三章 終わりの始まり 4

間もなくして、俺達のパーティは学園に到着し、玄関口に着いた。

周囲一帯は厳重な警備体制が敷かれており、警察の……機動隊員達がライオットシールドを片手に周辺を警戒していた。

まるでこれからこの場所で首脳会談が行われるのかと思わせるレベルでの、見た事もない光景だった。

「なんだかやけに警備に掛ける人員が多い気がするんだが……」

「当然といえば当然じゃない? この学校、元はお嬢様学校だったんでしょ? 一般生徒もいたっぽいけど」

タカシとミカの会話もスムーズになってきた。

先程まで口喧嘩していた奴等とは思えない。

「……確かに……多いですね……人……」

敷地に入ってからは、電子生徒手帳による、新一年生の出欠確認のための列が出来ており、そこに並ぶ間、ユイは頻りに俺のパーカーの裾を引っ張って離さなかった。

どうやら人混みが苦手のようだと勝手に解釈したが、あながち間違いでもなさそうだ。

「そういえば、ユイはパーカーは着ないのか? フードを被れば少しは楽だぞ?」

「ちょっとジュン、何で私には聞いてくれないの!!」

「あ、忘れてた。ごめん」

「……ですね……そろそろ着ます……」

ミカへの雑な扱いに対しては心の中で3秒位掛けて誠心誠意謝った。

それよりも、パーカーの色や柄を知っておく事は重要だ。

今後の学園生活においてかなり重要な要素になるからだ。

この学園では、パーカーが基本的な学生の証、制服となるのだ。

制服といっても、指定の黒ズボンとYシャツにパーカーを羽織っただけのラフなスタイルなので、正装という感じはしない。

男子の制服と言えばブレザーや学ランなんかが代表的らしいが、学校からの連絡だと、上に羽織るパーカーと、電子生徒手帳があれば敷地を出入りする事が出来るらしい。

元々女子校だった時代には、私服登校が許されていたらしいが、共学化に当たって世間の目が厳しくなった為、そのための措置だとか。

元よりネクタイやリボン、上履きの色などで判別する学年色自体が存在しなかった、自由の学校なのである。

そこに必要最低限の秩序を求められた結果、辿り着いたのはパーカーによる個人のアイデンティティの確保だった。

確かにパーカーは楽だ。かさばらないし、腰に結んだりすれば持ち運びも便利だ。

冬場はカーディガンやジャンパー、コートなども持ち込みが許されているので、四季折々のラフな格好の生徒達の姿が見られることだろう。

「……あれ……違う……」

ユイが不安気な声を発したのを、俺は聞き逃さなかった。

「ユイ? どしたの?」

「……えっと、エナメルが……私のじゃなくて……」

さっき折りたたみ傘取り出さなかったっけ……気になって、上から覗き込んだ。

中には筆箱、上履き、サッカーボールにスパイクケース、白パーカーが入っていた。

「あー!! そのエナメル私のだ!! ……って事は、こっちがユイの?」

「……多分……。あ……最初に会った時……!!」

「取り違えたの?」

「多分そうだね~」

「そういえば、2人は知り合いなのか? 俺と淳が喧嘩する前から一緒だったよな?」

「ううん、今日知り合ったよ?」

「……駅で……迷子になってた……」

「……どっちが?」

「……どっちも……」

方向音痴か……いや、地図が読めないのかもしれない。

意味的には同じか。

「駅構内で彷徨ってたら激突して肩にかけてたエナメルバックを落としちゃって、多分その時、私が取り違えたんだと思う」

「なるほど。その後の展開が読めて来たぞ」

「そこから、人生の迷い人同士意気投合したって訳よ!!」

人生は大袈裟だろ。

「……そこからも大変だった……」

「結局、駅員のお姉さんに地上まで連れて行ってもらったのよ」

「「……災難だったな、ユイ」」

タカシと初めて心が通じた。

それともミカの扱い方を理解し始めたのか?

「……ねぇ、2人は私を何だと思ってるの?」

「サッカー娘」

「バカ女」

「相変わらず酷いよ二人とも!!」

怒りながら、白いパーカーを羽織るミカ。

「……じゃあ、私も……」

ユイもカバンからアクアマリン色のパーカーを取り出して頭からフードを被った。

「なんか……パーカー似合うな」

「え!? 私の事?」

「おめぇじゃねーよ。ユイに言ってんだよ」

「……え……」

タカシよ、ナチュラルにセクハラするな。

だが同意する。めっちゃ似合ってるのは間違いない。

「確かに可愛いな、色味も合ってるし。少し大きい感じもあるけれど、それが奥ゆかしさを感じさせるというか、浮世離れした美しさというか、控えめに言って最高だな」

俺がユイのパーカー姿に対する感想を述べると、何やら無言の時間が続いた。

おかしいな、と思ってタカシ達の方を見たが2人とも、やれやれという反応を示しており、ユイに至っては顔をパーカーの中に埋(うず)めてしまっていた。

「あの……せめて何か言ってくれない?」

「お前、ユイの事好き過ぎだろ。さすがの俺も引くぞ」

「ジュンがそんな変態だとは思わなかったよ……」

「っ~~」

2人は俺を避けるように距離を取り、ユイはただただ恥ずかしがっている。

「いや、でも本当の事じゃん。すげぇ似合ってるし」

「うっわぁ~ジュンさ~ん、そのセリフはもう重症ですよ。完全に堕ちちゃってますよ」

「お前……ナチュラルにセクハラするなよ。逮捕状案件だぞ?」

「えっ……俺捕まるの?」

「「な~んて冗談に決まってるだろこの色男!!」」

タカシとミカがバシッと俺の背を叩いてきた。

同級生との気さくなじゃれ合い……俺には真の意味で友達と呼べる人間がいた事はないから分からないのだが、これが友情の証というやつなのかもしれない……。

俺は良い奴等に巡り合えたな……。

「次の方~どうぞ~」

「お、そろそろだな。また中で合流しようぜ」

「オッケーです!! また後で~」

「了解」

「……よろしく……です……」

50人程は並んでいたであろう列も、こんな他愛もない話をしているとあっという間に感じてしまう。

受付のお姉さんの声に導かれるままに、俺達は二手に分かれて電子生徒手帳を認証するため、受付のテーブルに置かれた読み取り用端末に電子生徒手帳をかざした。

『『ピピッ』』

『『ビーッ』』

…………。

「「……あれっ?」」

もう一度かざしてみるが……

『『ビーッ』』

「……あれれ?」

何故かは分からないのだが、俺とユイの電子生徒手帳だけ反応しない。

これを見て、受付のお姉さんはただただ困っていた。

「おかしいですね……エラーになる筈はないんですが……」

「これってもしかして、俺等は中に入れないパターンですか?」

「えっ……」

「ちょっと……ちょっと待って下さいね。会長、見て頂いてもよろしいですか?」

受付のお姉さんは、その後ろのテーブルで同様に新入生の入場手続きをしている赤いパーカーを着た女性に話し掛けた。

「ええ、代わりますよ。あなたはこっちをお願いしますね」

「了解です」

その姿は、これまた美人で髪の長い大人びた容姿をしていた。

「お待たせしました。設定画面を見させて頂いても宜しいでしょうか?」

「はい。どうぞ」

「……どうぞ……」

俺とユイは電子生徒手帳を受付のお姉さんに渡し、調べてもらうことにした。

お姉さんはテーブルの下から自身のカバンを取り出し、何やら長方形のものを取り出した。

それは電子生徒手帳だった。

「お姉さんもここの生徒なんですか?」

「はい。高等部2年の天(あま)咲(さき)美(み)麗(れい)です。あなた方が入学する際には3年生になっています。よろしくお願いしますね」

なるほど、俺達より5つも学年が上なのか。

ミレイ先輩は俺達の端末と紙の新入生名簿をチェックしている。

「よろしくお願いします。自分と……こっちの相方の名前は……見れば分かりますよね」

「ええ。学籍番号・S36C100B00NULLT009SJの紫咲淳さんですね」

「はい。合ってます」

「そして彼女さんが、学籍番号S36C100B00NULLT006NYの永瀬結衣さんですね」

「……はい……よろしくお願いします……」

ユイは相変わらず恥ずかしがっていて、俺の袖を離してくれない。

ていうか、ミレイ先輩には俺達が恋人同士に見えてるのか……。

「確認した所、あなた方は入試順位が10位以内の特待生ですので、職員玄関の方からお入りください」

「良かったぁ……入れないかと思いましたよ」

「あなた方2人は間違いなく新入生として登録されています。名簿にも名前がありますから、その心配はしなくても大丈夫ですよ」

2度も足止めを喰らってしまうところだった。

列もどんどん人を増しているし、車で送ってもらった方が早かったかな。

「では、我々は職員玄関に向かいますので――」

「おー、いたいた!! ジュ~ン!!」

俺の声を遮り、聞き覚えのある少年の声が聞こえてきた。

列の横、少し離れた所からあいつの声は近づいてきた。

「……誰……?」

「あの子は……あなたのお友達ですか?」

「いえ、ただの同居人です」

「……それは十分友達なのでは?」

「いえ、本当にただの同居人なんです」

他人のフリをしたかったが、黒パーカーに緑の傘を装備した奴は俺に業務連絡をよこした。

「ジュン! お前の端末じゃその入口からは入れないぞ!! みんな着いてるからお前も職員玄関に来いよ!! 絶対来いよ!! 絶対だからな!!」

そう言い残して、ユヤは行ってしまった。

……と思ったら、何だかニヤニヤしながらすぐまた戻ってきた。

しかも、今度は列に割って入って来やがった。

「おいジュン……お前には失望したぞ。また新しい女の子に手を出してるのか?」

その言葉に凍り付く周囲の同級生達。

多くは女の子達で、何やらひそひそ話が聞こえてる気がする。

そして少数の男共からは妬みと羨望の眼差しが……。

「人聞きの悪い事を言うな。ユイとは道中で知り合ったんだ。他にも2人――」

「もう下の名前で呼んでるのかよ!? 色々と飛ばし過ぎなんじゃあありゃしやせんか?」

「御託はいい。何で戻ってきた?」

「ああそうそう、ライオン……じゃなかった。学長から生徒会長に言伝を預かってるんだ。ここにいる筈なんだけど、お前知らないか?」

「会長は私ですが……」

マジでかぁぁぁ!!

えええ!?

まさかの学園の有力者だった!!

言われてみれば、ザ・生徒会長みたいな落ち着いた風格と誠実さを感じる……。

是非お近づきになりたい!!

お友達になりたい!!

「先輩、生徒会長だったんですか!?」

「おお、貴女が生徒会長様でしたか!! なんと勇気に溢れた方なのでしょう!!」

「え? 勇気?」

「おいやめろユヤ。すみません、会長。こいつただの変態野郎でして……」

「誰が変態だ!! 俺は見たままの事を言ったんだ!!」

「いいから、要件は?」

「『13時30分には受付作業を終了し、全在校生及び教職員は直ちに帰宅せよ!!』だそうです!!」 

「え!? 何ですかそれは!! そんな話は聞いていませんよ!?」

動揺を隠せない様子で、先輩はその場を立ち上がった。

「私は入学説明会で在校生代表挨拶をしなくては――」

「説明会自体中止らしいですよ? その分懇親会の時間に当てるとかなんとか……」

またもや周囲の子供達がざわつく。

「まさか……また学長の思いつきというやつですか?」

「どうでしょう。だとしたら、最初から保護者の参列を禁止したりしますかね? あのライオンの事ですから、『生徒の自主性に基づいた~』なんたらかんたらって言って、計画してたんじゃないですかね?」

「そんな……この日の為に一ヶ月掛けて演説の練習をしたのに……」

落胆するミレイ先輩。

ユイと比べると、当たり前だが人間的な感情の起伏が激しい様子だ。

そのユイはボーっと俺の裾を掴みながら棒立ちしている……

「……ユイ?」

「……へっ!?」

完全に気を抜いていたユイの返事は、今までの話を聞いていたかも怪しかった。

「……ボーっとしてた?」

「……ちょっと……考え事を……」

元々不思議ちゃんを匂わせてはいたが、にわかには信じられない……。

何故ならその眼が渦を巻いてしまっているからだ。

分かりやすいなぁ……。

「……分かりました。本来は入学説明会が14時から始まり、終了次第16時半までが懇親会の予定でしたが……後の事は学長に一任しましょう。他の役員にも連絡を回します。お伝え頂き、ありがとうございました」

「いえいえ~」

「あなた方も、職員玄関へ向かって下さい。お時間をお掛けしてすみませんでした」

「とんでもありません。ご丁寧にありがとうございました。失礼します」

「……ありがとう……でした……」

列を出て、俺とユイと、ユヤの3人で職員玄関を目指す事になった。

「それじゃあ行こうぜ、ジュンと……えっと、その子は誰だっけ?」

指すな、指を指すな、ユヤ。

指差しって結構失礼な行為だからな?

知らない奴からされたら尚更だ。

「ユイだよ。俺の友達第3号」

「……よろしく……です」

ユイはペコリと頭を下げる。

「よろしく~」

ユヤも頭を下げる。

話し方はフランクそのものだが。

「っていうか、お前が勝手に行っちゃうから面倒な事になったんだぞ? 俺ん家の住人はみんな1番台なんだから、単独行動を取られると困るんだよ」

そういえば……そうだったな。

退院直後の俺に勉強を教えて9位にさせた奴等だ。

その学力が如何程に優れているかは言うまでもない。

1位から順に、ヒナタ、ミーティア、リディア、ラナ、ユリ、ユイ、ユカ、ユヤ、俺……、

10位の奴はどこの誰だろう?

ユヤに負けた事も屈辱的だが、欲張りは良くない。

武力、筋力、知力、体力、様々な比較対象はあれど、その全てにおいて自分だけが最強になれる訳はない。

ゲームの世界や異世界でなら最強を極めることも出来るのだろうが、それは人の生き方ではないとも俺は思う。

俺だけが最強じゃない世界……それがこの優しくない現実世界での定めであり掟なのだ。

そんな事を考えている内に大した会話もなく、正面入り口の裏手にある職員玄関まで到着した。

そこには……白傘を持つユカ、そして俺の契約者達が傘を携えて仁王立ちして待っていた。

俺を視界に捉えて最初に声を発したのはユイと同色のパーカーと傘を装備した義姉だった。

「一人で行った挙句、私というものがありながら、また新しい女の子を手なづけて戻ってくるだなんて、いい度胸してるじゃない?」

「その方は誰なのですか? ジュン君?」

「そいつ誰よ、ジュン」

ピンクパーカーと、姉は赤、妹は黒の傘を持った姫様達も続けて俺を責め立てる。

「こいつは永瀬結衣、来る途中で知り合った。10位以内だから一緒に来た。そんだけ」

「……ジュン……知り合い……なの……?」

「あいつらも同居人なんだよ……」

同居人たちの気迫に、ユイは一層震えてしまった。

袖を掴んでいた右手を離し、俺の背に隠れるようにちらっと立ち塞がる彼女等を見ていた。

「よろしくな、ユイ。……まさか君もニュータイプなのか?」

 肩から掛けた竹刀袋と左手にした黄色の雨傘が似合っているユリが俺に問う。

「いや分からん。でも頭良いのは間違いないよ。6位だし」

「え……私と兄さんより上なの?」

オレンジパーカーのユカはユイの順位に驚きを隠せなかったようで、愕然としている。

「え……俺より頭良いの……?」

兄の方は膝から地面に崩れ落ちた。

本当に似てるなぁ……。

「ジュン。遅い。早く来て」

ユリと同様に、竹刀袋とピンクの傘を装備した白パーカーのラナが俺を呼ぶ。

「これから何が始まるんだ? 説明会が中止になったのは聞いたけど」

ユイを引き連れて俺は奴等の輪に入り、共に校舎内に入った。

「パパが言うにはね、新しい教室に14時に集合した後、新入生徒同士の親睦を深めるために、学校を貸し切ってのゲームが始まるらしいわよ」

「ゲーム? 新入生240人で鬼ごっこでも始めるつもりか?」 

「それ楽しそうだね!! 丁度鬼に適役のジュンがいるしね」

「は? 何で俺だけが鬼なの? お前も手伝えよユヤ」

上履きを履き替え、教室への階段を登りながら、ユヤは楽しそうに答えた。

「確かに俺は足早いかもだけど、240人も捕まえてられないだろ。疲れるわ」

「いいじゃん!! そのサングラスとカメラもあるんだし、後はスーツと黒い靴にネクタイを用意すれば完璧だよ。01KRとして頑張れよ!!」

「いや、どうせなら07OFの方ががいいわ。カッコいいし」

「兄さん、私は08TGを推すよ」

「「いえ、06TTは譲れませんわ」」

「皆はさっきから何の話をしているんだ……ラナ、ユイ、分かるか?」

「不明。分からない」

「……分かり……ません……」

こうして話していると、退院してからの2ヶ月間の出来事を忘れていられそうだ……。

俺がこいつ等と普通に仲良くなれていたら、こんな日が永遠に続くのかな……。

そう思いながら、俺達は中等部4階に到着した。

階段を上がった目の前の掲示板には、クラスの割り振りが記された大きな用紙が貼られていた。

「さぁ、クラスの確認をしましょう。……といっても、多分私達は同じクラスでしょうけど」

「「ですわね」」

「え、何でそう言い切れるの?」

俺が義姉に疑問をぶつける。

「あなた……自分の立場を忘れたわけじゃないでしょうね? その緊張感の無さはさすがの私も引くわよ」

こいつ……人前だとあの脳を溶かす猫撫で声は影を潜めて俺を罵倒しに来やがる……。

「あ、やっぱり俺等は同じ0クラスだね。T001番からT010番までは一緒だ……あ、あれ? おかしいな?」

ユヤの声が疑念に変わった。

それよりも、今0クラスと言ったか?

「学籍番号順に割り振られてる訳じゃないのか? 結構番号が飛んでるや……」

「どれどれ……本当だ。0クラスから7クラスまで、入試の順位順に割り振られてはいるが、順番が飛び飛びに組まれている」

ユリが疑問点を冷静に見て伝えてくる。

「俺的には、なんで1~8クラスじゃなくて、0~7クラスの合計8クラスなのかが未だに理解できていないんだけど……」

掲示板には確かにC100~C107のクラス番号の表記が。

そして入試順位を表すであろうTから始まる3桁の数字……。

番号が飛び飛びならば、学籍番号はその意味を成していないことになる。

……これは一体どういうことだ?

「とりあえず、教室に入って落ち着きましょう? 混んできたし、いつまでもここに居座る訳にはいかないわ」

「……ですね……」

「左に同じ。早く行こう」

義姉を先頭に単縦陣で隊列を組み、広い廊下を歩いた。

校舎はテニスコートが2面設営されている中庭を四角形に囲う形に作られており、0クラスは掲示板の位置から対角線上に位置していた。

その他にも、敷地内にはフットサルコートや温水プール、武道・格技場を有する体育館や、大型図書館、食堂、事務員棟や講堂、理科棟や芸術・技術棟、そして広い校庭がある。

東京ドームの約半分の広さだが、建物による縦の高さがある分、広大に感じる。

そんなエリート校に入学できたのも、こいつらと、ライオンが引き取ってくれたお陰なんだよなぁ……と、俺は自分が目覚めた時の事を思い返しながら歩いていた。

「あった。あれが私達の教室ね」

「よーし、これから俺達の新たなる冒険の日々が幕を開け――ぐはっ!!」

陣形を崩して、ユリとラナが蹴りを、そしてユカがエルボーを入れた。

「黙らんか、外道。そもそも入学前だろうが」

「黙れ。外道」

「黙れ、兄さん」

「あ……ははは、3人とも厳しいなぁ、あはは……」

「……えぇぇ……」

ユヤが喜んでいる様子を見て困惑するユイ。

……こいつはユイにだけは近づけさせねぇぞ。

「早く中に入りましょう。後10分程でゲームが始まるわよ」

「「そうですわね。少し座って休みたいですわ」」

俺はユヤを叩き起こして担ぎ、皆と共にC100クラスの教室のドアをくぐった。

「おぉ、ジュンじゃないか!! お前どこ行ってたんだ? ていうか、結構な大所帯だな」

「ジュン!! ユイも!! ずっと待ってたのに来ないから心配したんだよ??」 

そこには受付で分断されてしまったミカとタカシの姿があった。

「それに皆も!! 久しぶり~!!」

「ミカ。1週間ぶり。元気してた?」

「ランラン~相変わらず可愛いですなぁ♪」

ラナの胸に飛び込むミカ。

その甘え方はまるで警戒心の無い小動物のようだった。

「久しぶりだな。流石に今日はボールは持ってきていないのか?」

「持ってるよ~? ユリユリだって竹刀持ってるじゃん!」

「そうだな。こいつは体の一部みたいな物だからな」

「ふふっ。ユッカもシーザーも、ティアーズの2人も皆一緒に来たんだね。い~な~、皆ジュンと一緒の寮で暮らしてるなんて」

「前から気になっていたのだけれど、あなたのあだ名って独特よね。ちなみに私のシーザーって何なの?」

「上の名前をもじっただけだよ? 後は王様っぽかったから!!」

「王?」

「だから親しみをこめて、グランシーザーって付けたの!! でも長いからシーザーだけにしてる!!」

「あなたもどこかの誰かに似て中二病なのかしら?」

「大丈夫!! 中二になるまでは後1年の猶予が残されているからね」(ドヤ顔)

「「ちなみにティアーズとは一体……」」

「ティア達は双子だから複数形のsを付けただけだよ?」

「「…………」」

「えっご不満だった?」

「「いえ決して」」

「嘘だぁ~眼が笑ってないよぉ~」

「「いや本当に」」

「正直じゃない子達は~お仕置きだ~!!」

「な……ちょっと止めなさい、ミカって……ひゃん!?」

「おおーお主少しくびれてきたな……さてはダイエットか?」

「ダイエットなんて低俗な真似はしませんわ!! ヒナタを見習って豆乳プロテインを飲み始めただけですわ!!」

「なるほど……豆乳は豊胸効果があるらしいですからな~私も真似せねば!!」

「いや……ちょっと、何処触って……ああん!!」

いきなりミーティアに飛びつき、激しいスキンシップを行うミカ。

周囲の女子達や男共からの視線が熱い。

ただでさえブロンド髪の美人な上に、これでもかというくらいの美少女の盛り合わせが仲良くしているのだ。

陰キャな男子でもその光景は目に焼き付けておきたいと思うだろう。

そんな様子を見ながらタカシは俺にひそひそ話を持ち掛けてきた。

「淳……お前こんな綺麗な女子が沢山いる寮で暮らしてるのか?」

感動の再会を果たしていた目が一瞬にして好奇の目に変わっていた。

「まぁね。正確には今背負ってるこいつとそこの柚子娘の家だけど」

「何だと!? そんなのはもはやハーレムじゃないか!! 羨まし過ぎる!!」

「いや違うから。違いはしないんだろうけど、ユヤがいるから準ハーレムだ」

俺は背負ったユヤを立たせて同居人一行の簡単な紹介をした。

ついでに俺の事情も少しだけ、大怪我で記憶喪失というシナリオに脚色して説明した。

「記憶喪失とかマジかよ!! ドラマとか映画ではよく聞くけど、実物見るのは初めてだなぁ。

でもいいな~、お前、学長の親戚だったのか。あっ……てことはもしかして……これか?」

ここへ来る途中でミカから見たお金のサイン……裏口入学を疑ってやがる。

「いやいや、ちゃんと入試を受けての結果だから。ちなみにこいつ等は俺よりも順位高いぞ」

「えぇぇ!? マジかよ!!」

タカシの興奮は冷めぬまま、一人一人と面と向かって挨拶するまでに発展した。

恥ずかしがっていたユイもだいぶ気が楽になったようで、特にユカとラナ、ユリにくっついて笑顔を見せている。

俺はその隙を見て、一人トイレを済ませに言った。

少し考えたいこともあったからな……。

 

俺の同級生の知り合いは合わせて11人になった。

これでいつでもサッカーチームが組めるぞ!!

そう考えると、何かとてつもない進歩のようなものを感じる……。

『人生はロールプレイング』

という名言を作ったゲームクリエイターがいる。

俺はこの言葉に対して、今とても共感している。

人生に置き換えるとするなら、レベルとは差し詰め年齢を指すのだろう。

だが、冒険の書が消え、知識を引き継ぎ、極稀に消えたキャラの技を使えるだけのただのレベル1と化した俺は、果たしてレベル11と言えるのだろうか。

いやそもそも、人生のレベルが上がる条件は、加齢に限られるのだろうか?

否、あの名言は一言もそんな事は言っていない。

己の人生の中で成長したな、と心の底から思う事が出来ればそれでいいのだ。

結果の伴わない努力に意味はないと、今の実力主義の社会は口々にそう言うだろう。

だが人間はそんな単純な生き物ではない。

頭の良さ……テストの点数だけでは測れない、成長という概念の実感。

それこそが人間の本来あるべき姿ではないだろうか……。


教室に戻った俺は、あいつ等の戯れている所へ戻った。

今一人で席に座ったら、話し相手がおらず、ボッチと思われてしまうからな。

「ジュン君、忘れてはいませんか?」

フッっとリディアがミカの魔の手に蝕まれている姉を見捨てて声を掛けてきた。

「忘れるって、何を?」

「今日が何の日かですよ」

「……Ⅹデーだろ?」

忘れる訳がない。

2011年3月11日。

初めて会った日にリディアから教えてもらった災厄の日、それが今日だ。

『あと10分で14時……これから始まるゲームの内容次第では、確実に死人が出ます』

リディアが能力を使って、傍にいる俺に話しかけてくる。

『ライオンが全ての元凶って可能性はないか? 確実に何か仕込んでるぞ』

『だとしたら、第六感の私達までをも巻き込む理由が分かりません』

『ユヤが言ってたけど、新入生以外の在校生と教職員は皆帰らされたみたいだぞ?』

『意図が読めませんね……叔父様は、私達に殺し合いをさせたいのでしょうか?』

『……戦争の道具としてしか使えん……ということか?』

『どうでしょね……でも、ジュン君は私を守ってくれるのでしょう? その命を懸けて』

『あぁ。そうだな。俺に何が出来るか、その時になってみないと分からないけど……それでも君を守るよ。リディアナ……』

『ふふっ。流石は私の王子様……』

プルルルルルル……

脳内で姫様と会話していると、不意に教室の内線電話が鳴りだした。

教室には多くの新入生達がワイワイと自発的に仲良くなるための行動を起こしていたが、呼び出し音にビックリしたのか、誰として受話器を取りに行く勇気ある若者はいなかった。

2人を除いて……

「電話か? よし、ここは俺が――がっ!?」

「2人とも、兄さんを押さえておいて。私が出る!!」

「「了解!!」」

武闘派姉妹がユヤの口を塞いでユカを受話器に立たせた。

相変わらずの手際と言うか力業というか……。

それを牛耳るユカも只者ではない。

ガチャっと受話器を取って耳を近づけるユカ。

「もしもし……あ、叔父様ですか? ユカです」

電話の相手はやはりと言うべきかライオンだった。

「……はい……え? はい……分かりました」

ガチャっと受話器が切れ、一目散に俺達の元へ……ではない、俺達の後ろに設置してあった、40インチ程の大きな液晶テレビを調べていた。

気になって、電話の内容を聞いてみる事にした。

「なぁユカ、学長は何だって?」

「テレビを付けて着席しなさいって、ただそれだけ――」

「よーし、皆席に着け!! これから楽しい懇親会が始ま――げふっ!!」

発揮されたユヤのリーダーシップを一瞬にして否定しに掛かったユリとラナ。

流石に今のは可哀そうなんじゃ……。

「聞いての通り、学長からの指令だ!! 皆、席に座ってテレビの映像に注目しろとの事だ!! 楽しいゲームとやらは既に始まっているらしいぞ!!」

代わりにユリがリーダーシップを発揮し、皆をまとめる。

竹刀と傘を装備しているからか、その圧倒的強者の威厳に誰も口を挟む者はいなかった。

流石は名門の娘というか、肝が据わっているというか、俺やタカシには出来そうもない事を平気でやってのけてしまった。

「ほら、私達も座ろうじゃないか」

「そうね……座りましょう。あ、私目の前だわ」

「「その後ろが私達ですわね」」

「俺達も行こうぜ、淳」

タカシが俺に言う。

「おう。でも、番号離れてるから、席も遠いんじゃ?」

「心配ない。お前の左隣だ」

見てみると、縦から5×6の配置の机に学籍番号のシールが低い順に貼られている。

それは教室正面から見て左側の入り口に近い机から、縦に番号が更新されており、後ろまで行くとまた前に戻ってきていた。

俺は9番だから、左から2列目の前から4番目だ。

その隣の列の番号は……11、14、15、19、29となっていた。

「おお、確かに隣だな!!」

「良かった……俺、お前と知り合えて凄く良かったぜ」

「おう、俺もだよ」

一度、意味は大してなかったのだが、本気で喧嘩したタカシとここまで仲良くなれるとは。

こいつの好きなドラマも影響はしているのだろうが、嬉しい限りだ。

それに男友達が増えるのは喜ばしい事だ。

色んな意味で。

俺達は続々と着席していった。

……俺の後ろの10番はまだ来ていないのか……?

そんな中……。

「あれ……リモコンどこだろ……」

「……リモコン……無いですね……」

「とりあえず。本体から。電源を」

ユカとユイ、そしてラナがリモコンを探しているようだが、見当たらないようだ。

だが、探すのを諦めて本体側面のボタンからテレビの電源を付けた。

彼女達も席へと戻り、映像が映し出される僅かな起動時間を待った。

テレビの映像表示はビデオ4を示しており、そこにはトレンチコートを羽織ったライオンの姿があった。

だが……その背景は真っ白で、バックミラーに映るのはカメラを動かしているであろう人間達と……法務省の松橋姉さんに、防衛省の七瀬さんも、加えて病院の院長に青葉の兄さん、そして警察からも赤塚の兄さんにタカシの父こと黒瀬警部補達も勢揃いしていた。

「……これはどういう事なのかしら?」

その不穏な空気を察したのか、義姉が口を開いた。

「なんでパパだけじゃなくて、政府の役人と警察、それに医師までいるの?」

かなりの声量が籠っていた。

内心怒っているのではないかと思ったが、その一言のせいで、教室は混乱し始めた。

「政府の役人ってどういう事だ?」

「なんで警察がいるの?」

「医師って……何で?」

「これから懇親会が始まるんじゃないの?」

「これからゲームが始まるんじゃないの?」

様々な憶測が飛び交っていた。

「なぁジュン……何で俺の親父が映ってるんだ? お前何か知らないか?」

「いや全然全く。むしろ何事って感じ。ただ一つ言える事は……」

「言える事は……?」

「これから良くない事が始まる」

俺の不安がタカシに伝染したらしく、床に着いた足が震え始めた。

「良くない事って……何なんだ?」

「分からない。でも、後ろの役人達が絡むって事は相当やばい事かも――」

「皆落ち着け!! 不安がっても始まらん!! もっと楽に考えろ。これからゲームが始まるんだ。個人かクラス対抗かも分らんが、勝つために全力を尽くす事だけを考えろ!!」

クラスの雰囲気を察したのか、俺の右斜め後ろの席のユリが声をあげた。

「「「「「「「「「「「「「「「おー!!」」」」」」」」」」」」」」」

それに答えるように、クラスから歓声が沸き上がった。

30名のクラスの内、男子は全部合わせて10人、女子は19人。

未だ姿の見えない10番がどっちかは分からないが、クラスの支持は、ユリ一択に絞られたようだ。

これも第六感【闘気】の力なのか? 

それとも本人の性格なのか?

そんな事を思っている内に、テレビの奥のライオンは喋りだした。

「新入生の諸君。この度は合格おめでとう。私はこの学園の学長、長谷川だ。まずは、勝手な予定変更を謝罪させてくれたまえ。本来、来年度の君達の担任の先生にそれぞれのクラスで懇親会を進行してもらう予定だったのだが、日本政府から勅命を受けてねぇ。こんな晴れ舞台を用意する事になったのだよ。まぁ要するに、あれだ。早い話が……」

……政府からの勅命?

……晴れ舞台?

ライオンが何を言っているのか分からなかった。

誰に対して言っているのかも分からなかった。

だが、その疑いは次の一言で、俺達を絶望の底へ叩き伏せた。

「君達は選ばれたんだよ。確定した未来にね」

その瞬間、黒板の上に取り付けられた時計の針は14時丁度を指し示した。

そして、不意に全身を振るえさせるような寒気が走った。

その寒気は徐々に勢いを増して、確かな揺れへと変わっていった。

……揺れと言うには語弊があるかもしれない。

地面が揺れているわけではない。

空気が、大気が、俺達の体が、震えていた。

寒気を感じて10秒、急に窓の外の光と言う光が影に飲まれるのが分かった。

……嫌な予感がする。

俺は魔剣を装備したまま、映像を無視して、自分の座った場所から一番近い、教室を出た所にある、中庭を見下ろせる窓から空を見上げた。

そこには……圧倒的絶望が降ってきていた。

黒い……とてつもなく黒いオーラを纏った……巨大な物体が、中庭目掛けて真っすぐに飛来していた。

あの映像の中で元俺が放ったとされる〈サプライズ・メテオ〉……。

その比ではない、尋常ではない大きさの……隕石だった。

隕石はその大きさのせいで、ゆっくりと落ちているように見えた。

「おい……何だよ……あれ……」

俺が慌てて掛けていったのを見て、タカシがついてきた。

が、その絶望的状況の中で、彼は錯乱するしかなかった。

「隕石だあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「わあああああああああああああああああああああああ!!」

その叫び声を聞き、その場で混乱する者、泣き叫ぶもの、教室を出て同じ光景をただ眺める者……それはクラスの垣根を飛び越えて、全新入生がその内どれかの行動を起こしていた。

他の9人も教室の外へ出たが、俺と同じく、絶望に打ちひしがれる他なかった。

「ライオン、謀ったなライオン!!」

死の絶望を前に、いつも調子づいていたユヤはライオンを呪って叫んだ。

「……私達……死ぬの……?」

ユイがラナの後ろから霞むような声を出した。

「死ぬ……よ……ね……これ……?」

ミカは今にも意識が飛びそうで、呂律が回っていない。

「……人間ならいくらでもできるけど、無機物はどうしようもないわね」

「あの大きさは……私達でも無理だ……」

「無理。死ぬ。バイバイ」

ヒナタもユリも、ラナにもどうにもできないらしい。

「嫌だ……俺……まだ死にたくねぇよ……折角……入れたのに……」

タカシはどうしようもできない現実を前に、生への渇望を露わにする。

「……兄さん……」

ユカも兄の袖を掴み、今にも泣きだしそうな恐怖を押さえ込んでいる。

「……ここが私(わたくし)達の墓場になるのですか……?」

ミーティアは悔しさを滲ませて、手にした赤傘を握りしめる。


『さぁ……ジュン君、あなたはどうしますか?』

頭の中でリディアがまるで他人事のように囁きかける。

イラっとして彼女の方を振り向くと、この状況にもかかわらず、ニヤリと微笑んでいた。

『今こそ……君の真の力を解き放つんです。そして皆を救うんですよ』

『お前……落ち着き過ぎじゃないか?』

『バレちゃいました? だって聞こえちゃうんですもの。声が』

「あら……あそこにいるのは誰でしょう?」

『は? お前何言って――』

「おい!! 中庭に誰かいるぞ!!」

どこからか声が聞こえた。

俺の知らない他人の声だ。

「ホントだ!! 誰かいるぞ!!」

ユヤが声を上げた。

その声につられるように、俺達11人は全員中庭の中央を見下ろした。

そこには……映像の中の不審者が立っていた。

全身黒ずくめに黒いフード付きマント、仮面にマスク、そして黒傘を天に掲げている。

「あれ……ファントムナイトじゃないか……!?」

「間違いないぞ。あの映像に映っていた怪人だ!!」

ユヤとユリが確認を取り合った。

『おい、リディア。何がどうなってる?』

『……あの隕石は、あの怪人が呼び寄せた……という事ですかね?』

『何でそんな事――!?』

ツキューーン!!!!!!

頭の中で会話していると、不意にファントムナイトが、その手にした傘から黒い光線のようなものを放出し、すぐ上空に迫った隕石に向けて撃ち放った。

その光線は隕石を貫通し、天まで伸びていった。

そして隕石が内から溶けるよう崩壊していくのがサングラスの望遠機能で視認できた。

溶けた隕石は黒いオーラの塊へと代わり、元の飛来物の形を保ったまま落ちてきた。

「はっ!? あいつ消えたぞ!!」

ユヤが驚いた様子で声を荒らげる。

それと時を同じくして、周りで見ていた新入生達にも動揺が走る。

俺も中庭を見下ろすが、奴の姿はどこにもなく完全に消えていた。

だが……危険が去った訳ではない。

あの黒いオーラが何か、全く分からない。

元が隕石だ。

宇宙からの飛来物だとしたら、放射線を帯びているかもしれない。

元俺なら、今すぐこの窓を蹴破って中庭に降り、〈テンペスト〉でそのオーラを風に乗せて吹き飛ばすのだろうが、今の俺にはその力はない。

……無力だ。

……俺は無力だ……。

……だが……。

……ただ大人しく死ぬなんて馬鹿馬鹿しい。

……ただ指を咥えて死ぬなんて馬鹿馬鹿しい。

……せめて、死という不条理に抗って見せよう……。

『よく言いましたね。ジュン君』

リディアが俺の心の声を読んで褒めてきた。

『今のあなたなら、元の自分の記憶からやるべきことが分かるはずです』

『……分かった。今この場に居る11人全員と頭で話せるか?』

『いつでもどうぞ♪』

彼女の声援を頭に響かせ、俺は11人に指示を出した。

『聞こえるか? 俺だ。時間がない。今すぐみんな傘を広げて防御の構えを取れ!!』

『ジュン!? 今俺の頭に直接話しているのはお前か!? 何が起こってるんだ!!』

『タカシ。説明している暇は無い!! お前は俺の傘を一緒に抑えろ!!』

『わ……分かった!!』

『そんな事をして何になるの?』

『あれは本物の隕石じゃない、影みたいなものだ!! 直接浴びると動けなくなるぞ!!』

『影!? あなた、元の記憶を思い出したの!?』

『頼むよ姉さん!! 時間がない!! すぐに傘を広げてくれ!!』

『……全員、ジュンの言う通りにして!! 傘を盾にして身を隠して!!』

『『『『『『了解』』』』』』

『……了解……』

『ねぇ!! 私も傘持ってないんだけど!?』

『……ミカ……入る……?』

『ありがとうユイ!! 一生大好き!!』

『あ……カバンの中だ……』

『えぇぇぇぇ!?』

『ユイ!! まだ間に合う!! すぐに取りに行け!!』

『わかった……!!』

『それとユヤ、あれを頼む』

『はっ!? やめろ外道!! そんな事をしたら――』

『おうともよ!! 今此処に――』

『……ただいま……』

『ユイ!! 早く傘を開いて!!』

『……開いた……よ……?』

9個の傘を重ね、巨大な盾を作り出した俺達は、ユヤの掛け声に合わせて力の限り叫んだ。


『……今此処に、不条理に抗う勇気を!!』

『『『『『『『『『『『うおおおおおおおおおおおおおおお!!』』』』』』』』』』』

そして巨大な黒いオーラは中庭を飲み込んで落ちた。

衝突音と共に、黒いオーラは津波のように押し寄せて……、

俺達全てを飲み込んだ。



TO BE CONTINUED

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