東野高校・Bコース

比々野 渚

所詮、滑り止め

中学三年生、冬。

第一志望校は何回か考え直してこれと思うところに決めた。それなりに勉強もした。死ぬほど努力しなきゃ入れないような場所でもない。頑張れば絶対に入れると担任の先生も、塾の先生も言っていた。模試の結果も悪くはなかったし、私も自信が無いわけではなかった。

滑り止めの私立校は皆受けているから、近いからという理由で適当に決めた。適当に決めても、第一志望になんだかんだ受かるからどうせ行かないと思っている節もあったと思う。きっと強気でいたかったというのもあるのだろう。

そんな浅はかだった私を殴りたい。



佐倉 吹雪。

吹雪、なんて男みたいな名前だ。性格もどちらかといえばズボラで大雑把。声も態度もデカい。小学生の頃『ゴリラ』というあだ名で呼ばれては律儀にその男子に制裁を加えまいと追いかけ回していた。

名前だけで言えば十分男らしい性格も相まって名前負けなんてしてないだろう。だが私は番長とか王子様と呼ばれるほどの人情深さや、カッコ良さ、スマートさなんて勿論持ち合わせてはいない。女子からはちゃんと女子として可愛がられている。そして律儀なことに男にはやはり女として見てもらえない。

だから「さくらふぶき」なんて繋げないで読まないで欲しい。シャレの効いた名前にしたことをドヤ顔で親戚中に言いふらしたであろう両親すら、桜吹雪の儚さ・美しさたるや、その面影は皆無に等しい愛娘の成長した姿に呆れを通り越し諦めの境地に至っているのだ。

名前負け、印象負けしてるというのはとっくに承知している。桜のようなやまとなでしこ的な乙女ではないし、威勢に比べて弱虫だし、勉強も中の上、体育は下の中。


「もっと点数上かと思った」

「運動苦手なんだ、意外」

「なんだ、大したことないんだな」

「佐倉って女として見れないよな」


期待されているとか、そういう風に感じるのはある程度の信頼を得てからの話だと私は考えている。信頼があるからこそ、それに見合う努力をして期待に応えようとする。それは人として当たり前のことで、礼儀とか忠義ではない。

でも名前やパッと見の印象、少し接しただけでこんなことを言われ続けたら自信も無くなる。結局頑張ってもうまくいかなかったりすることの方が多いし、そういう時自己嫌悪に陥り、どうしてこんなにダメ人間なんだと悩む時も多い。


一言で言えば私は中途半端な人間だ。何か自分で他に無いものを編み出したりとか、特出して出来ることとか、続けてきたものとかそういうものがない。優しいとか真面目とかそういう人間的な長所はあっても、特技や可視化できるわかりやすい魅力みたいなものがない。


でも私はそんな人間誰だっているし、誰だってそう思ってることに気づいた。

みんな何かして認められたい、居場所が欲しいと思うのだ。とくにこの思春期という厄介な時期は他人から見えてる自分というものが気になって気になって仕方の無いお年頃なのである。

私はそういう事で悩んだり、傷ついたりしている人達の気持ちや言葉に寄り添える人間なのかもしれない。

それなら、高校に入ったら誰にでも優しく接して、誰からも頼られる存在になれるよう努力しようと思った。そしてあわよくばモテたり、いやそこまでいかなくとも彼氏の一人や二人…。


などと夢想していた受験期。その野望はこの日以降打ち砕かれていく運命を辿った。


3月1日、公立高校の合否発表当日。


第一志望校に母と二人で結果を見に行った。

人だかりをかき分けて前に進み、自分の受験番号の3桁を探す。すると、ボードの中央に511の私の受験番号が……!


載っているはずはなかった。

そもそも人だかりをかき分ける前に私の合計視力4.0を誇る両目が番号の無いことを確認済みであった。

思っていたより落ち込まなかった。というか自己採点した時点で多分落ちてるなーくらいの覚悟はあったし、その時少し泣いたので全然悔しいとか受かってると思ったのにとかそういう感情が出てこなかった。


帰り道に咽び泣きながら学校を後にする女子生徒を見かけた。私ももっと頑張っていたらあんな風に泣いていたんだろうか。いや、頑張っていたら受かってただろう。あの子と私は同じだ。不合格なのだ。学力・努力が足りなかった、もしくは運悪く問題と相性が悪かったか、コンディションが悪かったんだ。あの子の涙と私のこの興醒めてるような感覚との差異は努力値の問題なんかじゃない。きっと。


そんなこんなで滑り止めで合格していた、東野高校に晴れて入学する羽目になった次第である。

そして地獄の日々の幕開けである。

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