第1話〜鈴音〜 この場所は美し過ぎる

 

 私の近所、と言っても1キロ程離れた場所に小さな神社がある。


 何か嫌な事があったり、 悩みがあったりすると私は決まってここに来てしまう。


 特に何か思い出がある訳では無いのだけれど、ここはあまり人も来ないし、一人になりたい時にはとても最適な場所なのだ。


 この神社が無かったら私はどんなに苦しんでいただろうか。


 昔の人がここに神社を建ててくれた事に心から感謝している。この神社には龍神が奉られているらしい。


 昔誰かから聞いた記憶がある。どこで聞いたんだろう。


 それは思い出せないのだが、あまり有名な話ではないらしい。


 ここには神社が建てられた由来もなければ、神主さんもいない。無人の神社なのだ。


 田舎では特に珍しくはない、市が管理しているのだ。


 だからこそ落ち着く。


 しかし、余りにもこの神社の事を町の人は知らない。


 それなのに、どうして私は由来を知っていたのだろうか…。


 まあ、今はそんな事どうでもいいか。


 寧ろ考えたところで答えは出ない。十数年もこの事について考えてきたが何も思い出せないのだから。


 不思議だ。


 ここでの私は、まず鳥居に礼をして道の端を歩く。階段をゆっくり登り、誰もいない事を願いながら恐る恐る進む。


 この時点で人がいる事が分かれば、気づかれないように直ぐに帰る。


 だが、今日は誰もいないらしい。良かった。


 申し訳無いのですが、この空間を少しの間

独り占めさせてください。心で神様にお願いする。


 もちろん、真面目にではない。出来ればの話だ。


 石畳の隙間の草花を見ながら、本殿に向かう。


 そして、ミシミシと音を立てて拝殿まで歩く。


 屋根で薄暗い拝殿。小さなお賽銭箱。風化した紐に大きな鈴。


 格子の奥をぼーっと眺め、静かに目を閉じる。


 鳥の囀り、風が木の葉を揺らす音、太陽の香り…


 そして、自分の心臓の音。


 「神様……少しの時間お邪魔します」


 挨拶をしてそっと目を開け再び格子の奥を見る。


 二礼ニ拍手一礼


 なるべく派手な音は立てないように。私は鈴は鳴らさない。他の人からすれば、それは神様に失礼に当たる事だと思うかもしれない。


 だからこれは一人の時だけにするようにしている。


 わざわざ私だけの存在の知らせに神様を呼ぶのはおこがましいと思うからだ。


 少しだけここに居させて欲しい。そのお知らせだけさせてください。

 

 それ以外は何も望んでません。


 「ありがとうございます…」


 返事なんてあるはず無いが一応許可をいただけたとして、お礼を言った。


 「ふぅ…。」


 階段を降り、屋根の無い所にでると、太陽の光が一気に降り注ぎ目がくらむ。


 屋根があるのと無いのでは温度がまるで違う。


 一度冷やされ、冷静になった後の暖かさは体の芯までいき届く。


 自分だけの世界に辿り着けたようなこの空間に思いっきり深呼吸をした。


 「皆…久しぶり。」


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