知った声だ。

 相手を間違える筈がない。


 そこに居るのは、きっとあの淡い朱色の髪に好奇心を宿した黄緑色の目の、綺麗な身なりの俺の主人ーー。


「……何でそんなに泥だらけなんだ、セシリア」


 主人のあまりの泥んこ加減に、俺は思わずタメ語になってしまった。

 仕事中だという事を、半ば忘れて。


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