第一話 世界崩壊の時
碧の森と呼ばれる森がある。そこには一つの集落が存在した。とはいえ、他の集落と大差はない。良くあるファンタジーな世界のよくある村の一つ。
住民は皆、日々に疑問を持たずに穏やかに過ごしているし、変な宗教がはびこっている訳でも特ににぎやかなわけでもない。
そんな藍の森に一人の少女が優雅に歩いてきた。黒いゴスロリのドレスに、黒く長いツインテールの髪。深緑の瞳はぎろりとしており、彼女の穏やかで優雅そうな表情とは相反している。
「ふふ、いつ来ても老人の様な村だわ。まるで夢見る老人ね」
くすくすと笑いながらも、通りかかる村人相手に聞こえない様に小声でささやく。無論、彼女は嫌味としてそれを言っている訳では無い。しかし、村を見て老人のようだなどと言うのは、一般世間から見てもあまり良い印象は持たれないだろう。
彼女は目的の家の前につくと、ドアノックを丁寧な物腰で叩く。すると、ドアは開かれ、そこからやや気だるげそうな一人の少年の姿が見えた。
深緑ながらもくせっ毛な独特な髪形、幼い様な紫色の瞳に、あまり目立たない深緑の服装。彼がこの家の主で彼女の目的の人物——。
「あけび、ごきげんよう」
「…………うん」
「友達相手にその挨拶は無いんじゃないかしら?」
「気味が来ると大抵ろくでもない事を提案してくるか、碌でもない事を言い出すかのどっちかだよ。セリティカ」
あけびと呼ばれた青年はため息を吐きながら、セリティカと読んだ少女に対してバッサリと言い切る。一方のセリティカもこのやりとりを愉しみながら、言葉を返す。
「あけび、貴方は外の世界を知るべきだわ。一応言っておくけど、これは貴方の為では無いの」
「うん、知ってる。どうせ君の退屈を紛らわすために僕を利用したいんだよね?」
「うふふ、うふふふ、ふふふふふ」
セリティカは不敵に笑うだけ。しかし、あけびは知っている。彼女が笑う時は大抵肯定の意味だ。物心ついた頃から彼女とは友人関係にあるので、なんとなくわかる。
しかし、一方で彼女に関して分からない事があるのも事実であった。
「ねぇ、あけび。私は貴方の事好いているわ」
「友人としてでしょ?」
「もちろんよ。貴方に異性としての魅力は感じない。トキメキも無い。けど、友人としてなら貴方は最高ね。見ていて飽きないもの」
「……僕も君を異性として最悪だと思うし、魅力を感じないし、トキメキを感じないから恋愛対象外だよ。友人としてはまぁ……わからないけど」
あけびは先ほどから違和感を覚えていた。いつもの彼女なら、四の五の言わずに家の中に上がり込んでくる。だが、今日の彼女はそれが一切ない。
むしろ、この玄関での会話を妙に楽しんでいる節がある。そこが、どうも引っ掛かっていた。
「ねぇ、上がらないの?」
「必要がないわ」
必要がない。どうして? 動機が、彼女がどうしてそう発したのかあけびには理解できずにいる。いつもは「早くお茶が飲みたいわ」と言っている筈なのに。
分からない……なら、聞くしかない。それが、友人というものだ。
「どうして?」
「うふふ。ねぇ、賭けない? 私が世界を破壊するのが先か。貴方が救うのが先か」
突然、何を言われたのか分からず、彼は思考を鈍らせた。賭け? セリティカが世界を破壊する? 自分が救う? 彼女は一体何を言っている?
いや、しかし良く考えれば彼女はこういった冗談を好む人物だ。妙な冗談を吐いては、あけびを振り回すことを好むサディスト性を持ち合わせている少女だ。
そもそも、彼女自身が良く知っているはず。あけびという少年が、世界を救うなんて事が出来るほど勇敢でもないという事を。
なので彼は再びため息を零し、彼女にこう告げる。
「僕には無理だよ。だから、賭けにすらならない」
「あらやだ、そんな……悲しいわ」
セリティカはまるで一切表情を動かさず、軽くポンと手を叩く。すると、突然空から大量の雨が降って来たではないか。おまけに、村の外から悲鳴が聞こえ始める。
悲鳴? 雨が降ったのに何故悲鳴が? ふと、あけびの足元に一滴の雫が流れ落ちた。いや、違う。これは雫ではない。
彼の脳がそれを見てはいけないと警告する。しかし、彼の眼はそれをじっくりと見てしまう。
足元に落ちて来たのは、人の指。それを目が捕らえた瞬間、彼の耳に明確に悲鳴が情報として流れ込んでくる。
「いやぁああああ!」
「ぎゃあぁああああ! だれか、だれか助けて!」
「おかぁあああさぁあああん! おとぉおおさぁあああん!! 痛いよぉおお! いたい、いたいいたいいいたぁあああいいいいぃい!」
「どうして! どうして今日なんだよ! どうして子供が生まれる日に妻が!!」
あけびは思わず、息を飲んだ。視界に完全に入り込まなくても理解できる。村人達が、何かによって殺されている。そして、そのきっかけを作ったのは今目の前に居る友人のセリティカ。
人の悲鳴を聞いても眉一つ動かさず、ただ淡々と言葉を繰り出す彼女。
「悲しいからね、殺すわ。まぁ、悲しくとも何ともないけど。うふふ」
「は……あ?」
あけびはドアを強く蹴り開け、セリティカの胸倉を掴み、怒りの感情のまま叫ぶ。
「君は今! 何をやったんだ⁉ 何をやったのか理解しているのか⁉」
「えぇ、殺したいから殺したわ」
やけにすんなりと。あっさりと告げる彼女に、あけびは目を見開く。
「今直ぐやめろ!」
「やめないわよ。貴方がこの世界を救うまで、私は世界を壊すことにした」
「だからそれを止めろって―—!」
あけびがさらに感情的に叫ぼうとした瞬間。セリティカの背後に見知らぬ男が現れる。長身で、髪も服装も元は白かったのだろうが、今は地の雨で赤く染められていた。右目は長い髪で隠れているが、左目はルビーの様に赤く……とても美しい隻眼の男。
「ようやく見つけたぁ~~。このど腐れくそアマ殺戮ガチャガチャ人形」
男は穏やかで、緩やかな声で聴くに堪えない罵詈雑言を述べた後、すぐさまセリティカの首を切断する。それは、一瞬の出来事であった。数値に値するなら0.5秒も無い。
あけびからすれば一瞬で男が現れ、その一瞬で彼女の首が刎ねられたのだ。あまりの出来事に首根っこを掴んでいた手を離し、腰を抜かしてわなわなと震えだす。
あけびは死体など見た事は無い。おまけに、目の前の出来事が脳に正常に処理されていないのだ。友人が村の人を殺し、その友人が突如として謎の男に首を斬られて殺される。
何重にも重ねられた残酷な出来事が、タダの少年の彼の脳裏を侵食し……受け入れることを拒ませる。
「う……うげ…………げ」
あけびが吐こうとした瞬間、青年は彼を無理矢理立ち上がらせ……突如として腹に蹴りを入れた。無論、あけびには抵抗する術もない為、衝動で屋内に転がり込むしかない。
「がぁっ! 痛……ッ!」
「だめだよぉ? 死体にゲロ吐くなんてさぁ、死者への侮辱だよ? 尊厳失われちゃうよぉ~~?」
「……ッ!」
あけびは歯を食いしばり、痛みを耐えながらどうにか起き上がろうとする。すると、男はあけびに馬乗りになり―—愉しそうな笑顔で笑いかけて来たではないか。
「やぁ! ボクはエイガだよぉ。気軽にエイガおにーさんって呼んでね?」
「いやだ」
「えーんえーん! そんな悲しいこと言わないでよぉ? ボク悲しくて泣いちゃうよぉ?」
エイガと名乗った男はころりと表情を変え、今まさに悲しんでいますと言わんばかりに泣き始める。だからこそ、あけびは余計に彼が分からなくなる。見た目は自分が大の苦手としている美形の男だ。しかし、どうも拒否反応が出ない。おかしいとは思いつつも、こんな男のペースにのまれない様にしようと、困惑している脳でどうにか対応をする。
「なんなんだよ、君も……セリティカも! 何が起きてるんだよ!」
「えー……君さぁ、当事者なのに理解できてないのぉ? 君の前頭葉は見た目ほど発達していないみたいだねぇ」
彼は先ほどの泣いていた表情から瞬時に変え、今はやや茶化すような。けれど何処か冷めたような表情で、続けて言葉を放つ。
「この世界が滅び始めたんだよ。あの女のせいでね」
その言葉は、あけびに……彼に今までの出来事はすべて事実だと受け入れさせるには十分すぎた。
異端のジハードバレット 大福 黒団子 @kurodango
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