終わる狼煙、キャンプファイヤー

影迷彩

終わる狼煙、キャンプファイヤー

 この学校には、文化祭が行われない。

 10年前、文化祭当日のキャンプファイヤーの時、一人の生徒が誰もいない教室から転落死した。

 事故か自殺か、原因は不明なのだが、監督責任として教師陣は糾弾され、それに伴い管理不足が文化祭のせいとなり長い間自粛され続けた。


 「今年は文化祭をやりましょう!」

 生徒会長である彼女が、教師陣に提案した。

 転落死事件もあり、年々減ってきている生徒数を会長は憂い、彼女は文化祭の再生を持って志望者を募ろうという計画を立案した。

 教師陣は苦い顔をし、否定の言葉すら投げかけない。生徒数の減少は、彼らにとっても背けられない問題だったからだ。

 もちろん、だからといって素直に計画を許可するわけにもいかない、数時間グダグダと問答したのち、未来のない学校教師陣は、会長の計画を通すことを決断した。


 「フフッ、最後まで苦い顔だったわね、頭の固い先生たち」

 会長は勝ち誇った笑顔で鞄を背負い、校門から出ていく。

 「生徒数の減少ってよく見つけたよね。頭いいじゃん」

 会長に並んで、少し背の低い男子生徒も学校を後にした。

 「先生は生徒を大切にしなきゃいけないからね~。その大切にするべき生徒が一人もいなくなったら、給料出なくなるでしょ」

 夕暮れを背に、会長と男子生徒は肩を並ばせ下校道を歩く。向かう先は電車であり、彼女の家は学校から遠かった。


 「ありがとう。僕の願いを叶えてくれて」

 電車に乗り、会長の隣に座った男子生徒は嬉しそうに笑う。

 「まだ早いでしょそういうの。ちゃんと文化祭が終了してから言うもんです」

 会長は小声で答えた。電車の窓は、建物の並んだ光景から、木々の生い茂った山道に切り替わる。


 家の近くにある火葬場の煙突から煙がたなびいている。

 火葬場には大勢の黒服たちが並んでいる。今日も家族は忙しく、飯は一人だと会長は悟った。

 「こりゃしばらく叔父さん叔母さん帰ってこないね」

 骨が焼かれて出来た煙を眺めながら、男子生徒は親近感の沸いた様子で声が軽くなっていた。


 「人って、死ぬことにどうして影響を持つんだろうね」

 キッチンで一人飯を作る会長の隣で、男子生徒は天井を見上げながら問題を投げかけた。

 「そりゃ、生前人と関わったんなら、それだけ残された人の心に影響が出るでしょうが。たとえそれが他人だから無関心であろうとしてもね、記憶に残ってある日ふと思い出すの」

 会長は男子生徒に一瞥もせず、野菜を炒めるのに目線を集中させる。

 「それって10年も続かなきゃいけないものなのかな。めっちゃ暗くなるでしょ」

 会長は皿に野菜炒めを一人分盛り付けながら、男子生徒の方に目を向けた。寂しい目をする彼は、文化祭という行事に固執していた。

 「それだけ愛されてたってことでしょ、10年も暗くなるぐらい」

 男子生徒は頭をかき、彼女が夕飯を食べ終えるまで天井を見上げ続けた。


 文化祭開催までの流れは早く、そしてテンションは高くなっていた。

 元々行事の少ないこの学校で燻っていた生徒は多く、外から人を呼べるのも相まって自分たちのバイタリティを発揮したいとどの生徒もやる気に満ち溢れていた。

 準備は着実に進み、連日色々な書類や手伝いに追われる会長を見るのが、男子生徒の楽しみとなっていた。


 「凄いね、この時代の少年少女って、ここまで頑張れるものなんだ」

 文化祭当日、男子生徒は会長の隣を歩きながら各クラスの出し物を好奇心旺盛な目で見渡す。

 「今も昔もでしょ。踊る阿呆に見る阿呆、祭りが始まると皆気分が上がるのよ」

 会長はタピオカのストローを口に咥えながら、男子生徒が勝手にどこか行かないよう見張る。

 その表情は、我が子愛しき母のようであり、そして彼の嬉しそうな様子に切なさを感じていた。


 「改めて、ありがとう。僕の夢を叶えてくれて」

 文化祭が終わり、生徒達はグラウンドの中心にあるキャンプファイヤーへ集まっていた。

 会長と男子生徒は、他に誰もいない教室で二人きりとなり、炎のあがるキャンプファイヤーを眺めていた。


 「楽しかった?」

 会長は尋ねる。

 「楽しかった!」

 男子生徒は答えた。

 「満足?」

 「あぁ」


 男子生徒は会長の方に振り向いた。

 これまでの頑張りが報われた安堵でも、文化祭を開催できた達成感でもなく。

会長は目に涙を浮かべていた。

 「ふぅ……昔の人の気持ちが分かるわ。あなたを今まで見てたら、やっぱりこういうとき寂しくなるわ正直」

 男子生徒は頭をかき、少し言い淀む。

 「えっとな……その……本当にありがとうって。入学したとき、俺を見つけて、俺にずっと付き合ってくれて。昔の誰よりも、会長には感謝してるかもしれねぇ」

 男子生徒はキャンプファイヤーの方へ向き直った。立ち上がる火の粉と、地面から目が離せない。

 「後悔も何も覚えちゃいないけど……こうして文化祭を送れることが出来て、本当に楽しかった」

 男子生徒は、窓から身を乗り出した。


 「ねぇ、この瞬間、終わることに名残惜しさってある?」

 「……それは私の台詞よ、もう後悔はない?」

 キャンプファイヤーに背を向け、男子生徒に目を向けず、会長は涙を拭って彼に尋ねる。

 「もうないよ、今度こそ、最高の文化祭を送れた」


 ふぅっと、会長は一息ついた。


 男子生徒は、もう隣にいなかった。

 会長は教室を後にする。そして下の階へと降り、グラウンドに出てキャンプファイヤーの列に溶け込んだ。




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終わる狼煙、キャンプファイヤー 影迷彩 @kagenin0013

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